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天藍ノ都  ───天藍ノ金陵───

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 一介の衆民にも、我々の協力者はいるのです。」

 黎綱は馬車を走らせ、ここまでの道すがら、江左の盟員が指差す方へ、馬車を走らせただけだった。
 長蘇と黒装束の男の馬が走る姿を、道すがらの盟員は、しっかりと確認していたのだ。

 長蘇は言葉を続けた。
「どれだけ正確に早く、情報を得られるかが、事の大事に関わります。
 そうすれば、謀に踊らされたり、要らぬ戦いをする必要も無いのです。
 、、、、ぇ、、靖王殿下、、何か?。」

 靖王は、長蘇の言葉にぎょっとして、長蘇を見つめた。
━━小殊と同じ事を言う。
『自分だけの、信用の置ける情報網を、持つべきだ』、と。
 情報は朝廷からの軍報があるから、と、小殊に言ったら、『まったく〜、靖王殿下〜』と、笑われた。
 あの時はまだ、世の中を知らなかったが、今ならば、それがどんなに重要かがよく分かる。━━
 靖王は昔の、林殊との会話を思い出していた。

「流石は、江湖の大勢力の首領だ。
 なるほど、だからあれほど正確に、綿密に計画を立てて、反撃が出来るのか。」
 皮肉る様な、靖王の言葉に、長蘇は微笑んで言った。
 長蘇もまた、靖王の口調に、遠い昔を思い出していた。
「私の主は、靖王殿下ですよ。
 私が殿下を支えるのです。嘘や謀には触れさせません。
 ご安心を。」

「それは、、心強い。」
 そう言って、靖王は笑う。
 互いに、軽口を叩いていたあの日々を、思い起こした。
 屈託なく無防備な靖王の笑顔に、長蘇の胸がじわりと熱を持ち、喉元にまで駆け上がる。

──ぁぁ、、景琰の笑みだ、、、。
 こんな景琰の顔は、いつ以来なのだろう。──

 おそらく、他の誰にも見せた事の無いだろう、靖王の表情に、長蘇の心が溶けそうになった。
 林殊だけしか知らない、靖王の表情が、再び長蘇の前に。
──林殊を思い出し、心が穏やかになり、微笑んでいるのだ。
 私に向けたものでは無い。
 、、、、勘違いを、してしまいそうだ。──

 赤焔事案や、祁王の死、様々な事があった。
──陛下に冷遇され、後ろ盾も援軍も無く、辺境を渡り歩いては、混乱をただただ沈静化していったのだ。
 寄る辺ない辺境暮しで、こんな風に笑った事はあったのだろうか。──

 ふと、思い起こせば、長蘇もまた、琅琊閣での夕暮れに、江湖に映える落日に、ふと靖王との日々を思い出し、刻が巻き戻ってゆく、そんな穏やかな時間があったのだ。

──景琰にも、そんな刻があっただろうか。──

「下に降りるか。黎綱が来るのだろう?。
 降りて待とう。
 来るならば、あの派手な馬車で来るかと思ったのだが。
 いつもの蘇宅の馬車だったな。」
「まぁ、、あれは、黎綱に、蘇宅の馬車は、壊れて使えないからと、あんな派手な馬車に乗せられたのですよ。」
「何?、、壊れた??、、、なのにこんなにすぐに、直ったのか?。」
「、、だから、、、そういう事ですよ、殿下。」
「あ?、、、ぁぁ、、、黎綱にも、ハメ、。」
 靖王からの聞きたくない言葉を遮るように、長蘇が言葉を重ねた。
「まぁ、主たるもの、たまには配下に踊らされて遊んでやりませんと、ね。
 靖王殿下も、配下にそういった気を回す事も、時にはおありでしょう?。。
 例えば、分かっていながら、騙されてみる、とか。」
 黎綱にまで騙されたとは、思われたくない長蘇の言い訳は苦しい。靖王には、そこだけは突っ込まれたくなかった。林殊の意地とでも言おうか。
「クス、、まぁ、、そうだな。」
「上に立つ者は、下で働く者の心を、時には晴らしてやりませんとね。
 色々、気苦労は絶えませんが。」
「、、プッ。」
 今回散々な目に遭った長蘇を、靖王は面白がっていた。
「靖王殿下もそうでしょう??!!!。」
 そこに気付いている長蘇は、少々、口調が強くなる。
「、、まぁ、、、そう、、、だな、、。クスクス
 、、、確かに、たまには下の者の、機嫌をとってやらねばな。
 クスクス、、そういう事にしておこう。」
「そういう事にして下さい。」
「ふははは、、。」
「ふふふ、、、。」
 たまらず溢れてきた笑いは、二人、共に止められなかった。
 一頻り笑い合えば、靖王は微笑みながら言った。

「、、蘇先生は不本意だろうが、、。

 、、、、、、
 、、、、その衣は、良く似合っていると、、思う。」

「、、、、!。」


 そして靖王は、少し恥じらいながら、長蘇を見た。
 長蘇は驚いて顔を上げると、靖王の顔を見る長蘇と、目が合った。
 そもそも、人の衣がどうとか、言うような靖王では無かった。
 林殊の新しい鎧を見ても、『良いんじゃないか?』とか、自分の鎧が古びて擦り切れていても、お構い無しで、、静妃から衣を贈られれば、清潔にはしているが、そればかり着ている。

──今まで景琰は、こんな言葉は女子にすら、、、、母親の静妃にだって、衣がどうとか、言った事など、、、、、いや、思ったことすらないだろ、、、。──
 なのに長蘇のこの姿を、褒めたのだ。
 長蘇の呆気にとられた視線に、靖王が自分の言った言葉の意外さに、今更、気がついた。
 気が付いてから、徐々に胸が高鳴っている靖王を、可愛らしく思った。

──プッ、、景琰の耳が赤い。
 可愛いから追求しないでおこ、、フフフ。──

 間近の靖王の鼓動が、長蘇にも伝わってくる。

 だが長蘇も嫌ではなく、この靖王の鼓動を感じていたい。

 靖王も同じで、甘やかな気持ちに浸っていたかったが、そうしていられないのも、また靖王の性分だった。
 艶めいた雰囲気を終わらせる。

「では、蘇先生、降りよう。」
「はい、殿下。」
 靖王の差し伸べた手に、長蘇の手がのせられた。
 そっと握る靖王の手は、優しく長蘇の心をも包み込む。
 靖王は逞しい体躯で、長蘇を守る様に、嫋やかな体を引き寄せた。
 腰に回した靖王の手に、少しだけ力が入る。
 飛ぶ合図なのだ。

「はっ、。」
 軽功で舞い降りる靖王に、長蘇は身を任せた。

 ゆっくりと降りてゆく二人。


 長蘇の衣は、ひらひらと舞う、胡蝶の如く。
 胡蝶と戯れる靖王も、珍しく嬉しそうな。

 風が二人を、優しく遊ぶ様に、包み込み、。

 穏やかな春の陽光に、悠々と美しく。


 
 天仙が、長蘇の願いを叶えた。

 この刻が永遠に続けばいいと願う、長蘇の心を汲み掬(すく)うように。



 
 鳳凰の尾羽は、真白に天に輝き、


 精白なる二人の心に揺り動かされて、



 山河に流れる刻は止まる。





   ─────終──────