天空天河 六
それより教えろ。何なのだ?、謝玉といい、飛流といい、、。
あの黒い靄のような、、、何故、飛流が黒い龍に?。
一体どんな仕掛けで?。
何故、靄が見える者と、見えぬ者が?。
分からぬことだらけだ。」
一度に聞く靖王。
「、、、少し、、長い話になりますが、、、。
明日、落ち着いたら、殿下に話そうと思っていました。
いずれ殿下には、知っておいて頂かねばならぬ事です。」
長蘇はそう言って、小卓の茶を器に注ぎ、靖王に勧めた。
「、、、うむ。」
靖王は茶を一気に干し、それを見て、長蘇が微笑んだ。
「、、、さて、、
、、、、どこから話したらいいものか、、。」
長蘇は重たげな口を開き、考えながら話し始める。
「、、、これは、、、
、、、、陛下の即位に関わった話です。」
「父上の?。」
長蘇はこくりと頷き、言葉を続けた。
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今より、三十年以上も前の話。
皇帝 簫選は、皇子であった若い頃、当時の皇太子に陥れられ、窮地に陥っていたのだと。
実は、謀の的になり、命を狙われた事は、一度や二度では無い。
その度に、簫選の友が、命を救い、または謀を暴き、簫選を救ってきたのだ。
学友として、簫選と共に机を並べて学んだ、林殊の父 林燮や、言闕だったが、取り分け、武人である林燮は、簫選の為に奔走した。
当時の皇太子は凡庸だった一方、簫選は顔が広く、人当たりも良く、朝廷の重臣達に人気があった。
今の四皇子 誉王は、その頃の簫選に、よく似ていると言われる。
簫選の人気ぶりが、鼻についた皇太子は、面白くない。日々、簫選は、皇太子から難癖を付けられ、罠に掛けられ、逃れる日々だったが、ただ耐えていた。
だが簫選は、ある一時(いっとき)から変わった。
当時の皇帝、つまりは簫選の父が、命を狙ったのだ。
簫選はその事実に愕然とした。
王家では、家族でさえ、心を許してはならないのだ。
皇帝に命を狙われれば、それは逃れられぬのだ。
次第に簫選には、兄弟の情は消え、父親にさえ、心の奥底に、殺意を抱くように。
その頃丁度、滑族が守る、『魔』の伝説を耳にした。
『魔』は滑族の首長の娘に宿るのだと。
娘を手に入れた者には、望んだ『魔』の力が得られると。
皇子とは、皇帝にならねば、生きられぬ存在。
父王や、皇太子に目を付けられれば、尚の事。
簫選に躊躇いは無かった。
簫選は、滑族への援助を約束し、首長の娘、玲瓏を極秘に娶った。
簫選を亡き者にしようとする、皇帝の謀を逆手に取り、皇帝と皇太子を罠にかけ、陥れた。
そして、父親に、武力で禅位を強いた。
一連の事案は、皇太子の謀叛として公表された。
簫選は、父王から帝位を禅譲され、皇太子を廃し、逆徒として流刑にし、都から追い出した。
当然、廃太子は流刑地に向かう途中で、凶刃に倒れ、簫選の立場は安泰となったのだ。
何より、友、林燮が率いる巡防衛と、玲瓏の持つ『魔』の力と、滑族の協力が大きかった。
だが、たかが伝説とはいえ、『魔』の力を得て、皇帝になったとなれば、己の名声に染みが付く。
滑族との件は、隠し通さねばならなかった。
簫選が帝位に就いた功績に、滑族の首長を、王とし、玲瓏は玲瓏公主となった。
簫選は帝位に就き、玲瓏公主には、祥嬪の称号を与えたが、後宮には入れず、宮廷外の別院に隠し住まわせた。
簫選の得た『魔』の能力とは。
運を引き寄せるもの。
そして、情を捨て、冷酷になれる事だった。
簫選は、皇帝たる資質を得たのだ。
こういう資質の問題は、どう足掻いても、手に入るものでは無い。
努力しても、肝心な時に情に絆(ほだ)されれば、事は失敗に終わるのだ。その場は良くても、後々、脆く崩れ去る原因になる。
簫選は、情を挟まず、朝臣を操り、朝廷の勢力の均衡をとった。
ただ簫選は、内情を知る、滑族を持て余し気味にした。
ある程度の富を与えれば、滑族の者なぞ、満足するだろうと考えていたのだが、、、。
けち臭いの富で、満足をする筈も無く。
滑族は、天子を脅しにかかったのだ。
簫選が、滑族殲滅の命を発するのに、躊躇は無かった。
何しろ、『魔』によって、情を顧みる必要も、情に苦しむ事も無いのだから。
淡々と、命を下せば良いだけなのだ。
そして簫選の命に従い、赤焔軍が、滑族を掃討した。
簫選が情けをかけ、皇子まで産んだというのに、無慈悲に祥嬪 玲瓏をも処刑した。
だが、血を分けた、簫選と玲瓏の子 簫景桓は、出生を極秘として、皇后の元で生かしたのだ。
景桓を生かした理由は、情では無く、政治的な均衡の駒とする為だった。
当時後宮で、寵愛を独占していた越貴妃と、子の無い皇后の、力の均衡を計ったのだ。
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ここまで聞いて、靖王は絶句していた。
「、、殿下?、、、、残りの話は、後日にでも。
殿下が、非常に、辛そうです。
今日は、色々あったのです。
殿下の気持ちが落ち着かれてから、、、明後日にでも、続きをお話しましょう。」
心配する長蘇に、靖王は毅然と言う。
「いや、、、そのまま続けてくれ。
私は、これしきの事、大丈夫だ。
何故、赤焔軍が汚名を着せられたのか。
知っておきたい。
、、、、、私は大丈夫だが、、、、
、、、、そなた、、苦しくは無いか?。
そなたが苦しいならば、、」
眉を顰め、靖王が心配気に長蘇を見る。
「、、?、、いいえ、、、。
何故、私が苦しいのでしょう?。
私は、全くの無関係なのですから。」
何事も無いかの様に、きっぱりと長蘇は言い放った。
靖王は苦笑した。
━━嘘つき小殊め、、、大丈夫な筈が、、。━━
靖王はこの話の先を心配している。
赤焔軍の名前が出てきて、梅嶺の件を、長蘇は語らねばならぬだろう。
━━私も戦場は長いが、、、梅嶺の様は、地獄のようだったと、、。真冬の梅嶺に野ざらしにされ、鳥獣に荒らされたというのに、、、それでも亡骸は、埋葬するのに、数ヶ月を要し、埋葬出来なかった者も、、、。
小殊は、その地獄の渦中にいたのだ。
大勢の仲間の死を、目の当たりにして、苦しくならぬ筈は無い。
知りたい、、、、知りたいが、、、、。
、、、小殊が苦しそうならば、私が話を止めれば良いだけの事。━━
そう、思って、真っ直ぐに長蘇を見た。
林殊は、本当は辛いはずなのに、苦しいとも辛いとも言わず、ただ飄々と進む時があった。
周りの者に、己の苦しさを気取らせぬ様に。
そんな男らしい労りを、周囲にはするのだ。
靖王は、林殊の苦しさが、手に取るように分かるだけに、穏やかではいられない。
━━知って、お前の苦しみを受け止めたい。
苦しいならば、共に苦しみたい。
私は兄 祁王を失い、冷遇もされたが、、、、焦土と化した、あの梅嶺を生き残ったお前の苦しみは、それ以上だった筈。
そのお前は、姿を変えてまで、何かを成そうとしているのだ。
どうやら、赤焔事案の再審だけが、したいのでは無さそうだ。━━