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自分らしく
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彼方から 第四部 第七話

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「たとえ、何があっても――おれが、守るから……!」
 自身に、そしてノリコに誓いを立てるかのように、想いを言葉にする……

 イザークはノリコを抱き寄せた腕に力を籠め、『得体の知れぬ何か』を、自分たちの進む未来(さき)を捉えるかのように、道の行く先を見据えていた。


          **********


 ――あの飼育部屋から30ニベル(約27キロ)……
 ――しかも、地下深くにある遺跡……だと……?

 俄かには信じ難い、ラチェフの言葉……
 だが、確かに己の足で通り抜けて来たのだ。
 チモの命と引き換えに現れた、闇色の空間の中を……
 
 改めて、辺りを見回す。 
 遺跡に漂う『空気』を、肌で感じる。
 物音など何もしない。
 それどころか、小さな『生き物』の気配すらも感じられない――
 『静けさ』とは違う、『重さ』を伴う『静寂』。
 人の営みから外れた『場』であると、そう思わせる『何か』が、ここには在る……
 如何に信じ難くとも、己が眼にし、感じた事――
 それが全てであり、『事実』だ。 

 ……だと、するならば――――

「……じゃあ、おれは――」

 とある期待が、胸を過る。
「『今の方法』で、奴のもとへ行けるのか……?」
 確信を以って、ラチェフに問う。
 ここにはまだ……
 何十匹もの『チモ』が、居る――
「半時もかからん。瞬時に送り届けてやる」
 問いに応えるラチェフの口元が、微かに緩むのを見た時、ケイモスは己の『気』が一気に高揚するのを感じ取っていた。
「はっはあ――っ!!」
 気の昂ぶりが声に出る。
 いよいよ、『その時』が来たと……
 『あの男』に同じ思いを――いや、それ以上の惨めな思いを味合わせる時が、漸く来たのだ。


          ……サワッ――


「――っ!!」
 枝葉の擦れ合う『音』と何かの『気配』に、思わず眼を向ける。
 自力で動くことなど出来ぬはずの木の根が、微かに動いたように思える。
 そう……まるで、『身じろぎ』でもしたかのように――

「ふふ……」
 満足げに――
「……共鳴してるよ」 
 愉し気に、ラチェフはケイモスに、そう、説く。
 眼を凝らし、感覚を澄まし―― 
「ああ……」
 気付く。
「……分かるぜおれにも――分かってきた」
 先刻まで、『漠然』としか感じ取ることの出来なかった『何か』を……
 己の『力』と共鳴する、『何か』の存在を……
 不気味な『眼』をもつ黒い霞のような塊が、遺跡の其処彼処に漂っているのを……

 ケイモスはその瞳で確かに――捉えていた。

 
          ***********


 何もなかった壁……
 その壁に出来た薄気味の悪い闇色の渦――
 一匹のチモの命と引き換えに現れた渦に恐る恐る歩み寄り、そっと……
 向こう側に見える景色を、ドロスは覗き込んでいた。

 怖かった。
 本当は、覗き込むことすら嫌だった。
 だが、捕らえられ、共に連れて行かれたチモたちが、心配でならない。
 先ほどの、ラチェフの所業を思い返す。
 ……嫌な考えが頭に浮かぶ。
 彼らはチモの命など、恐らく『なんとも思っていない』に違いない。
 利用価値のある『道具』ぐらいにしか、思っていないのだろう。
 減ったらまた、『増やせば』良いと……

 指先をほんの少し、入れてみる。
 ……痛みはない。
 入れた指先を見てみるが、何の変化もない。
 無論、渦の向こうに見える皆も、何事もなさそうに、見たこともない建物の中を進んでゆく――

 網に閉じ込められたチモたちを見やる。
 何かに怯えているのか――互いに身を寄せ合い、小さな体を震わせている。
 出来ることなら、助けてやりたい……
 その一心で、渦に足を踏み入れる。
 何も出来ないかもしれない。
 自分一人では、ラチェフの傭兵一人にすら敵わない。
 それでも――――
 この場に一人、ただ黙って待っていることなど出来なかった。


          **********


「さあ――――」

 『邪気』をその瞳に捉え、笑みを浮かべるケイモス……
 共鳴するその存在が、己に与える影響の強さを如実に感じ取っているのだろう。
 身体に満ち溢れる『力』に愉悦するケイモスを見やり、ラチェフもまた、薄い笑みを浮かべていた。

 流れるように、皆に手を向ける――
「チモ達をここへ!」
 ラチェフの命に、場の空気が即座に引き締まってゆく。
「その血に因って、4000ニベル(約3600キロ)の距離をゼロに変える!!」
 誰も『否』など唱えない。
 それが不可能なことではないことを、身を以て知ったからだ。

 遺跡の壁に、チモが詰められた網が並べ置かれる。
 不敵な笑みを浮かべ、少し離れたところに立ち……
 ケイモスはゆっくりと、両の手を交差させながら頭上へと上げてゆく。
「自らの手で、その扉を開けろ! ケイモス!!」
 ラチェフの言葉に呼応し、頭上で合わせた掌に『気』を籠め始めるケイモス――
「ゴーリヤとタザシーナは道を指せ!」
 チモの袋を挟み、その両脇に立ち、待ち構える二人……
 二人の足元で、ただ震えるだけのチモたち。
 鳴き声も上げられず、転移することも出来ず……
 『利用』される為に作られ、そこに居る、『憐れ』な生き物。
 自然と、笑みが浮かぶ。
 その身も、その命も、その力も全て――我が意のまま、と……

 ケイモスの重ねた手の平が、チモたちに向けられる。
 その手には、無抵抗の小動物を皆殺しにするのに、十分すぎるほどの気のエネルギーが集まっている。
 鈍い音と共に放たれる『気』。
 小さく重なる、幾つもの断末魔と共に、壁に広がる『闇の渦』……
 その渦に手を宛がい、精神を集中させる二人の占者。
 やがて、闇の渦の向こうに景色が――
 タザシーナとゴーリヤの導きにより、示された『道』が……姿を現していた。


          **********


 ……とても立派で荘厳な、建物だった。

 中は、何処も彼処も青白い光で満たされていて、何もかもが、薄青く染まっているように見える。
 辺りを警戒するように見回し、恐る恐る、足を運ぶ。
 壁や床を這うように生えている、夥しい量の木々の根が、やたらと眼につく。
 幾本も並び立つ、太い石造りの柱。
 その柱や壁の存在を、確かめるかのように手を宛がいながら、ドロスは皆の後を追うように先へと進んでゆく。

 ふと……
 偶然、手に触れた苔に眼を向ける。
 青く――自ら光を放つ様に、思わず顔を近づけた。

 ――これが光ってるのか……
 ――初めてだ、こんな苔見るの

 改めて、辺りを見回す。
 木々の根に気を取られていたが、よくよく見れば、至る所にこの『苔』が生している。
 そのお陰で、中は明るく、歩くのにも困らないが同時に、青白い光のせいで眼が変になりそうな気がした。

 人の話し声が聞こえる。
 その声を頼りに歩き出す――頻りと、辺りに視線を向けながら……
 ……どうしても、周りが気になる。
 特に何があるわけではない、ただ、この建物に入ってからずっと……何かの『気配』を感じているのだ。