二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

Sugar Addiction

INDEX|1ページ/10ページ|

次のページ
 
1.tarte

「おかえりなさい、こはくん!」
「飛びつきなや、鬱陶しい」
 自分やなかったら相手倒れとんで。そう言いながらドアを開けるなり駆け寄って来た存在を引き剥がせば、物足りないと言わんばかりの目でこちらをみている司と視線が交わった。
 そないな顔されてもわしは甘ないからな、とふいっと視線を逸らしてみるけれど、どうやら司には効果がないらしい。
「早かったですね」
 満面の笑みでこはくにひっついて歩く司。その姿は遊んで、構って、と強請る犬のようで、今にも千切れんばかりに振られる尻尾が見えてきそうだ。
「今日くらいはな」
 はい、と後ろ手に持っていた箱を差し出せば、きょとんとした顔で受け取った司。大きな瞳は瞬く間に丸くなっていく。
「覚えていてくれたのですか?」
 もの凄く意外なことのように言われ、こはくはやれやれと肩をすくめてみせる。四月六日が何の日か、なんて覚えていないわけがない。
「そらそうやろ」
 誰かさんの影武者をするのに、化けた後で自分の誕生日が分かりません、なんて許されない。それに……
「朝っぱらからあんだけそわそわされたら、誰でも気づくやろ」
 朝起きるなり、鬱陶しいくらい何度もスマホのホーム画面に表示された日付とこはくの顔を繰り返し見てくるものだから、返って言う気も失せてしまったのだ。決して意地悪したろ、なんて気は……まあ、ほんの少しくらいはあったかもしれんけど。
「だって、こはくんに祝って欲しかったんです」
 困ったように、申し訳なさそうに、司が告げる。その表情にちくりと痛んだ胸を誤魔化すように、箱を開けるよう催促した。

「わぁ……! これっ!」
 箱の中に並んでいるのはいちごのタルトと、ブルーベリーのタルト。そっとテーブルの上に出されたそれは、照明が反射して艶やかに光った。
「前にテレビでやっとった時、食べたい言うてたやろ」
 そのへんのケーキ屋で買えばいいではないかと言えば、このお店のものがいいのだと、わかってないですねと唇を尖らせる司にイラっとしてその柔い頬を抓ってやったのは先々週の話だっただろうか。
「わざわざ並んでくれたのですか!?」
 嬉しい、と抱き着いてくる司がチョロいのはいつものことだけれど、今日ばかりはこはくの鼻も高い。
「今日だけや。……お誕生日おめでとう、兄はん」
 甘ったるい声で囁いて、頬に口付けた。
「ありがとうございます。こはくんに祝って貰えて、司は果報者です」
 震える声と共に抱きしめる力が強くなる。仕方ないなぁ、とほんの少し笑いながらその背を叩いてやった。
「ほら、ケーキ食べよ。坊はどっちがええ?」
「……どちらも、半分ずつにしましょう」
 小さい頃からマナーを躾けられていたとは思えないその発言に、こはくはくすくすと笑みを零す。そういえば、以前二人でカフェに行った時もそうだった。確かあれはSSで関西に行く直前だったはずだ。
 坊にもええお兄さんらがおったもんな、と彼らの影響力の強さを垣間見ては笑ってしまう。
「ええよ」
変わったところと、そうでないところと。初めて出会った頃から、もう随分と時間も経ってしまったけれど。
 二つのタルトの上に数字を片抜きしたろうそくを差し、ライターで火をつけた。
「改めまして……22歳のお誕生日おめでとう、司兄はん」
「ありがとうございます」
 ふう、と息を吹きかけて楽しそうにしているその姿を、来年も再来年も、こうして傍で見守れたらいいと思う。変わりゆく姿も、変わらないものも、ずっと近くで。

「ほら、坊」
 フォークで突き刺した苺を差し出せば、目をぱちくりと丸くした司が、苺とこはくを交互に見ている。
「食べんのならわしが食べるで」
「ち、違います! 食べますっ! けれどほら、こういう時には必要な掛け声があるでしょう?」
 腕をひっこめようとすれば、慌てた司が手首を掴む。そのままじっと何かを期待した目でこちらを見つめてくるものだから、ほんまに欲張りやわ、と嘲笑を一つ零して口を開いた。
「ほら、『あ~ん』」
 やけくそで投げつけた言葉と共にもう一度指先を伸ばせば、口を開けた司が苺に噛り付く。
「共食いやん」
 けらけらと笑い飛ばせば、もぐもぐごっくんと咀嚼し終えた司がやっとのことで口を開く。
「紅くて可愛らしいところですかね」
「紅くて真ん丸なところやわ」
 ところで美味しかったん? と首を傾げれば、それはもう! とキラキラした目で肯定された。
「はい、こはくんも」
 あ~ん、と差し出されたフォークに眉を寄せつつも、今日だけだと自分に言い聞かせて口を開ける。思ったよりも大きい苺は、瑞々しくて甘酸っぱい。苺だけでも十分なほど美味しくて、けれどもその先にも期待してしまう。
 フォークを差し込めばさくりと音を立てるタルト生地に、バニラビーンズがたっぷり混ぜ込まれたカスタード。確かこのカスタードが入ったシュークリームも店のおすすめだとテレビで言っていたはずだ。それらと共に半分の苺をフォークの上でまとめていると、向かいに居た司も同じようにしていた。殆ど同時に口に含んで、二人で目を見合わせる。
「Tarte生地の食感とcreamの甘さがほどよくて……」
「この苺にぴったりやな」
 美味しい、と頬に手を添えて喜ぶ司の顔が、その奥の窓ガラスに映る自分の顔とあまりにもそっくりで。
「コッコッコ♪」
「どうしました? ごきげんですね」
 きょとんと瞳を丸くする司に、後ろを見てみろと窓ガラスを指差した。
「夜景ですか?」
「ちゃうて。わしら、笑った顔がそっくりや」
 ガラス越しに視線が交わり、ああ、と納得したように微笑んだ司がこちらを振り返った。
「辿れば同じ血が流れていますから」
 すっと細められた菫色は、ただただ優しい。
「こはくんの桜色の髪も、藤色の瞳も。私の朱色も、菫色も。元を辿れば同じ紅と紫でしょう」
 つぷりとブルーベリーにフォークを差し、口に含む司。
「おん、朱桜から薄まったのが桜河やしな」
「余計なものを取り除いた結果かもしれませんよ」
 まあでも、と呟いた司は、ブルーベリーのタルトを一口サイズにしてこはくに差し出す。
「今ここにいるのは、ただの『司』と『こはく』という約束ですし。……そうですね、似た者夫婦と言うでしょう、顔も似てきたと思えばいいのですよ。」
差し出されるがままにタルトを食べるこはくの口が塞がっているのをいいことに、好き勝手なことを言う司。
普段なら文句も一つも言っていただろうこはくは、今日は特別に、黙って甘さに身を委ねることにした。

「はぁ……幸せな時間でしたね」
「せやなぁ」
 二つのタルトはさくさくと砕けては二人の口の中に消え、あっという間に無くなった。
 女性やカップルが多く並ぶ中に一人で並び、更に可愛らしい店内に気圧されて、テレビで見た苺とブルーベリーのタルトだけ注文したけれど、もっと他にも注文しても良かったかもしれない。
 そんなことを考えながら、口の中に残る甘さの余韻に浸る。
「お茶、淹れなおすわ」
「ありがとうございます」
 よっこいせ、と腰を上げれば嗜めるように名前を呼ばれた。ほんまに口煩い奴やわ。小さく舌を出せば、ガラス越しに微笑まれる。……調子狂うわ。
作品名:Sugar Addiction 作家名:志㮈。