メッセージ・オブ・ザ・クレイドル
幸いなことに、グラハムのリアルドは大きなミス無く交戦を終えた。いつもに比べれば若干固い操縦ではあったものの、損傷は極めて軽微だったために、自分は思っているより落ち着いて行動できたのだ、と今度こそ安堵した。
唯一心に引っ掛かるのは、少佐がグラハムの行動について一つも言及しなかった点だが、余計な言い訳をせずに済んだのだから有り難い。嘘や弁明はグラハムが日頃から最も苦手とする分野であり、同僚との小さな諍いであっても、例え相手がけしかけたことであれただただ謝るばかりなのだから。
そうこうして、自分でもあの不思議な体験を忘れ始めていた頃、訓練飛行を終えたグラハムはスレーチャーからやにわに呼び止められた。
「おい、若造」
「は!何か」
彼は憮然とした表情で、「お前さん、あのリアルドに何か細工でもしてたんじゃねえだろうな」と問うてくる。それでようやく、淡く光る青い星のことを思い出した。
自分が奇怪な行動に及んだことを棚に上げるつもりはなかったが、その言い草にはどうにも納得がいかず、また、何故今更になってあの日のことを蒸し返すのかも分からず、「そのようなこと、せねばならない動機がありません」とグラハムも不機嫌に言い返す。
「ならいいがな、ああいうことは二度とやるな」
スレーチャーはそこで一旦言葉を区切り、言うべきか言わざるべきか逡巡する素振りを見せ、幾分早口にこう続けた。
「でないとまた、整備士連中から俺がブロンド女を機体に連れ込んだとか何とか囃し立てられる」
彼の言葉の真意を数秒遅れで理解したグラハムは、これには堪らず赤くなって顔を俯けた。同時に、そういうことか、と得心がいった。メカマンたちが整備を行ったことで、バターブロンドの髪が付着しているのに気づいたのだろう。
あの日はコクピットの中で眠ってしまったのだから、シートに毛髪の一本二本、付いていても不思議は無い。グラハムの髪は短いため女性のものと見間違えることはまず考えられないが、最近は散髪する暇が無かったから、襟足の毛は少し伸びていたかもしれない。
だとしても、自分がそういう形で誤解を与えてしまったことは、何とも気まずく、また気恥ずかしかった。相手が相手であるだけ、殊更に。
「以後気をつけます」と此方も早口で呟き、さっさとその場を立ち去ろうとして、然しふとした思いつきにグラハムは立ち止まる。
「スレーチャー少佐」
「何だ」
あの不可思議なビジョンについて、聞いてみたいと思ったからだ。あれ以来、グラハムは何度と無くリアルドを操縦したが、漆黒の宇宙も煌めく星々も、もう彼の前には姿を現さなかった。少佐の機体が特別なのか、だとすれば何が特別なのか、正体を少しでも知りたかったのだ。
だから余程、「少佐はコクピットで宇宙を感じたことがおありですか? 」とストレートに尋ねてしまいたかった。けれど、あまり突拍子もない科白で、向こうから妙な勘繰りを受けるのは嫌だった。
彼のことだ、「お前は上官のシートで欲情する特殊性癖でも拗らせてるのか? 」と混ぜ返されるのがオチだということは想像に難くない。あそこで自慰行為に及んでいたとでも誤解されれば、それこそ取り返しがつかないだろう。
だから、グラハムは結局、あのことについて聞くのを諦めた。その代わりに一つ、なんてことのない退屈な質問を投げかける。
「プラネタリウムに行ったことはおありですか」
12年前のあの日、父に手を引かれて歩く3つばかりの子供が、自分はとても羨ましかったのだ__と、これもまた退屈な回想に耽りながら。
作品名:メッセージ・オブ・ザ・クレイドル 作家名:月辺流琉