D.C.III.R.E
「……そうだな」
カレンのその言葉で、俺はとある日の事を思い出した。
● ● ●
風見鶏を卒業してすぐの頃。
一緒にくつろいでいる時にカレンから話を切り出された。
「ところでユーリさん」
「なんだ」
「決めたことがあるんだよ」
「聞こうじゃないか」
「あのね、私もユーリさんとずっと生きたいと思ってる。だから加齢を止める魔法を使おうと思うんだ」
なるほど、話とはそれか。
カレンの目を見る。その瞳に迷いは伺えなかった。
「どうしてもか?」
「うん。だってユーリさんを残して死ぬなんて、死んでも死にきれないよ。化けて出るどころか転生しても会いに行くよ」
「お前なら本当に来そうなのがなぁ」
「それくらい大好きなんだよ」
茶化して言うが、カレンの本気さはそれで隠せない程顔に現れている。
なら俺が止める義理はない。
「分かった。だが一つ条件だ」
「何?」
「俺が俺の呪いを解くことが出来たら、一緒に老いて生きよう」
「やっぱり諦めてないんだね」
「当たり前だろ」
その為に魔導書の解読をしているところもある。
もしかしたら俺の呪いを解く方法が見付けるかもしれない。ゆくゆくは、清隆が終ぞ見付けられなかった姫乃の、葛木の鬼の力をなんとかする方法も見付けられたらいい。
「分かった、約束する」
そう言って笑うカレンは、今ままでで一番眩しく見えた。
● ● ●
そしてカレンは加齢を抑制する魔法を使い、俺と同じ時を生きることを選んだ。
ジョージやアルトはカレンの選択を咎めることはなかった。
カレンがその魔法を使ったとの報告に行ったその日も笑顔だった。
「また昔のこと思い出してる」
「永い間生きてるんだ、そう言うこともあるさ」
「そう言えば報告した時のパパ達、意外と穏やかだったね」
「俺は正直殴られるものだと思っていたが」
「元々私はアルペジスタ家の養子だけど、実子と同じように育ててくれたもんね」
「そうだな」
そう話ながら夕食の時間は進む。
「後はもうちょっと落ち着けたらいいのにねぇ」
「そこはまぁ。エリザベスの補佐なんかしてると、仕方ない部分はあるからな」
国務がある故、風見鶏は学園長不在の時がある。そんな時は俺が代理、ルイスが副学園長として切り盛りすることにはなってるが、キツいものはキツい。
「そう言えば、ユーリさんの呪いを解く手がかり、見つかりそう?」
「難しいな。非公式新聞部としても探ってはいるが、何も手がかりなしだ」
「……そっか」
「付き合って貰ってる分、あんま時間かけるのが良くないのは分かってるんだけどな」
「……はぁ」
わざとらしい、大きな溜め息。
「なんだ」
「貴方は私が、貴方が生きることに付き合ってると思ってるわけだ」
……やっべ。
「その顔。もう少し話すこと考えなよ」
「すまん、今のは取り消す」
「うん、よろしい」
「ただ加齢を抑制する魔法が、負担なるだろうことは分かってる。そう言う意味で言ったつもりだった」
「そうだろうと思ったよ。まあ、負担じゃないと言えば嘘になる。それでも私は貴方と一緒にいたいの」
「そう言ってくれるのはありがたい」
俺は食事の手を止めて、既に食事を終えていたカレンの手を取り少し力を込めた。
「当然でしょ。恋人なんだもの」
カレンは繋いだ手の指を絡めてきて、同じく力を込めてきた。
――恋人、か。そろそろこれも考えどころだな。
◆ ◆ ◆
エリザベスから魔導書を預かって数ヶ月。
その間に風見鶏に来たと言う客は去っていった。
そんな折のとある日。
俺はエリザベスからの預かり物を持って王宮へ向かっていた。
いつものように隠し部屋の鍵を開けて扉を開く。
そこに彼女は居た。
「あら、ユーリさん」
「よぉ。仕事の話だ」
俺は右手に持った物をエリザベスに見せた。
「あの時の魔導書の解読が出来たのですね」
「ああ。結論から言うが、十年前のあの件とは関係無さそうだ」
「そうですか。ではなんだったんですか?」
「危険度がかなり高い魔法の習得に関する事が書かれていた。その魔法の名を、俺は時渡りの魔法と名付けた」
「時渡り、つまり時間を自由に行き来できる魔法ですか」
「ああ」
「確かに凄い魔法ですが、時間を行き来するのであれば、以前フローレンスが行った事と同じなのでは?」
そんなこともあったな。
あの時は確か、フローレンスとは別に風見鶏に在学していた少女の家族が関わっていたとリッカの報告書に書かれていた。犠牲か志願か、そこまでは判らなかったが。
ただあの報告書を読んだ後、俺なりにあの魔法を検証していた。
「あれはスタートとゴールを予め決めておかないと成立しない物だ。ゴールは未来でどうにかする必要があるが、大きな魔力を持たない者でも時間を越えることが出来る。代償は大きそうだがな」
「ではこの魔法は?」
「時間を進めたり巻き戻したりと言った、魔法をかける対象の時間を操作するのではなく、存在そのものを移動させる魔法。そう言えばフローレンスの行ったあれと差異はないが」
「そうではないと?」
「スタートとゴールを作る必要がない。好きなものを好きな時に好きな時間へ移動させることが出来る。勿論術者自身も」
「どうしてそこまで分かっているのですか?」
「……ふぅ」
俺は無言で首元を見せた。
「やりましたね、貴方」
そこにあるのは俺の血で刻んだ魔法陣。俺が時渡りの魔法を解析して作った物だった。
「どんなものか調べるには、試すのが一番だったからな」
「だからって、ご自身の体に刻むことはないでしょう?」
「羊皮紙に自分の血で描いてもダメだった。それにここまでしても俺自身は時間を半年以上転移することは出来なかった」
「カイの魔法すら習得している貴方が?」
「恐らく、俺の中にある魔力全てに追加で何か代償を払えばもっと出来るんだろう。例えば記憶や寿命、存在そのものとか」
「時間を越えると言うのは、そこまで大変なのですか」
「そもそもその為の魔法じゃないってことだと思う。例えるなら、ボトルメールみたいな」
「可愛らしい例えですね」
「うるさい、他に思い付かなかったんだ」
「ボトルメール、と言うことは何かしら小さな物ならあまり魔力を消費せずに転移させることが出来るのですね」
「ああ」
大きな溜息を吐く。
これで一旦の区切りだ。
「全く、無茶をして。貴方に何かあったらカレンさんが悲しむんですよ?」
「分かってる。俺だって必要以上に無理をするつもりはない」
「……だといいのですが」
エリザベスは少し考える素振りを見せる。恐らくこの本の事を考えてるのだろう。
「これは風見鶏の図書館のレベル7で管理することにしましょう」
「そうした方がいいだろうな」
「それと、貴方も妄りにそんな魔法を使わないようにしてくださいね」
「了解した」
俺は魔導書をエリザベスに渡し、この場を後にした。
◆ ◆ ◆
恋人との間にも、隠し事と言うのはまあまああるもの。
それが決意の塊なら尚更だ。
かくいう俺にもそんな隠し事が一つ。
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr