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天藍ノ都  ───天藍ノ金陵───

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 人では無い者が、気まぐれに、靖王の傍に降り立ったのだ。

 靖王は夢見心地だった。

 長蘇は、風を纏って、そのまま天に帰ってしまいそうな。
 帰ってしまえば、もう靖王の元には戻って来ない。


 ひゅうっっっ、、

「、、ぁぁ、、。」
 強い風が吹き、一際大きく、長蘇の黒髪と衣が踊る。
 風に煽られて、長蘇の足元が揺らいだ。
「蘇先生!!、危ッッ!。」

 咄嗟に靖王の腕が、長蘇を抱き留めた。
 ふわりという感覚と一緒に、長蘇の体が腕に。
 女子の重みでは無いが、男と言うには軽過ぎる。
 武功のある者は、体の重みを消してしまう功力がある。
━━軽い。━━
と、靖王は思った。
 そしてそれは、靖王の顔に出てしまった。
 長蘇にも読み取れてしまうのだ。靖王が武功云々、悶々としているのはさて置き、靖王が長蘇を、『軽過ぎる』と感じた事は強く伝わった。


「靖王殿下、重ね重ね、失礼を、、お恥ずかしい。」
 長蘇は直ぐにも、支えてくれる靖王から、離れようとしたが、靖王が離さなかった。
「気にするな。
 私が蘇先生を、無理に登らせたのだ。すまぬ。
 、、、だが、それにしても、、。」
 体重の軽量さを言われるのかと、長蘇は少々うんざりとしたが。

「さっきから気になっていたのだが、、もしや、蘇先生には武功が?。軽功があるのでは無いか?。」
「あはは、、私に武功など有りましょうか。
 私は、匕首すら持てぬのですよ。」
「そうなのか?。
 それにしては、私が軽功を使っている時の、蘇先生の身の軽さは、、。
 武功の無い者が、私の負担にならず、共に軽く飛べるだろうか。
 今は使えなくても、かつては武功を持っていたのでは無いか?。」

 長蘇はぎくりとした。

「話したくないのであれば、話さずとも良い。
 私は、ただ感じた事を、率直に言ったまでで、蘇先生の素性を知りたいとか、そういう事では無いのだ。」
「流石は靖王殿下です。
 、、、ご存知でしょうが、私は仮にも江湖の派閥の首領です。
 あらゆる門派の刺客から、命を付け狙われているのです。
 凶刃から無事に、救出されるには、少しでも配下の負担を減らさねば。
 そもそも私は、『口先』の外は役に立たぬのですから。
 飛流など、怪力とはいえ、まだまだ未熟者。逃げる途中に、飛流の負担になれば、捕まってしまいます。
 、、、まぁ、、軽功を使える配下から、共に軽功で逃げる時の訓練を、受けたというか、、。」
 長蘇のその答えに、靖王は驚く。
「は???、、、。
 そういうのは、訓練してどうにかなるものなのか?。
 蘇先生の馬の乗り方といい、私が助け出し、軽功で飛んだ時といい、とても武功の無い人間とは思えなかった。
 ならば、相当、蘇先生は訓練を積まれ、苦労されたのでは。」
「あはは、、それ程でも、、。
 色々、身体に不自由を来たしておりますが、こう見えて、物覚えと反射神経は良い方でして、、、。」
 靖王は更に驚き、長蘇の話を、すっかり信じている様子だ。
「なんと、、あぁ、、そう言えば、蘇先生は、霓凰郡主の婿選びの武術試合の折、百里勇士と景睿の手合わせを見て、百里勇士の欠点を暴いたとか。
 そうか、なるほど、、、、さすが、噂に違わぬ非凡なる才子だな。」
「、、ホホホホ、、、。(汗)」

──嘘だよ!。
 、、馬鹿だな、納得するなよ、景琰。
 軽功を使った事のない人間が、相手に協力して、負担を減らすなんて出来るものか。

 、、、盲点だった。
 そうだよな。普通出来ないよな。
 私の体に、動きが、染み付いているのだ。
 気が付かなかった。
 、、、ついうっかりと。

 だがこの、ホイホイ、騙されてしまう、景琰の性格ときたら、、。
 、、、、、まぁ、騙す私も悪いが、、。──

 林殊は子供の頃、靖王を度々騙したが、この歳になり、少し靖王が心配になる長蘇。
 長蘇は、靖王に『騙されている』と、少し匂わせてやりたいが、靖王が気付くと、自分の軽功疑惑が再燃してしまう。
 靖王とて、誰彼構わず信用している訳では無い。
 あれ程訝しんでいた梅長蘇を、信用してきている、という事なのだ。
 靖王は信用するとなれば、全てを無条件で信用する。
 そういう所は、祁王とよく似ていた。

 長蘇は策士として、靖王との繋がりを断ちたい一方で、靖王にこうして信用される事を、心の奥底の林殊は喜んでいるのだ。

 かつて靖王と林殊、二人つるんでは遊び回った、あの日々の感情を呼び起こした。
 どこかじわりと暖かく、そして甘酸っぱさが、広がって、胸の辺りを掴まれる。

 さっきまで、金陵の眺めと柔らかな風に、心地良さげにしていたのに、急に物憂げになった長蘇に、靖王が気がついた。
「?、蘇先生?。どうかしましたか?、何か?。
 私が失言をしただろうか?。」

 靖王の言葉に、長蘇はくすりと笑い。
「いえいえ、靖王殿下、私は策士ですよ。
 そう簡単に、全てを信じてはいけません。
 半分、本当で、半分は出まかせですよ。」
 穏やかに、微笑みを湛えて、答える長蘇。

「どこからどこまでが嘘だと?。」
 靖王の言葉に怒気は無いが、少し眉尻が吊り上がる。

「そこは明かさぬのが、粋というもの。
 ここからの光景の、あまりの壮大さに、私は気が大きくなって、愚かにも靖王殿下にとんだ失礼を働きました。
 どうぞ、罰を。」

──私の中の林殊よ。
 景琰との再会は、望外の喜びだ。

 残念だが、靖王を守る為だ。
 最後まで、秘密は明かさぬ。

 一世一代の嘘をつき通そう。──

 長蘇の心の中の林殊が、笑って頷いた。


 長蘇の、何かを秘めた強さに、靖王は爽やかさを感じた。
 長蘇の表情には、靖王をやり込めるといったものは感じず、寧ろ靖王は、長蘇が自分の先々を見守るような、そんなものを感じ取っていた。

━━策士となぞ、私には交わる機会は無いと思っていたが、、、。
 この梅長蘇という男は、策士を語っているが、何かがしっくりとこない。
 私が謀に疎い、という事では片付けられない何か。
 梅長蘇は、『利に徹する』と言っているが、言葉の端々、動きの所々に、この者の深い情義と、仁愛の心を感じるのだ。
 一方で、何かを頑なに隠している。行動はおろか、言葉の端にも、それが何であるかの、確証を掴めない。
 そこに梅長蘇という男の、底知れぬ不気味さを、感じずにはいられない。━━



  ソォ──シュ─────!!!



 遠くから、長蘇を呼ぶ声。
 下に見える道に、馬車が止まっている。
 黎綱が大声を出し、長蘇に大きく手を振っている。

 金陵で乗せられていた、あのド派手な馬車ではなく、帳を張った、蘇宅所有の馬車だった。
 黎綱は、御者台に座ると、ガラガラと馬車を走らせ、長蘇と靖王のいる、この岩壁に向かって、道を進んだ。

「なんと!、驚いた。
 私が蘇先生を送っていくつもりだったのに、こんなに早く、居場所が知れるとは。」
「あははは、、、、。
 江左盟の情報力ですよ。」
「!!!、、、江左盟だと?。
 江湖の情報力とは、そこまで、、、。」
「江左盟の情報力は特殊です。
 江湖の剣侠の、情報だけでは無いのです。