D.C.III.R.E
「どうしたの、ユーリさん。心にロック掛けて。何隠し事してるの?」
そんな隠し事も、この恋人の前では筒抜けになることがある。
そんな情けない話があってたまるか。
なんて思うが、いつの間にかカレンは俺の心のロックをすり抜けて心を読もうとしてくる。
俺はそれを全力で阻止しようと気を遣う。
まるでいたちごっこだな。
とは言うが、カレンの気持ちも分かる。
多分不安なんだろう。なんでも分かるが故に、分からないことがあるのが。
俺はそんな不安をさせない為にわざとカレンにだけ心が読めるように手を尽くすことがある。
自分の些細なプライドと称して突っ込んだりすることはあるけども、そんなのは口だけ。
俺が愛した女だ。不安にさせたくない。
たまに無意識に心を読まれることもあるけど。
それでも俺は知ってる。カレンは人の心が読めるからこそ、誰よりも言葉を待っていると。
だから。
「カレン、今日は時間あるか?」
「突然だね。お休みだし、勿論」
「デート、行こうか」
「あら珍しい。出不精なユーリさんがデートに誘ってくれるなんて」
「行かないなら良いが」
「行く!」
だから俺は今日決着を付けようと思う。
俺とカレンが住む家は地下学園都市にある。
宮廷魔術師をやってる俺と、風見鶏で教員をしているカレン。ここに住んでる方が何かと都合が良かった。
それにカレンは在学中から風見鶏で働くことを望んでいた。
その為、その頃から二人で決めて、俺が先にその家を押さえていた。
だからデートするのも決まって地下学園都市にある場所が多い。
今だってそう。
俺達はリゾート島に来ていた。
「ユーリさん、脱がないの?」
「脱いだら凄いことになるだよ」
「ユーリさんのダイナマイトボディ?」
「アホか。刺青の方だ」
「知ってるよ。でも遊ばないの?」
「このままでいい。着替えも持ってきてる」
「そう言えばそうだった」
白く眩しく、そして慎ましい体をチューブトップのビキニに包むカレンとは対称的に、半袖短パンの夏服で身を包んだ俺。見えてる部分にも魔方陣は多少あるが、これくらいなら魔法使い達の間でもよくある話だ。
「むっ、余計なこと考えたね」
「さて、なんのことやら」
「惚けても無駄だよ、ユーリさんの好みは筒抜けなんだから!」
「大声で言うんじゃねぇ!」
周りに人がいなくて助かった。
……ホント、普段の生活からは考えられない言動だ。やっぱりストレス溜めてたのだろうか。
そう言う意味でも、今日は来て良かったと思う。
「うぁぶ!」
刹那、視界を奪われる。
いや自分が目を瞑ったからだ。
突然顔に水を掛けられたら誰でもそうなる。
「やったな?」
「辛気臭い顔してるからだよ。ほらほら、今日は楽しいこと考えよ?」
「……そうだな」
こうして誰かと水浴びをするのは初めてかもしれない。
今まで誰ともそんな交流を持つことはなかったし、何よりこの体だ。おいそれと見せられるものではない。
その点ここならある程度なら問題はない。流石に全部は無理だけど。
俺達は暫くこうして二人で遊んだ。
夕暮れ時。
帰る仕度を終えた俺達は、水辺に沿って二人で手を繋いで歩いていた。
既に日は傾いて、空は茜色に染まっている。
疲れた体なのに不思議と歩くだけの元気があるのは、何故だろう。
そんなの当然か。隣にこの娘がいるから。それに他ならない。
だから俺はこの娘との関係をステップアップさせないといけない。今後人生を共にする為にも。
「カレン」
俺は立ち止まり、カレンの手を引いた。
「うわっ」
突然の事で驚き、想定外の事で対応できなかったか、カレンはバランスを崩した。
それでいい。俺はそのままカレンを抱き締めた。
「……危ないなぁ」
「悪い、どうしてもこうしたくて」
「もう」
カレンは口を尖らせているが、感情までは隠せていない。
「どうしたの?」
俺はカレンを抱き締めたまま深呼吸。
そして覚悟を決めた。
「カレン、俺はどうしようもない人間だ。大昔に犯した罪に囚われ続け、今でも行動の中心はそれだ」
「知ってる」
「だからこそ知り合った人全員に幸せになって欲しい。当然カレンも」
「知ってる」
「そんでもって自分の幸せは二の次に考えて行動しがちだ」
「知ってる」
「だけど俺は我が儘だから、お前が隣にいない時間を考えたくない。ずっと傍にいて欲しいと思ってる」
「それも知ってる」
「それは初めてお前に想いを伝えた時から変わらない。いや、あの時よりも強くなってる」
「知ってるよ」
「だから」
俺はカレンから少し体を離し、カレンの顔を覗き込む。
その顔は真っ赤になっていた。
「だから俺と家族になって欲しい。俺の人生のパートナーになって欲しい」
カレンと目を合わせて、俺は伝えた。
「最後のだけ、わかんなかったな。今日ずっとユーリさんの心読めなかったもん」
カレンは目に涙を浮かべ言葉を紡ぐ。
「水遊びした時、読まなかったのか?」
「読めなかったよ。そんな余裕なかったし、それに何か隠してるのを無理矢理覗くのは失礼でしょ?」
「いつも俺の心を勝手に読んでくるくせに」
「うっさい。読ませてくれてるんでしょ?」
「知ってたか」
「勿論。ホントに心が弱ってる時だけだよ、ユーリさんの想いが勝手に流れ込んでくるのは。それ以外は読ませてくれてるの、ちゃんと知ってる」
流石にバレてたか。
まぁカレンだもんな。
分かるか。
「ユーリさん」
「なん――」
不意に息が苦しくなる。
目の前にカレンの可愛い顔が見える。
唇に柔らかい感触を感じる。
俺は目を閉じ、それを受け入れる。
「――ありがと、ユーリさん」
長い、長いキスの後、先に呟いたのはカレンだった。
「私もユーリさんの家族になりたい。貴方と一緒に生きていきたい」
そう言ってくれたカレンは、満面の笑顔だった。
◆ ◆ ◆
カレンにプロポーズをして数ヵ月。
それをアルペジスタの家に報告した。
ジョージやアルトを含めたアルペジスタの家の人達は大層祝福してくれた。
そして俺達は正式に結婚し、式を挙げることになった。
しかし二人きりでだ。
俺もカレンも騒がしいのは好みではない。エリザベス辺りに報告したら、盛大にやりましょう、なんて抜かすに決まってる。
俺達はそれを望まなかった。
……多分、カレンはカレンで俺に気を使ってくれたんだと思う。既に家族がいない、天涯孤独に近い俺に。
正確に言えば俺が大昔に世話になっていた従兄弟の家系は続いているが、今となってはほぼ没交渉に近い。
だからこの結婚の事は従兄弟の家系の存命の者達には報告してなかった。
でもこれでいい。俺とカレンが二人で一緒に居られるなら、それで。
◆ ◆ ◆
何度も季節は巡り、とある年の夏手前頃。
それは突然俺の元に送られてきた。
朝の習慣でポストを確認。
エアメールの装飾がされたポストカードが投函されていた。
それには桜が満開に咲くその島の様子とよく知る夫婦が描かれており、美しいと感じた。
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr