D.C.III.R.E
After da capo:Branch point 涙の向こう
夢を見ている。
いや、人は本来夢を見ていると認識しづらいものだ。それを認識できると言うことは、これは明晰夢と言うことか。
……それもそうか。目の前に広がる光景は、俺が想像したくないものだ。
――桜の木の根本で、俺が愛する人を抱えて泣いている。
しかもその恋人は、息絶え絶えに言葉を残そうとしている。
つまり、そう言うことなのだろう。これを第三者の視点で見ているからこそ、夢だと認識できたのだろう。
――不意に寒気がした。
エリーが視た、ウィザリカによる暴動の未来。それは近々起こるとされている未来。
エリーの千里眼で視たのだから、間違いないのだろう。もし、そこでこの夢の出来事が起こるのだとしたら?
……そうなのだとしたら、俺は耐えられないだろう。
そんな未来、あっていいはずがない。
● ● ●
気付いた時、俺の目の前は見覚えのある天井があった。無論俺の部屋の天井だ。
俺はいつもの癖でシェルを確認する。その画面に表示された時間は、いつも起きる時間より一時間ほど早かった。
――何か胸騒ぎがする。
そう思った矢先に、聞こえる大きな鐘の音。
女王の鐘だ。
なんとも、良いのか悪いのかわからないタイミングだ。俺は身支度を整え、カイの魔法を応用した空間移動の魔法で風見鶏の校舎へ向かった。
「早かったですね、ユーリさん」
学園長室で俺を出迎えたのは、神妙な面持ちのエリーこと、エリザベス学園長だった。
声色がいつもより低めなせいで、冗談なのか本気なのかの判断がつかない。
いつもなら一笑に付しているところだが。
「女王の鐘まで使って呼び出したってことは、そういうことなんだろ?」
緊急事態。その言葉が脳裏を過った俺は、茶化すこと無く応対した。
「リッカは?」
「同じく呼び出しています。貴方が早く来すぎなんです」
「そりゃ、魔術使ったからな」
「と言うわけなので、リッカさんが来るのはもう暫く先でしょう。少し、待ちましょうか」
そう言いながら、エリーは紅茶を啜った。いかにも落ち着かないと言った様子だ。
俺もそうだ。
それに、このなんとも言えない空気が耐えられない。
そう思った俺は、部屋の隅にある簡易キッチンのティーセットでお茶を淹れた。
……そろそろあいつも来る頃か。あいつの分も淹れておいてやろう。
――バタン!
勢いよく扉が開き、見知った顔が現れた。
「女王の鐘で呼び出すなんて、何があったのよ!」
肩で息をしながら、彼女は叫ぶ。
急いできて興奮してるのだろうが、朝なんだから少し静かにして欲しい。急いで来た割に、身支度はしっかりしてる辺り、彼女の几帳面さが窺えるが。
「落ち着け、リッカ」
「そう言うユーリもリズも、なんでそんなに落ち着いてられるのよ!」
リッカはなおも捲し立てる。
「焦っても仕方ないだろ。エリーからまだ何も聞いてないんだから。……ほら、これ飲んで落ち着け」
そう言ってハーブティーを差し出した。
永い付き合いだ。こんなことになるくらいは予想がついた。
「……ありがと」
不服、と言った様子でリッカはハーブティーに口をつけた。それに倣い、俺もダージリンを口にした。
「落ち着きましたか、リッカさん?」
「ええ」
……ま、そう言うことにしておこう。
「それで、何があった?まあ、十中八九ウィザリカの件だろうけど」
「お察しの通りです。今朝の私の千里眼で、彼らに動きがありました。彼らの暴動は今日です」
「なっ!いくらなんでも急すぎよ!」
「すみません、リッカさん。恐らく彼らは、用意周到にこの機会を待ったのでしょう。だからこのギリギリまで分かりませんでした」
「連中にしても、俺達に悟られて邪魔されるのは、織り込み済みだったんだろう」
「それに彼らが今日起こすと言うところまでしか視えていません。何処で、どんな規模で起こすかも分かっていないんです」
「……また、難儀なものね」
正直、ここまで情報が少ないのは俺も驚いている。
エリーの千里眼ですらこれとは。
「それで、私達にはどうしろと?」
「既に、杉並を筆頭に非公式新聞部が隠密行動で探っています。リッカさん達には彼らからの報告があるまで、ここで待機していて欲しいんです」
「……事情が事情だからな」
「仕方ないか」
俺達は揃って溜息を吐いた。
「そうだ。清隆達も呼ばないと。同伴を許してくれていたでしょう、エリザベス?」
「ええ。ですが、今はまだいけません」
「どうして?」
「今回の件は貴女方生徒会と非公式新聞部しか知りません。何しろ、政府から内密に処理しろと言われていますから」
これに関しては俺も知っている。
その場面を直に見ていたから。
エリーに頼まれ呼び出された先の王宮で、政府の要人からこのような話をされている姿を見ていた。
「……それで、それとこれとがどんな関係があるのよ」
不服と言った表情を露にしつつ、それでも飲み込もうとするリッカが聞いた。
それには俺が返答した。
「これでもしカレンと清隆が今日一日居ないのが続いたら、何かあったと邪推される。最悪生徒会から漏れてしまう恐れがあるってことだ」
「貴方は彼らのことを信用してないの?」
「信用してるさ。だからこそここまで彼らを頼ってきた。けど箝口令が敷かれてるのに、そこに対して重荷を背負わせたくないってことだよ」
言い終わり、手に持つ紅茶を一口。
詭弁なのは分かってる。けど本音ではある。
だからこそ、もう一つ対処しておくことがある。
「と言うわけでエリー、予科のホームルームは出ても良いよな?」
「それはどうして?」
「俺やリッカの同級生達は、俺達がいなくてもいつものことで済ませてくれると思う。女王に呼び出されて仕事、なんてしょっちゅうだからな。けど予科の奴等は、俺達がクラスマスターやってるクラス以外はそうじゃないだろ?だから彼らだけでも今日はいつもと同じ一日だと思わせたいんだ」
「なるほど。ユーリさんの言うことにも一理ありますね」
「じゃあ、私もホームルームへ行っても良いかしら」
「許可します。その後で学生達に何かあれば、教員の皆さんに対応していただきましょう」
……これで、事情を知らない奴等からの余計な詮索はある程度避けられる。
あとは、ウィザリカの出方次第だ。
「それ以外の時間は、ここで待機していてください」
「……暇だし、生徒会の仕事しとくわ」
「手伝おう」
「良いわよ。私の仕事が溜まってるだけだもの」
「俺も手持ち無沙汰なんだよ」
そう言うと、渋々と言った様子で仕事を寄越してくる。
こう考えると、何時までこの生徒会に関わることになるのかと思う
……そういえば、そろそろあの返事をエリーにしないとな……。
その後は無心で生徒会の仕事を手伝い、気付けばホームルームの時間になっていた。
「……そろそろ行くか」
「もうこんな時間か。行きましょう」
「じゃ、暫くホームルームに行ってくるからな」
「はい」
エリーに一言掛け、俺達は生徒会室を出た。
それぞれのクラスのへの分かれ道へ差し掛かるまで、俺達の間に言葉はなかった。流石に今回の件を大っぴらに話す勇気はなかった。
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr