あの子ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう
チーム一同整列し、「あっ(りがとうございま)した」と体育会系な挨拶を交わした直後。他のクラスメイトと会話もそこそこ、歩き出す背中に門田京平は声をかけた。
「平和島」
一瞬小さく肩が揺れ、細身の長身が立ち止まる。ジャージの襟にかかった黄色い髪。首を傾け、平和島静雄は顔だけで門田を振り返った。
「――なんだよ」
そんなに身構えなくていいのに、と門田は思う。
「いや。戻るのか?」
「…試合終わったんだから、他にすることねえだろ。閉会式まで寝てる」
「なんで。まだうちのクラスの奴も試合してるぜ。見て行かないか?」
「ハア?」
一体こいつはなにを言い出すのだ――そんな風に言いたげに、静雄の目が細められる。来神高校入学式から一ヶ月と半。当初、その目立つパツキン頭から生意気だの何だのと絡まれることの多かった静雄だが、持ち前の暴れっぷりを発揮してからというもの、まるで波が引くように周囲の人間は離れていった。いい意味でも、悪い意味でも。
クラスメイトが露骨に視線を向けてくるのを静雄は感じる。クラスののけ者が同級生と普通の会話をしていることが余程珍しいのか、どこか聞き耳立てるような気配すらあった。静雄にしてみれば鬱陶しいし腹が立つ。しかし門田は周囲の注視など知らぬげに、静雄の前を歩き出した。
「バスケはもう負けて終わっちまったけど、卓球なら。今どことやってるんだろうな。初戦は勝ったらしいけど」
「、おい。俺はまだ行くとは」
「どうせ戻っても寝るだけなんだろ? いいじゃないか、応援してやれよ」
応援? 誰が? 自分が?
そんなもの、物心ついた頃から(実弟を除いて)されたことがないしした覚えもない。
決して口数が多いわけではなく、しかしぽつぽつと話しかけてくる門田に急かされるよう静雄はグラウンドを後にする。だって自分が無視して別方向へ歩き出してしまったら、まるで門田が誰もいない空間に話しかけている危ない人に見えてしまうから。それはさすがにちょっと可哀想だ。だからこれは決して話しかけて貰えたことが嬉しかったとか、そういうわけではない。それはちがう――付き合い下手な自分を誤魔化すように、静雄は心の中で言い訳をする。
並んで歩く平和島静雄と門田京平を、クラスメイトたちは物珍しそうに眺めた。
球技大会である。
ゴールデンウィークが明け、それぞれが新しい環境にも慣れてきたかと言う五月の中旬。来神高校では土日を潰し二日間に渡って、新入生の歓迎と健全な精神と健全な肉体の育成を名目に球技大会を開催していた。競技種目はバスケットボール、ソフトバレー、卓球、サッカーの四種目。各クラスごとにトーナメント表を組み、学年の枠を越え試合を行うことにより親睦を深める――というのが建前としての目的だ。が、実際生徒たちがその通りの心持ちで参加しているかと言えば、それは怪しいところで。
前半の終了を告げる合図と共に、折原臨也は足を止めた。体育館シューズのソールがきゅっと音を鳴らす。息はぜえぜえ汗はダクダク、己の呼吸で眼鏡のレンズを白く染めた岸谷新羅は、転がるようにコートを出る。
「つっっっっっっっかれたあ! 信じられないよ、十分間走りっぱなしなんて。ああ、眼鏡に汗が垂れる!」
ハーフパンツのポケットに手を突っ込みながら、緩慢な動作で臨也は壁に寄りかかった。それほど呼吸が乱れているわけではないが、まるきり汗を掻いていないというわけでもない。たかが球技大会と言えど試合の熱気は湿度と気温を上昇させ身体を熱くした。たとえ本人にやる気がなくとも。
「理由もなく走る動物は人間だけらしいよ。まさに、無駄こそが人類最大の発明ってわけだね。」
ジャージの袖で汗を拭い、またポケットに戻す。と、チームメイトの一人が臨也の横に腰を下ろした。頭に被ったスポーツタオルの下から、ああちきしょ、と声が漏れる。
「ざけんなよくそ。部活やってる奴はその種目に出れないってのに、知ってるか? 向こうのチームの四番、中学のバスケ部でキャプテンだったんだぜ」
知っている。ついでに、相手チームの内のもう二人も経験者であることを臨也は調べ上げていた。あんまりやる気を削ぐのも可哀想なので言わないけど。
得点板に表示された現在のスコアは二十点差。臨也たちのチームメンバーにそう問題があるわけではないが(もやしの新羅は例外として)、やはり経験の差が大きいのだろう。いくら授業や練習を重ねていても本番の試合強さはまた別次元の問題だ。改まった場所で衆人環視の中、クラスメイトや友人のエールを受け普段通りの力を発揮することは思うよりも難しい。
まして状況が劣勢とあれば、勝利を夢見て熱血するよりも「最初から無理だ」と諦観のポーズを取ったほうが楽なのだ。肉体的にも、精神的にも。
「てゆうかさあ、あと十分で逆転するなんて絶対無理じゃん。こっから相手に一本も取らせなかったとしても、単純計算で一分に二点稼がなきゃいけない。出来るわけないって」
「なんだよそれ。わかんねーじゃん、まだ。前半終わってバテてんのは向こうだって同じだろ」
「そりゃそうかもしんないけど。でも、岸谷限界っぽいし」
確かに、座り込む新羅の顔色は青いを通り越してもはや白く、死にそうと言うよりもはや死んでいる。ゾンビ状態な新羅を見下ろし、チームメイトのゼッケン二番は替えの選手に声をかけた。飯田、身体温めとけよ。天井の高い体育館には、観客のざわめきとピンポン球を叩く音(建物の二階が観客席と卓球場になっているのだ)ばかりが響いていた。
「やっぱりサッカーにすればよかったなぁ。適当にフラフラしてれば終わるしさ」
眼鏡を外し、パッドの痕を押さえながら新羅が言う。
「仕方がないだろう。参加種目を決める日、きみ欠席してたんだから。それにサッカーっていうのもどうかと思うよ。シズちゃんが出てるのに」
「シズちゃん? ああ、静雄くんか。へえ、彼サッカーに出てるんだ」
「まったく涙ぐましい配慮だよね。相手との接触が多いバスケやバレーじゃ大怪我をさせる恐れがある。タイマン勝負の卓球なんて問題外。まあ、ダブルスもあるけど、彼と組みたがる物好きなんているわけがない。せいぜいサッカーコートのゴールの前で、置物にしておくのが関の山だ」
「でもシュート避けにはなるじゃない。…なんだ、臨也もサッカーに出たかったのかい? だからそんなにやる気がないのか」
「今の文脈のどこからそういう解釈ができるんだよ」
「だっていつも静雄のケツを追っかけ回してるしさ、僕はてっきり」
「冗談。目障りだから叩いているだけだよ。と言っても、正面からまともにやりあう気はないけど、あんな怪力バカ」
吐き捨てる臨也に新羅は目を丸くする。常日頃から人間愛を謳う友人には“らしくない”台詞のタッチ。中学の友人と小学校時代の同級生を引き合わせてからこっち、犬と猿でもそうはすまいと言うほど二人がいがみ合っているのは知っていたが、ここまで極端な反応を見せる臨也は初めてだ。嫌いならハナから関わらなければよいのに、過剰に意識しているかのような態度は、嫌悪というよりはまるで、
「あ」
「平和島」
一瞬小さく肩が揺れ、細身の長身が立ち止まる。ジャージの襟にかかった黄色い髪。首を傾け、平和島静雄は顔だけで門田を振り返った。
「――なんだよ」
そんなに身構えなくていいのに、と門田は思う。
「いや。戻るのか?」
「…試合終わったんだから、他にすることねえだろ。閉会式まで寝てる」
「なんで。まだうちのクラスの奴も試合してるぜ。見て行かないか?」
「ハア?」
一体こいつはなにを言い出すのだ――そんな風に言いたげに、静雄の目が細められる。来神高校入学式から一ヶ月と半。当初、その目立つパツキン頭から生意気だの何だのと絡まれることの多かった静雄だが、持ち前の暴れっぷりを発揮してからというもの、まるで波が引くように周囲の人間は離れていった。いい意味でも、悪い意味でも。
クラスメイトが露骨に視線を向けてくるのを静雄は感じる。クラスののけ者が同級生と普通の会話をしていることが余程珍しいのか、どこか聞き耳立てるような気配すらあった。静雄にしてみれば鬱陶しいし腹が立つ。しかし門田は周囲の注視など知らぬげに、静雄の前を歩き出した。
「バスケはもう負けて終わっちまったけど、卓球なら。今どことやってるんだろうな。初戦は勝ったらしいけど」
「、おい。俺はまだ行くとは」
「どうせ戻っても寝るだけなんだろ? いいじゃないか、応援してやれよ」
応援? 誰が? 自分が?
そんなもの、物心ついた頃から(実弟を除いて)されたことがないしした覚えもない。
決して口数が多いわけではなく、しかしぽつぽつと話しかけてくる門田に急かされるよう静雄はグラウンドを後にする。だって自分が無視して別方向へ歩き出してしまったら、まるで門田が誰もいない空間に話しかけている危ない人に見えてしまうから。それはさすがにちょっと可哀想だ。だからこれは決して話しかけて貰えたことが嬉しかったとか、そういうわけではない。それはちがう――付き合い下手な自分を誤魔化すように、静雄は心の中で言い訳をする。
並んで歩く平和島静雄と門田京平を、クラスメイトたちは物珍しそうに眺めた。
球技大会である。
ゴールデンウィークが明け、それぞれが新しい環境にも慣れてきたかと言う五月の中旬。来神高校では土日を潰し二日間に渡って、新入生の歓迎と健全な精神と健全な肉体の育成を名目に球技大会を開催していた。競技種目はバスケットボール、ソフトバレー、卓球、サッカーの四種目。各クラスごとにトーナメント表を組み、学年の枠を越え試合を行うことにより親睦を深める――というのが建前としての目的だ。が、実際生徒たちがその通りの心持ちで参加しているかと言えば、それは怪しいところで。
前半の終了を告げる合図と共に、折原臨也は足を止めた。体育館シューズのソールがきゅっと音を鳴らす。息はぜえぜえ汗はダクダク、己の呼吸で眼鏡のレンズを白く染めた岸谷新羅は、転がるようにコートを出る。
「つっっっっっっっかれたあ! 信じられないよ、十分間走りっぱなしなんて。ああ、眼鏡に汗が垂れる!」
ハーフパンツのポケットに手を突っ込みながら、緩慢な動作で臨也は壁に寄りかかった。それほど呼吸が乱れているわけではないが、まるきり汗を掻いていないというわけでもない。たかが球技大会と言えど試合の熱気は湿度と気温を上昇させ身体を熱くした。たとえ本人にやる気がなくとも。
「理由もなく走る動物は人間だけらしいよ。まさに、無駄こそが人類最大の発明ってわけだね。」
ジャージの袖で汗を拭い、またポケットに戻す。と、チームメイトの一人が臨也の横に腰を下ろした。頭に被ったスポーツタオルの下から、ああちきしょ、と声が漏れる。
「ざけんなよくそ。部活やってる奴はその種目に出れないってのに、知ってるか? 向こうのチームの四番、中学のバスケ部でキャプテンだったんだぜ」
知っている。ついでに、相手チームの内のもう二人も経験者であることを臨也は調べ上げていた。あんまりやる気を削ぐのも可哀想なので言わないけど。
得点板に表示された現在のスコアは二十点差。臨也たちのチームメンバーにそう問題があるわけではないが(もやしの新羅は例外として)、やはり経験の差が大きいのだろう。いくら授業や練習を重ねていても本番の試合強さはまた別次元の問題だ。改まった場所で衆人環視の中、クラスメイトや友人のエールを受け普段通りの力を発揮することは思うよりも難しい。
まして状況が劣勢とあれば、勝利を夢見て熱血するよりも「最初から無理だ」と諦観のポーズを取ったほうが楽なのだ。肉体的にも、精神的にも。
「てゆうかさあ、あと十分で逆転するなんて絶対無理じゃん。こっから相手に一本も取らせなかったとしても、単純計算で一分に二点稼がなきゃいけない。出来るわけないって」
「なんだよそれ。わかんねーじゃん、まだ。前半終わってバテてんのは向こうだって同じだろ」
「そりゃそうかもしんないけど。でも、岸谷限界っぽいし」
確かに、座り込む新羅の顔色は青いを通り越してもはや白く、死にそうと言うよりもはや死んでいる。ゾンビ状態な新羅を見下ろし、チームメイトのゼッケン二番は替えの選手に声をかけた。飯田、身体温めとけよ。天井の高い体育館には、観客のざわめきとピンポン球を叩く音(建物の二階が観客席と卓球場になっているのだ)ばかりが響いていた。
「やっぱりサッカーにすればよかったなぁ。適当にフラフラしてれば終わるしさ」
眼鏡を外し、パッドの痕を押さえながら新羅が言う。
「仕方がないだろう。参加種目を決める日、きみ欠席してたんだから。それにサッカーっていうのもどうかと思うよ。シズちゃんが出てるのに」
「シズちゃん? ああ、静雄くんか。へえ、彼サッカーに出てるんだ」
「まったく涙ぐましい配慮だよね。相手との接触が多いバスケやバレーじゃ大怪我をさせる恐れがある。タイマン勝負の卓球なんて問題外。まあ、ダブルスもあるけど、彼と組みたがる物好きなんているわけがない。せいぜいサッカーコートのゴールの前で、置物にしておくのが関の山だ」
「でもシュート避けにはなるじゃない。…なんだ、臨也もサッカーに出たかったのかい? だからそんなにやる気がないのか」
「今の文脈のどこからそういう解釈ができるんだよ」
「だっていつも静雄のケツを追っかけ回してるしさ、僕はてっきり」
「冗談。目障りだから叩いているだけだよ。と言っても、正面からまともにやりあう気はないけど、あんな怪力バカ」
吐き捨てる臨也に新羅は目を丸くする。常日頃から人間愛を謳う友人には“らしくない”台詞のタッチ。中学の友人と小学校時代の同級生を引き合わせてからこっち、犬と猿でもそうはすまいと言うほど二人がいがみ合っているのは知っていたが、ここまで極端な反応を見せる臨也は初めてだ。嫌いならハナから関わらなければよいのに、過剰に意識しているかのような態度は、嫌悪というよりはまるで、
「あ」
作品名:あの子ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう 作家名:くさなぎ