願うことはひとつ
「えっち、したい…」
視界が、真っ黒になった。
すうっと意識が浮上すると、まず天井が目に入った。
しばらくぼんやりしていると、ばらばらになっていた記憶が次第に繋がれだす。
そうして思い出したのは、飢餓感がピークに達していて、気を失ったこと。
柔らかいベッドは雲雀のものだ。寝かしてくれたのだろう。
「綱吉」
覗き込んできた雲雀の顔は、ひどく青ざめている。
「起きて」
腕を掴まれて上半身を起こされたが、正直体を起こすことさえつらかった。体に力が入らない。ひどく気だるい。
雲雀は手に皿を持っていた。冷めた卵焼きだった。
「食べて、これ。おなかすいたんだろ?早く」
様子がおかしかった。これほどまでに取り乱した雲雀を見たことがない。
まくしてたられると同時に、卵焼きを口元に持ってこられてツナは首を振った。おなかがすいたことに変わりはないが、人間の食べ物でどうにかなるものではない。それに今はそちらの食欲すらなかった。今口に入れたらそのまま吐き出してしまいそうだった。
「ヒバリさん。だめです。オレ、そういう食べ物食べても……」
「また倒れるといけないから、早く。君、卵焼きが一番好きだろ?」
こちらの言うことを聞いていないのだろうか。雲雀はツナの状態に構うことなく卵焼きを食べさせようとしたので、ツナは思わずそれを払いのけた。
その拍子に卵焼きが床に落ちてしまったのを見てはっとする。ごめんなさい、と慌てて謝ると、雲雀は押さえ込んでいた気持ちを吐き出すように、至極ゆっくりと呟いた。
「どうして君は、僕と違うの」
ツナは息を呑む。
「どうして……」
独り言のように呟いて、雲雀は不意に言葉を止めた。俯いて、それから諦観したように首を振る。そんな雲雀の様子にわけもなく焦燥感が胸を支配した。
「ヒバリさん……?」
「……いいよ。そんなにおなかがすいたなら、他の奴のとこにでもいけばいい。大丈夫だよ。窓の鍵は開けておく。終わったら帰ってくればいいから」
「そんな……」
突き放すような口調に、ツナは言葉を失った。
何でそんなこと言うの。
確かに淫魔とはそういうものだ。おなかがすいたなら適当な標的を狙えばいいだけのこと。ひとところに留まる必要はない。自分はそういうものなんだ。
「やだ……」
くしゃり、顔を歪める。なんで。
なんで自分はそんな生き物なんだろう。
「誰だっていいんだろ、君は」
「ヒバリさん……」
「たまたま僕だったってだけで、本当は誰でもいいんだろ」
月明かりがほんのり部屋を明るくする。彼は怒っているというよりも、今にも泣き出しそうな悲しい表情をしていた。今の自分と全く同じような表情だった。
「精気以外の君が欲しいもの、なんだってあげる。君の好きなご飯も毎日作る。行きたいところがあるならどこにでも連れてってあげる。だから」
「だから僕を、ただの餌なんかにしないで」
ひどく弱々しい力で抱きしめられて。
「好きなんだ」、力なく囁かれた言葉に、ツナは涙を一筋こぼした。