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天空天河 六

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十一『魔』



 京兆尹が寧国公府に到着し、公府を封鎖した。
 府尹の高升が、自ら、現場を訪れた。

 根掘り葉掘りと、役人が長蘇達に尋問をする。
 摩訶不思議な事案だったが、大体皆、同じ事を言っている。
 この寧国公府の主が、死んだものの、配下の兵士達も、同じ事を言っている事から、経緯はどうであれ、自害した女の刺客が、謝玉を殺したのであろうというのが、高升以下、役人達の見解だった。
 高升は、事件あらましや、刺客の装備から、只の殺人事件では無いと、緊張感を顕にしている。
 そして、
「靖王殿下や、皆さんにはお手数をお掛けするが、朝臣が死亡するという、大事件であり、、、恐らく刑部の管轄で、審議されるであろう。
 二度三度と、同じ事を尋ねられるやも。
 真実の解明のため、ご協力をお願いしたい。」
 そう言って、京兆尹の高升は、恭しく拱手をした。
 長蘇と靖王は、協力を約束して、帰宅を許された。



 靖王は靖王府の配下を率い、長蘇は、寧国公府の門前に待たせた、自分の馬車に乗り、帰路につこうとしていた。

 馬上の靖王は、馬車の帳を捲り、長蘇に『疲れは無いか?』と気遣った。
 長蘇は微笑み、首を横に振る。
 それを見て、靖王も安心して、微笑んだ。

 靖王は、蘇宅の馬車に並走した。
 靖王の配下も、主に倣い、長蘇の乗った馬車に続く。
 まるで皆が、長蘇の馬車を守る様に、馬を駆った。

 長蘇はこれほど大仰に、靖王に守られて、些か気恥しさがあった。
 方角も、靖王府に帰るならば、別の道から帰った方が近いだろうに。

──てっきり、それぞれ別々に帰るのかと、、、。
 蘇宅まで、送ってくれるとは、、。
 景琰は周りから、誤解を受けてしまうのではないだろうか、、。
 表向き、病弱な書生だが、江左盟の宗主だと、知っている者も少なくない。
 私の様な策士と、組んでいると思われては、、、後々、、、。──
 長蘇は、そんな心配を抱きつつ、、、実は悪い気はしなかった。

 隣を並走する靖王が、時々、馬車の中の長蘇を気遣う気配がする。
 長蘇は、大きな力で守られる様な、安堵感を抱いた。

──景琰が義理堅いのは有名だ。
 たまたま頼まれて、仕方なく面倒を見ていると、そう、人々は思ってはくれないだろうか。──



 馬車はゆっくりと止まり、蘇宅に着いたのが分かった。

 長蘇は、ここで別れる事が、名残惜しく、残念な気持ちが溢れた。

 帳越しに、
「では、ゆっくりと休まれよ。」
 と言う、靖王の声が聞こえ、直ぐに沢山の蹄の音が続いた。

 長蘇は、急いで馬車を降りたが、蹄の音は、遥か遠くに離れていった。

「なんと慌ただしい、、。
 靖王に、礼も言えなかった。」
 暗闇に、既に見えなくなったが、靖王達が消えた後を、長蘇はずっと見ていた。

──これで良いのかも。
 靖王は、謀に巻き込まれそうな事に気が付き、大慌てでそこから離れた、、そんな感じだ。
 これならば、景琰が私を、義理で送った様に見えるだろう。──

 だが長蘇は、もう一目、靖王を見たかった。
 昵懇(じっこん)になってはいけない、という思いと、隣に居たいと思う心。
 建前と本音が、長蘇の中で入り交じる。
 長蘇の中では、本音も建前も、どちらも勝つ事が出来ないのだ。

──景琰の為にも、距離を置くのが一番良いのだ。
 景琰も私も、辛いだけなのだから。

 いっそ、お互いに嫌えてしまえたら、楽なのに、、。
 だから私は、景琰の嫌いな、策士を名乗っているのだが。──


 寧国公府での、謝玉との対峙で、長蘇は謝玉に突き飛ばされ、大きく膨らんだ『魔』の攻力で、正に打たれようとしたあの時、靖王に守られた。

 長蘇は謝玉から、何らかの『魔』攻撃を、覚悟をしていたとはいえ、怖かった。
 数日、動けなくなる位の痛みも、長蘇は覚悟の上だった。

──景琰が、守ってくれた。──
 靖王に助け起こされた時の、靖王の掌の感覚は、長蘇の腕に、ずっと熱く残っていた。

──、、、私は、変だ。
 ずっと、景琰の姿が頭から離れない。

 まさか、誉王の媚薬が、まだ身体に残っているのか?。──
 そんな訳は無い、と、長蘇は苦笑した。

 靖王が、とうに去ってしまった方角を見ていた。
 何故か昔の事が、沸々と湧いてくる。


「宗主?。」

「あ?、、、ぁぁ、、、。」

 従者に、屋敷に入りましょう、と促され、名残惜しく、歩き始めた。

──景琰には、私が林殊だと認めず。
 去った後は、寂しく思い、姿を追う。

 、、、勝手なものだ。──


「宗主、お寒いですか?。」
「ぇ?、、、ぁ、、ぃゃ、、大丈夫だ。」

 気がつくと長蘇は、自分の腕の、靖王が触れた所を、掌で包み、靖王の掌の体温を感じていたのだ。
 従者には、その姿が、寒そうに映ったのかも知れない。

 屋敷に入り際、もう一度、門を振り返る。
 門衛以外は誰もおらず、その門も閉じられようとしていた。

「、、、フッ、、。」
 長蘇は自嘲気味に笑った。

──こんな思いはしたことが無い。
 私がこれ程、景琰を求めていようとは。

 頭を切り替えるのだ。
 こんなに感傷的になって、どうする。

 まだ、事は始まったばかりなのに、、。──





 長蘇は、寝所を兼ねている、書房まで来ると、『後はもうよい』と、足元を照らす従者を下がらせ、戸を開けて、中に入る。

「、、、!!!。」

 、、、部屋の中では、、、。
 見慣れた火鉢と敷物のある場所に、息を弾ませた靖王が座っていた。


「景、、、。」
 長蘇はハッとして、急いで戸を閉めた。

「、、、どこから、、、。」
 そう言って、愚問だと気がついた。
 靖王は地下通路を、走ってきたのだろう。

 長蘇を、大急ぎで蘇宅に送り届け、大急ぎで靖王府に戻り、そして地下通路を使って、ここまで来たのだ。
 靖王が、あれ程素っ気なく、慌ただしく帰ったのには、こういう訳があったのだ。

「靖王殿下。」
 恭しく、長蘇が拱手した。
 長蘇の拱手に、少々うんざりする靖王。

 そして、何時までも拱手したまま、突っ立っている、長蘇に、更に苛々。
「立っていないで、座れば良い!。」

 恐縮しながら、靖王の向いに座る長蘇。
「一体、何があったのだ!。
 あの謝玉は何なのだ!!。
 一体お前は、何と戦っているのだ!。」
 靖王の強い口調にも怯まず、長蘇は、落ち着いていた。
「、、、やはり、ご説明しませんと、いくら聡明な殿下でも、分かりませんよね。」

 靖王、苛々が募る。
「何が殿下だ!!。
 景琰と呼べば良いでは無いか、、、今更!!。」

「、、、ぁぁ、、、、あの時、、、謝玉の余りの恐ろしさに、、何故か私が、殿下のお名を口にしてしまった事を、、、、根に持っていらっしゃる?。
 、、、、まさか、、有り得ませんよね?。」
 長蘇は、思い出したように言って、にやりと笑う。

 靖王は、長蘇の言い様に、ぐうの音も出なかった。
━━そうだった。
 元々、小殊の方が、口が達者だった。
 口では適わぬ。━━

「、、、、(白々しい、、苛)、もういい。
 もう殿下でも、何でも良い。
作品名:天空天河 六 作家名:古槍ノ標