横恋慕
「うーん……そうか。」
太い眉をへにゃりと下げ、童磨は苦笑する。
基本的に自己中心的で困ることのない男である為、こういった表情を見たのは初めてで。
ついまじまじと観察していると、視線に気付いた相手の顔が何故かぱっと明るくなった。
「今、もしや俺を心配してくれたのかい?」
「…俺がお前の何を心配するんだ?」
「酷いなぁ。傷心した友に少しは心を砕いておくれよ。しかしこれが俺ではなく、あの炎柱君ならきっと貴殿は全く違う反応をするのだろうね」
「杏寿郎を他の誰かと比べることはない」
きっぱり断言するこちらに、童磨の双眸が僅かに細くなる。
「…へえ。そんなに特別なんだね」
「当然だ。あいつは俺の目に映るすべてに色を与え、命に意味を齎した。ーーだから、」
予備動作なく立ち上がり、猗窩座は岩の影から気配もなく伸びてきた氷の蔓に掌底を叩き込んで粉砕した。
続け様に足場を蹴り、地面から突き出してきた蔓をかわす。
一瞬の後には十本近くの蔓が身体に迫ってきたが、型を崩すことなく的確に砕いていく。
軽い破裂音が連続して辺りに響き、やがて沈黙が降りた。
月明かりを受け、きらきらと霧散した氷が輝いて消える。
「俺は生きて、杏寿郎を守り、あいつの生き様に報いなければならん」
「…猗窩座殿、強くなったね」
童磨は虹色の目を見開き、呆気にとられたように呟いた。
奴の血鬼術と俺の戦い方は、相性が悪い。
身体の動きを制限されてしまえば手も足も出ないからだ。
鬼としてただ生きていただけの間は、力任せな部分もあり童磨の蔓を壊すことが出来なかった。
それが血鬼術すら使わずにいなすことが出来たのだ。正直俺自身も驚いている。
「人を食っていないのに、どうして強くなれるのかな?」
「知らん。帰れ」
「守りたいものがあると違うだとか、そんな根性論は信じないが……炎柱君のためかい?」
「黙れ。帰れ」
「ならば、俺も猗窩座殿のためならもっと強くなれそうだ。俺が猗窩座殿を守ってやろうな」
「本当にもう帰れ」
成立しない一方向の応酬に辟易していると、気が済んだのか童磨は踵を返して背中を向けた。
しかしなかなか足を踏み出さず、立ち尽くすのみで。
こいつの頭の中など読めないし理解したくもないのだが、今度はなんだと様子を伺ってしまう。
少しして、童磨が顔だけ半分振り返らせた。
長い髪に隠れて表情は見えないが、口元は穏やかに弧を描いているのがわかる。
「…もし、猗窩座殿が腑抜けて腕が落ちていたら、力づくでも連れ帰るつもりだったのだけれどね」
「……」
「今の猗窩座殿と本気でやり合ったら、勝てるか微妙だな」
「……」
何か変な人間でも食ったのだろうか。
自分は優しいなどと自ら宣う、傲慢で軽薄なこいつは無惨様にすら殊勝な態度は上辺だけだというのに。
どこか名残惜しそうに歩き出す男に、何となしに声を投げた。
「童磨」
「うん?」
「俺を消す命令が出ているはずだ。にも関わらず一度も襲撃がないのは、お前がそう仕向けているからだろう」
「……」
足を止めない童磨は、返事をしない。
沈黙は肯定だろう。
「余計な世話だ。来た奴らはまとめて陽光に晒してやる」
「下の子たちが猗窩座殿に敵うはずないだろう?無用な犠牲が出ないようにしているだけだよ」
静かにそれだけ言って、童磨は暗闇に姿を消した。
「……あいつ、何をしに来たんだ」
ひとりぽつりと呟いてから、ああ贈り物を寄越しに来たのかと合点する。
耳に手をやり、左右のイヤーカフとやらを外してみる。
銀色に輝くそれは小さい割に存在感があり、質感も滑らかで。
さすが金持ちが選んだだけあって高そうな代物だ。
暫く手のひらの上に転がしたふたつのイヤーカフを眺めていたが、捨てるのもどうかと思いポケットに突っ込んだ。
視界の隅には寒椿が寂しく取り残されており、その赤色が想い人と重なって拾い上げる。
「クリスマスか…。杏寿郎は何をすれば喜ぶだろうな」
寒椿と睨めっこをしつつ、猗窩座は思考に沈んだ。
fin.