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願うことはひとつ

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それからは毎日、一緒に寝た。
飢えからくる衝動をぎりぎりのところで抑え、彼のぬくもりを感じて眠る日々は心地よい。
このまま、ずっとこんな日々が続けばいいと、心から思った。そんなうまくはいかないと、身にしみて分かっているのに。
活動量が明らかに減った。おいしい人間の食べ物も、あまりのどを通らなくなった。
心配して雲雀が粥などを作ってくれるものの、最初はありがたく思って食べていたが、次第にそれすらも受け付けなくなった。
「疲れがたまったのかな。慣れない土地だもんね」
ソファーで膝枕してもらえば、体が安らぐ。起きているよりも、寝転がっている方が負担が少ない。
雲雀はツナの頭をそっと撫でた。雲雀の何気ないその言葉は、まるでそうでなくてはいけないというような雰囲気を纏っていた。だからツナは何も言わなかった。
「元気になったら、少し遠出しようか。君の知らない場所はたくさんある。遊園地でも、どこでもいい。君の好きなところに連れてってあげる」
「ほんと?」
ツナは淡く笑んで、重くなってきた瞼に逆らわずそっと目を閉じた。

「んぅ……」
目が覚めて、体を起こした途端に、ふら、っとツナに軽い眩暈が襲う。それが治まるのを待って、ツナは重くため息をついた。
「大丈夫?」
隣に座った雲雀に問いかけられ、ツナは曖昧に頷いた。
おなかがすいた。どうしようもない飢えが襲う。ここ最近の飢餓感は耐え難いものになってきていた。限界、なのかもしれない。
それから焦燥感。自分が何を焦り、何を不安に思っているのかはわからないが、絶えずそれがまとわりついた。
『本当に好きな人としかしない』
気を抜くとその言葉ばかりが胸を占める。
好きな人としかしない。だからしてくれない。
雲雀は自分のことなど、好きではないから。
「ねぇヒバリさん。どうしたらオレのこと、抱いてくれますか?」
何かに縋っていたい気分になって、ソファーのクッションを抱きかかえる。
この問答も何度目か分からない。とっくに答えの出ていることだと分かっているはずなのに、聞かずにはいられなかった。
もっと他の理由があるのなら、それがいいと思った。
「……もしオレが、ヒバリさんのこと好きって言ったら、ヒバリさんもオレを好きになってくれますか?」
思わず零れた言葉。
「何言ってるの」
低い声に、思わずツナは肩をびくりと揺らした。
言ってはいけないことを言ってしまった、そう直感で知る。眉間に皺を刻んだ雲雀の表情は、怒っているのか、軽蔑しているのか。
「好きだなんて、恋愛ごっこをしてまでセックスしたいの?とんだ生き物だね。君たちって」
「ごめ、なさ……」
ツナの言葉は思いのほか雲雀を苛立たせたようだった。
ツナは慌てて謝るが、雲雀の気は治まらない。
軽蔑したような口調にツナは泣き出したい気分にかられる。
「……君に僕の気持ちがわかるわけないよ」
責めるような口調だった。ツナは息をつめる。
ちらりと視線だけで雲雀を伺えば、雲雀はひどく不機嫌そうだった。

「君は僕と、違う生き物なんだから」

至極当たり前の言葉が、ツナの胸に重く響いた。
違う。彼と自分は、全く違う生き物。当たり前だ。なのに。
「ごめんなさい。頭、冷やさなきゃ、オレ、ちょっと散歩してきます」
頭の中が霞がかったよう。
雲雀の呼びかける声にも反応せず、ツナはふらふらと家を出た。


「わっ!」
ばしゃん、と水の撥ねる音がする。途方もなく歩いて、いつものようにまた転んで。
運が悪かったのは、その先がちょうど水溜りだったこと。
ツナはのろのろと立ち上がる。「かっわいそー」と同情というよりはからかい混じりの声が響いた。
人から目を背けるように顔を横に向けると、そこには大きなウィンドウ。
外が薄暗いせいで、そこには自分の姿がはっきりと映っていた。泥水に汚れた、汚い自分。
映った自分を眺めて、ツナはぼんやりと思う。

――自分はもしかしたら、人間になりたかったのかもしれない。

服を買ってもらったり、料理を食べてみたり、作ってみたり、買い物をしてみたり。
必死で人間の真似事ばかりして。そうだ、自分はいつも、人間の真似ばかりしていた。
「ばかみたい」
人間になんてなれるわけないのに。
だから自分はきっと、あの人の気持ちなど何も分からない。違う生き物だから。
だからきっと、好きになんてなってもらえない。
「……人間がいい」
くしゃり、ウィンドウの顔が歪んだ。それを見るのも嫌になって腕で顔を覆って空を仰ぐ。ぽろりと涙がこぼれた。
淫魔のくせに自分は。人を、好きになった。
「ヒバリさんと同じがいい」
こんな気分の時でさえも、ひどい飢餓感がツナを苛む。
彼のそばにいることが幸せ。今の生活が、いつでも雲雀のそばにいて、話をして、笑いあえる、今の生活が、確かに幸せなのに。それだけで満足したいのに。
どうして自分は淫魔なのだろう。どうしてこんなにも卑しい存在なのだろう。
精気ばかり欲してしまう自分が、ひどく情けなく、救いようのないものに思えた。
雲雀はきっと精気などくれない。雲雀の本当に好きな人は、自分ではないから。
「ヒバリさん」
もしオレが人間だったら、あなたはオレを好きになってくれましたか?



「綱吉!」
しばらくあてもなく歩いた後。ぼんやりした視界に映った人物が、雲雀だと気づくのには時間がかかった。
いつも冷静な彼にしては珍しく髪が乱れている。よほど走り回ったようだった。
「探したんだよ。いつまでも帰ってこなかったから。……どうしたの?大丈夫?どこか痛い?」
肩を掴まれて顔を覗かれる。ツナの赤い目に気づいたのか、雲雀は不安そうにツナに問いかけた。
ツナはゆるゆると首を振る。
「道に、迷っちゃって……」
それはごまかしで言っただけの言葉だが、あながち嘘でもなかった。ふと気づけばあまり見慣れない通りを歩いていた。
「まだこのあたりの道覚えていないんだね。そうだ綱吉、携帯買おう?」
「携帯?」
「離れてても話ができる物だよ。それがあれば、こうして迷子になってもすぐに見つけてあげられるから」
「……いらない」
ツナは軽く俯く。雲雀は怪訝そうに問い返した。
「どうして」
「いらない。そんなの」
頑なに首を振った。
いくら人間と同じものを持ったって、人間になれるわけなんかじゃない。
「綱吉……」
それは不意に。ぎゅ、っと抱きしめられてツナは目を瞠った。
胸が、とくんとくんと脈打つ。
「不安なんだ。君がどこかへ行ってしまいそうで、帰ってきてくれなくなりそうで……怖いんだ。だから」
ツナは答える言葉を持たなかった。なぜだか泣き出したい衝動にかられた。
「君と僕は、違う生き物だ。でも、僕は……」
その先を雲雀は、言葉にしなかった。



沈黙のままに夕飯を食べて。
サイドの明かりだけ灯った寝室。
横になっている雲雀の上に、ツナは跨った。
ヒバリさん、と名前を呼ぶと、どこか悲しそうな瞳を向けられる。
「どいて、綱吉」
「……イヤです」
雲雀はため息をついた。どいて、ともう一度低い声で言えばツナはしばらく黙った後、ゆっくり雲雀の上からどいて、横に座り込んだ。雲雀は上半身を起こした。ツナは布団の上、きゅっと握った拳を見て顔を歪めた。
「綱吉」
作品名:願うことはひとつ 作家名:七瀬ひな