横恋慕
雑木林に囲まれた清流沿い。
その川辺に落ち込む滝の裏には、猗窩座が寝ぐらのひとつとしている洞窟がある。
鍛錬に勤しんでいた猗窩座は、久しぶりに感じた気配に意識を散らして夜空を見上げた。
苦手な相手だ。
逃げることもできるが、そいつの性格上粘着質な追跡があるかもしれない。
それはそれで面倒だと思い、近くの岩に適当に腰を下ろして該当の人物を待った。
「やあやあ猗窩座殿。息災かい?」
「なんの用だ」
足音もなく現れたのは、頭から血を被ったような髪と虹色の瞳が印象的な鬼。
上弦の弐に名を連ねる、童磨だ。
猗窩座は相手を視界に入れるでもなく、水の流れを無表情に眺めながら淡々と訊ねる。
「顔を見に来たに決まっているだろう?しかし所在を掴むのに随分と手間取ってしまったよ。これまでの猗窩座殿の生活拠点をいくつまわったことか…。こんなに長く寺院を空けるのは初めてではないかな」
「それはご苦労なことだ。顔を見たならもう帰れ」
「相変わらず連れないなぁ。」
童磨は温度の感じられない薄っぺらい笑みを浮かべ、こちらに歩み寄るなり手に持った何かを差し出してきた。
「これを、貴殿に」
無理やり視界に押し入ってきたのは、手のひらに収まるほどの大きさの小箱。
白いリボンが巻き付いており、赤い寒椿が一輪差し込んである。
「……なんの真似だか知らんが、お前からは何もいらん」
「俺からじゃなくて、サンタクロースからだとでも思っておくれ。少し早いが、クリスマスの贈り物というやつだよ。」
小箱を一瞥しただけで軽く顔を背けるが、童磨は腰掛けている岩の上に寒椿をそっと置くと、勝手にリボンを解いて小箱をあけていく。
「少し、じっとしていてくれるかい?」
低い声でそう言って箱の中のものを指先で摘み上げると、徐にこちらの顔に手を伸ばしてきた。
咄嗟に叩き落とそうとして挙げた腕は、まるで見越していたかのようにやんわりと押さえ込まれてしまう。
「…じっと、していておくれ」
「ーー、」
相手の様子がどこか普段の揶揄うようなものではなく、切実なものであることを察して猗窩座は不可解に感じながらも腕を下ろした。
ひとまず童磨の好きにさせていると、耳に指先が触れてきた。
居心地の悪さに身じろいでしまう。
滝が流れ落ちる水音が辺りを満たしているが、他に雑音のない静寂な空間が耐え難い。
不意に耳にひんやりとした固いものが当てがわれ、反対にも同じ感触を覚えた。
童磨の手が離れていくのを確認して、耳に手をやってみる。
何やら金属質なものがくっついているようだ。
「すごく似合うよ、猗窩座殿」
「……なんだこれは」
「本当はピアスを贈りたかったところだが、鬼はすぐに傷が塞がってしまうから、イヤーカフというやつにしたんだ」
「そうか。外していいか」
「ええっ?何故だい?邪魔にはならないだろう?」
確かに邪魔にはならない。
なるほど。拳を使っての肉弾戦が主な俺の戦い方を考慮して、童磨なりに煩わしくない装飾品を選んだということなのだろう。
その気遣いは有り難い。
これなら思いきり身体を動かしても気にならない。
しかし。
「クリスマスだろうが何かの祝いだろうが、お前からの贈り物なんぞいらんと言った」