彼方から 第四部 第七話
風に流され飛ぶ蜘蛛の糸のように、細く体に纏わりついてくる……
そんな嫌な感じが、ずっと、している。
――こんなとこ……
――おら、居たくねぇ
――チモたちも
――こんなとこ、居させちゃいけねぇ
唇を強く引き結び、そう思う。
話し声が近くなる。
―― はっはあ――っ!! ――
ケイモスの声が、建物の中に木霊する。
……サワッ――
「――――っ!!」
不意に動いた枝葉に驚き、ドロスは思わず足を止め、息を呑んだ。
ざわざわと小さく騒めき、蠢く木々の根や葉……
幾重にも重なり響きながら、小さくなってゆく彼の声に、呼応しているかのように思える。
……『嫌な感じ』が、強くなったように思える……
先の方……広間のような場所に、皆が集まっているのが見える。
網に押し込められたチモたちの姿も見える。
思わず、唾を飲み込む。
辺りを見回しながら静かに――太く、立派な柱の陰に身を隠すようにして、ドロスは足を進めていた。
「さあ――――」
「チモ達をここへ!」
「その血に因って、4000ニベルの距離をゼロに変える!!」
確信と自信に満ちた、ラチェフの声音が建物の中を通ってゆく。
思わず、近くの柱の陰に身を潜めた。
「――あ……」
チモたちが……
網に捕らえられたままのチモたちが、傭兵たちの手によって壁際に、粗雑に置かれてゆく。
「自らの手で、その扉を開けろ! ケイモス!!」
ラチェフが放った言葉の意味を、一瞬で悟る。
壁に叩き付けられ殺されたチモの姿が、脳裏に蘇る。
心臓と肺が握り潰されたかのように、痛む……
「あああ――おらのチモを……!!」
『何故』、『どうして』と……
疑問符ばかりが心を埋め尽くす。
「や……やめろ!」
『命』が、蔑ろにされる。
胸が――息が、苦しくなる…………
チモたちに向けられた、ケイモスの両の手の平。
その手には、無抵抗の小動物を皆殺しにするのに、十分すぎるほどの気のエネルギーが集まっている。
冷たく、己の欲に歪んだ笑みを浮かべ、鈍い音と共に放たれる『気』……
「 やめてくれーーーーっ!!! 」
一気に爆発する、強い『悲しみ』、『怒り』の感情に、ドロスは心の底から叫んでいた。
喪われる、多くの小さな命に、涙しながら……
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幾つもの小さな断末魔と共に、現れた『闇の渦』――
その渦に手を宛がい、精神を集中させる二人の占者。
やがて、闇の渦の向こうに景色が――
タザシーナとゴーリヤの導きにより、示された『道』が……像を結び始める。
この遺跡へと繋がれた『道』が、教えてくれる。
どれだけ距離があろうとも、『導き手』さえ確かであれば、望みのまま……『道』を開くことが出来ることを……
この小さき生き物、『チモ』さえいれば、この世界の何処へでも、瞬時に行けることを……
向けた手の平を、握る。
「【天上鬼】を支配できた者、この世の覇者となる……」
太古からの言い伝えが、口を吐く。
「これは、我々に用意された言葉だ」
確信を以って、そう断言する。
――何故なら……
冷たく、不敵な笑み。
脳裏に蘇る、記憶――
――何故なら
――初めてこの遺跡を見つけてから
――導かれるように
――この『場』に入ってから……
それは、『始まり』とも言える『出会い』の記憶……
――わたしの望みは、全て適ってきた
――わたしの望む富
――わたしの望む地位……
――この世さえ
――わたしの望む方向に変わってきた
自信に満ちた、笑みが零れる。
己の望むこと全てが『適う』と、信じて止まない笑みが……零れる。
――そう、何故なら
天を仰ぎ見る。
遺跡に満ち溢れる『力』を、肌で感じる。
――我々には、『巨大な存在』が
――手を貸しているのだから……
闇の渦の向こう……
導き開かれた景色に、眼を細める。
馬に乗り、街道を進む二人の姿が――
【天上鬼】と【目覚め】の姿が見える。
この世の覇者となり、『全て』をこの手に収める。
その日が近いことを、その日が必ずこの身に訪れることを……
眼前に現れた空間の歪みに驚く二人の表情に笑みを浮かべ、ラチェフは心の底から確信していた。
第四部 第七話 終わり
第八話に続く
作品名:彼方から 第四部 第七話 作家名:自分らしく