二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

メッセージ・オブ・ザ・クレイドル

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
モビルスーツのハンガーデッキに響く作業音とメカマンたちの怒鳴り声が織りなす喧騒は、いつにもまして賑々しく辺りを満たしていた。
 普段のグラハムであれば、あまり長居をしない場所だ。出撃前後と補修が終わった時には必ず訪れるが、その折も機体の状態や先の損傷具合について作業員と一言二言言葉を交わし、それが済めばさっさとMSに乗り込んでしまう(もしくは宿舎に戻ってしまう)のが常だった。
 MS自体は幾らでも見ていられるのに、急いでここを離れてしまう理由は彼自身にも上手く言語化出来ないのだが__賑やかなのが、どうにも性に合わないのかもしれない。
 然し、今日ばかりはそういう訳にもいかない。数ヶ月前に精鋭部隊である第一航空戦術飛行隊、通称〈MSWAD〉から技術班に向けてOSの改良案が提出されたらしく、その案を反映してエンジニア達が開発した新システムの試験運用期間が、ついにこの第三飛行隊でも始まったのである。併せて武装の見直しまで行われるとくれば、パイロットも無視は出来ないものだ。
 「成程、MA形態時の姿勢制御を敢えてアナログ主体に戻すことで、より複雑なロールに対応させるという考えか……第一線を走る我がユニオン軍らしい」
「准尉は如何にも好きそうだよなあ、そういうの」
 コクピット内を覗き込みながら独り言を零すと、マニピュレータの調整をしていたメカニックの男がそれに応じる。相手は長年この第三飛行隊に所属している整備兵で、パイロット連からの信頼も厚い。グラハムが出撃後に相談した不具合や損傷は、大抵この男が面倒を見てくれるのだった。
 「ええ。リアルドの戦闘機としての側面を鑑みた時、重要視されるべきは安定し、かつ卓越した操縦に他なりませんから。
あまりに機械的な制動はセンサーやサポートAIが発達した今の時代、却って相手から見切られやすい。その点はパイロットがよりテクニックを磨いてリカバリーすべきです」
 無論、AIを主体としたコンピュータ制御にはそれなりの利点がある。長時間の哨戒任務でも疲労しにくく、誤操作もすぐに検知できるなど、人災のリスクを大幅に減らす効果があるからだ。
特にグラハムは左利きで、現行の機体では対応するOSやボタン配置になっていない。アナログ操縦では、利き手側で無い右腕での精密な作業を必要とされるなど、不利に働くこともあるだろう。
 それでも彼には、このアップデートをポジティブに受け容れるだけの余裕があった(勿論利き手に対応したMSが開発されれば、その時こそ本領を発揮できるというものだが)。
 訳知り顔で頷くグラハムの容姿の幼さと言動のギャップに、毎度のことながら面白い男だ、とメカマンは口の端をにいっと持ち上げた。
 「その様子じゃ、准尉もあと少しで此処をオサラバするんだろうなあ。あんたほどリアルドに無茶させるパイロットはそうそう居ないし、俺は退屈になりそうだ」
「第一に、と? 」
 グラハムはそうなれば良い、否、遠からずそうなるはずだと思いながらも、「ひよっこの若造にゃまだ早ぇよ」と渋面をつくる上官の姿を咄嗟に思い浮かべて「そのためにも越えねばならない壁がありますので」と肩を竦めてみせた。
 そう。彼が体現しなくてはならないのは、ユニオンのトップガンだ。グラハムが焦がれた空を、我が物のように自在に駆ける翼だ。
 「なら、俺も当分は気合い入れて整備しなきゃなんねえな」
 メカマンの言葉に、グラハムは力強い首肯を返した。「よろしくお願いしたい」
 逆境であればあるほど、不可能と言われれば言われるほど、実現してみせると躍起になる、グラハムの性格は如何にもユニオンのパイロット気質そのものなのだった。件のスレーチャー少佐には、度々「ガキだ」と一蹴されてしまうが。

 「……と言ったところだな。准尉、質問は? 」
「いえ、結構。現状の変更点は全て理解しました。一刻も早くこれで出撃したいものだ」
「そう逸るな、まだ調整が終わってない機体の方が多いんだぞ」
 一通り整備面の説明を受けたグラハムがメカマンと談笑していると、「よお、エーカー准尉」と声をかけられた。
 誰かと振り向けば、つい最近親しくなった、同年代の日本出身の整備士だ。
 「ああ!君か」
二人が知り合いらしいと分かると、先程までグラハム機を担当していたメカマンは気を遣ってその場を離れた。もっとも、次の仕事が山程控えているからという理由の方が大きかったかもしれないが。
 「まいったぜ、少佐のリアルドの整備なんてさ……俺、この基地に配属されて2年目だぜ? 」
 聞けば、彼はこの度のOSアップデートに伴う機体調整を、よりによって「あの」スレーチャー機でやらされる羽目になったのだという。キャリアに見合わない大抜擢だが、それにはグラハムが彼の仕事ぶりを推したことが大きく作用したのではないかと彼は言う。
 「ま、3人がかりで作業するうちの一人だし、俺がしたことといえば、せいぜい頭部センサーの発光パターンの調整くらいだけどな」
「だとしても見事な躍進ぶりではないか!何とも頼もしい限りだ」
「ああ、確かに凄い嬉しいよ。仕事中に手が震えたのは初めてだったけど」
 こう、わなわなっとな、とジェスチャーで再現してみせる整備士の彼に、「それで、相手の感想は? 」と尋ねてみる。スレーチャーは機体への拘りが強いというのは有名な話で、グラハム自身、彼がメカマンと口論している場面を幾度も目撃したことがあったのだ。
 すると「まあまあってところかな、少なくとも俺が担当した部分は文句言われてないし」と悪戯っぽい笑みが返ってくる。
 「良ければ准尉も見るか? 少佐のリアルド」
 友人(という表現が適切かどうかは定かでないが)からの申し出を、彼は有り難く受け取った。滅多に無い機会だ。「見せてもらおう」

 屹立したまま音もなく静かに眠る巨人は、自分のそれと同じ機体でありながらまるで違う生き物のようにグラハムの目に映った。「相変わらず、大した存在感だな。プレッシャーもある」
「同感。モビルスーツの癖に威厳というのか、魂がある感じするよな」
 日本人特有のアニミズムに基づいた発言が、少佐の機体には不思議とぴったり当てはまっていた。長年彼と共に駆け抜けたMSだから、他とは何かが違って見えるのかもしれない。
 暫く無言でリアルドを見つめていると、何かを噛み締めるような呟きが聞こえた。
 「やっぱり、准尉にとってスレッグ・スレーチャーは特別なんだな」
 その科白の意図するところが上手く飲み込めず、「それは当然だろう。彼は、このユニオンにとって特別なパイロットなのだから」と一般論的な応えを返す。
 「いや、そういうことじゃなくて……」
 その時、遠くから作業員のがなり声が響いた。どうやら、ちょうどグラハムの隣に居る彼を呼んでいるらしい。
 「仕事だ。悪いけど、行くよ」
「ああ。ではまた」

 後に残されたグラハムの前には、チェスの騎士駒を模したような白馬のパーソナルマークがプリントされた一機のリアルドだけ。コクピットバケットは引き出されたままだった。