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願うことはひとつ

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最初、説明するのに苦労した。

淫魔だと言っても怪訝な顔をされるだけだった。それだけ言えば分かってもらえると思っていたツナは、そこから先の言葉に窮した。当たり前のように淫魔として生きてきた自分、それ以外の種族を知らなかった自分には、何から説明すればいいのか分からない。

「好きな食べ物は、人の精気です」

どうやらそのことが、人間と自分の決定的な違いらしかった。



「ヒバリさんヒバリさん」
リビングのドアから顔だけ出し、雲雀の名を呼んだ。振り返ってくれたのを見てツナはぴょこんとドアの真ん中に立つ。
「どうですかこれ」
言いながらひらひらと持ち上げるのは、少し短めのスカート。安っぽい生地で作られたそれは妙にテカテカとしている。
セーラー服だった。雲雀は眉を寄せて、「何それ」と呆れたように言うだけ。とくに心を動かされた風ではない。
先ほどまで弾んだ声をあげていたツナは、見るからにしゅんと肩を落とした。
「男の人はこういうの好きだって聞いて……。ヒバリさんは好きじゃないんですか?」
「僕にはそんな趣味ない」
そうですか、と声は沈んでいる。
「そんなものどこで買ってきたの」
「散歩してたら見つけたんです。お店にいっぱいありました」
「あまり変なところへ行くんじゃないよ」
呆れたような声を受けて、ツナはうな垂れるように頷いた。


(人間って難しい)

それが、雲雀と出会ってからの率直な感想だった。
可愛い子には旅をさせろ、そう言った父親に人間界に下ろされて。雲雀の家に厄介になってから一月。彼は一度も自分に欲情してくれたことはない。
ツナの食事は人の精気だ。それは俗に言う性行為によって得られる。人間が食事をするのと同じように、それは淫魔にとって至極当たり前のことだった。人間と自分達の価値観の違いを認識していなかったツナは、雲雀がなぜことさらにその行為を疎ましがるのか、最初分からなかった。
そういうことは本当に好きな人とだけするのだと、知ったのはテレビのワイドショーを見た時。釈然とした気分だった。雲雀にとっての『本当に好きな人』が、自分ではないことを、ツナはその時に知った。


「綱吉」

考え込んでいたところに話しかけられて、ツナははっと顔を上げる。意識を現実に戻せばいい香りが鼻についた。ちょうど雲雀がテーブルに朝食を並べ終わったところだった。
あたたかそうなたまごスープに、真っ白な目玉焼きはツナの好きな半熟。脇に添えられたサラダは、緑や黄色、赤がきれいに彩られていた。
ツナはテーブルにつく。雲雀が手を合わせるのに倣い、自分も手を合わせて「いただきます」と声を弾ませた。
「おいしい!」
「そう」
しょうゆを自分でかけようとしたところ、雲雀が代わりにかけてくれた。前に皿に溜まってしまうほど入れすぎたことがあったからだ。
おいしいおいしいと、思ったことを率直に言えば、雲雀もかすかにうれしそうな顔をした。
ツナは味わって食べる。もともとこのような食事をする必要のないはずだが、食べてもとくに差し支えないらしい。味を楽しむことができる。
雲雀の料理を食べるのは好きだ。
けれどもちろんそれは、ツナをじわじわと蝕む飢えに、何の効果も与えなかった。


食べ終わった後、皿洗いを終えた雲雀がツナの名を呼んだ。
ソファーでごろごろしていたツナは、なんですかーと問い返す。
「買い物行くけど、君も来る?」
「行く!」
がばっとソファーから身を起こす。
何もかもが目新しい人間界を見て回るのは好きだ。一人でも楽しいけれど、雲雀と一緒ならもっと楽しい。
「行きましょう!早く早く!」
待ちきれんばかりに駆け出し、リビングの扉で一度止まって振り返る。急かす様に言えば、「ちょっと待って綱吉。そのままで行くつもり?」
慌てたように雲雀に呼び止められた。
ツナはきょとんとして、自分のセーラー服を見、それから雲雀に視線をやる。
「だめなんですか?」
「普通はそんなの着ないの」
ごめんなさい、とツナはうなだれた。
一月経とうとも、人間界の常識についての理解はまだ浅いままだった。



すれ違う人々には仲睦まじく寄り添っている人も多かった。
雲雀と距離が離れてしまわないように気をつけながらも、きょろきょろとあたりを見回す。親子連れや友達同士。商店街は活気付いていた。
(あ…)
二人組にふと目が止まる。幸せそうに寄り添っている二人は、固く手を繋いでいた。
子どもの頃母親とよく手を繋いでいたものだ。こちらとの慣習の違いはいまいち分からないことが多いが、手を繋ぐ習慣はこちらもあちらも同じなのだと知ってうれしくなる。心強い気分になって、ツナは雲雀の名を呼んだ。
「ヒバリさん。こっちの世界でも、二人で歩くときって手を繋ぐんですか?」
一瞬きょとんといた雲雀は、道を行くカップルに気づいて納得したように「あぁ」と声をあげた。
「まぁ、そうだね」
「じゃあオレも繋いでいいですか?」
「僕達は違うよ」
それだけ言って雲雀はまた前を向いてしまう。
ツナには意味が分からなかった。なぜ自分達は繋いではいけないのかわからない。
けれども雲雀が言うのだからそうなのだろう。ツナは諦めて、かわりに服の袖をぎゅっと握った。雲雀にもらったお古の服はツナの体よりも少し大きい。

雲雀の用は思ったよりも早く終わった。
数点の雑貨を買っただけ。次はどこへ行くのだろうかと思いながらついていくと、雲雀はツナを振り返って店のひとつを指差した。
「ああいう感じの店好き?」
指差された方を見れば、洋服屋。
ウィンドウに飾られた服はどれもカジュアルなものばかりだった。きょとんとして雲雀を伺うと、雲雀はツナの服装をざっと視線で検める。黒いワイシャツのようなものに、ジーンズ。ジーンズは丈が長いために、裾が折られていた。
「いつまでも僕のお古じゃ嫌だろ。君の服買ってあげるから、好きなの選びな」
「いいんですか?」
遠慮もなく弾んでしまいそうな声を抑えながら、問えば雲雀はふっと笑った。
君、僕の服似合わないし、とからかうように言われてツナはぷくっと頬を膨らませる。
言われた通り、確かにモノトーンのシンプルな服は自分には似合わない。
「……まぁ、君の気に入るものがあるかわからないけどね」
言いながら雲雀は思い出す。一応最初にツナが着ていた服はクローゼットに残しておいてあるが、あんなものは着れたものじゃない。
露出の激しく、体の線が顕わな黒い…服、というよりも水着のようなそれには、こちらとあちらの文化の違いをまざまざと見せ付けられた。
最初ツナに会った時、尻尾がついていた。まさか尻尾まで生えているのかと思ったが、それは服の装飾品のひとつだった。両親が作ってくれたものらしい。
奇妙な服を着て、奇妙なことを言うツナ。
一緒に住んでも良いですか、だなんて戯言を抜かしたツナを、最初から迎え入れたわけではない。
どんなに邪険に扱おうと、暴力を振舞おうと、しゅんとはすれど、ツナは自分を恨む気配は全く見せなかった。
『ヒバリさんは、オレを助けてくれました。だから優しい人です』
作品名:願うことはひとつ 作家名:七瀬ひな