D.C.III.R.E
リッカと別れ、2-Bの教室に向かう。
「おはようございます、ユーリさん」
「おはよう、カレン」
最初に出会ったのはカレンだった。
……というか、どうにもここで待ち伏せていたような気がする。
流石にまだ暴動の件を悟られるわけにはいかない。気を引き締めないと。
「……なんかありました?」
「何がだ」
おかしい。カレンの心を読む魔法で中を見られないようにロックを掛けているはずだが。
「ユーリさんの心の中が見えません」
「おまっ、人の心を気軽に覗こうとするんじゃねぇ」
「良いじゃないですか、恋人なんですし」
カレンよ、それは疑いようのない事実だ。だが、そう易々と心を見られては困る。
――そう言い掛けて、ふとカレンの顔を見ると、そこはかとなく不安そうな顔が見えた。
「……まぁ、ここでは言い辛い事があったんだよ」
「……例の件ですか?」
「ああ」
生徒会の面子には、政府からの通達とは別に、ウィザリカの件は生徒会内で対処するから、他言は無用と言っておいていた。
「それで朝から居なかったんですか」
「……部屋に来たのか」
「はい」
ちょっとはその反応を隠せ。仮にも生徒会役員で、次期会長候補だろうが。寮の規則を守ってないって大っぴらに言ってるようなもんだろ。
なんだか、バカらしくなってきた。
「良かった」
「えっ?」
そう言うカレンを見ると、良いものでも見たように微笑んでいた。
「ユーリさん、さっき会った時からしかめっ面で恐かったですよ」
「マジか」
「はい。でも、ちょっとは崩れたみたいで何よりです」
カレンはそう言いながら俺の手を取り、両手で握りしめる。
「あの件で何があったかは分かりませんし、心にロックを掛けて漏れないようにしてるくらいってことは、私にも話せないって事なんでしょうけど、そんな恐い顔してたら、ホームルームで皆に嫌われちゃいますよ?」
嫌われる、は大袈裟だろうが、確かに嫌な思いはさせるかもしれない。
……実際、ウィザリカの件でかなり考え込んでた自覚はある。けど、それを今引っ張るのは良くない。
「そうだよな。今回の件を知ってるのは俺達だけだ。事情を知らない奴等には、それを悟られないようにしないとな」
「そうですよ。それはさておき、私もその事情を知ってる方なんですから、話せるようになったら教えてくださいね?」
「分かってるよ、ちゃんと話すさ」
多分、そんなに時間が経たないうちにな。
この一言だけ、カレンに伝わるように心のロックの外になるように心に置いた。
瞬間、ハッと驚いた顔を見せるカレン。すぐにいつもの笑顔が浮かぶが、目の奥では何か考えている様子を見せる。
……ま、カレンも当事者になるだろう身だ。多少覚悟をする時間くらいは与えてもいいだろう。
「それじゃあ、ユーリさん。また後で」
「ああ、今日も頑張れよ」
クラスの前に着くと、俺達はずっと繋いでいた手を離し、それぞれの定位置へ向かった。
そこからはいつも通りのホームルームを行い、クラスに対する連絡事項と、今後の予定を伝えた。
心なしか、いつもより笑えていたような気がする。これもカレンのお陰か。
「それじゃ、朝のホームルームは終わり。今日も一日頑張れよー」
いつも通りのホームルームを終え、俺は生徒会室へ向かった。
エリーの指示通り、ウィザリカの暴動に対して待機するためだ。
……いや、何も知らない奴等に何か変な勘繰りをされるのは面倒か。
俺はもう一度空間移動の魔法で生徒会室に飛んだ。
生徒会室に戻ると、既にリッカは戻ってきていた。
「遅かったじゃないの」
「一年と違って、話すことは多いからな」
「そう言うこと」
……少し、リッカの機嫌が良い気がする。本当に少しだけど。
「……実はね、清隆に怒られちゃった」
そんなこと考えてたら、勝手に話し始めた。
もしかして伝わったのだろうか。
「やっぱ今日の事が不安で、それが顔に出てたみたいでね。そんな時に清隆に会ったら、そんな顔してたら、クラスの皆も不安になっちゃいますよ、って。お陰でしっかりしなきゃって思えた。本当、清隆には感謝しないとね」
最後まで聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと、笑うことないじゃないの!」
「悪い悪い。さっき俺もカレンに同じように怒られたばっかでな。俺達揃って似たようなことしてるなって」
「カレンは何て言ったのよ」
「そんな恐い顔してたら、皆に嫌われますよって」
今度はリッカが吹き出す番だった。
「そうね、本当似たようなことしてる。私達、お互いの恋人には頭が上がらないわね」
「……そうだな」
俺達揃って、いい感じにリラックス出来てる気がする。
このまま、何事もなく終われば良いのだが……。
そんな甘い考えは、所詮幻想に過ぎず。
丁度夕方に差し掛かろうとした頃、生徒会室に備え付けの電話が鳴った。エリーがそれを取り、電話に出る。応答するエリーの顔は、次第に眉間のシワが増えていった。
恐らく、そう言うことだろう。
「杉並から連絡がありました。ウィザリカが集まりだしているようです」
……来てしまったか。
俺とリッカは、リッカが溜めていた生徒会の仕事の手を止めると、すぐに立ち上がり用意を始めた。
「すぐに向かってください。杉並の予測では、今から向かえばビッグ・ベンの近くでのデモ行為に間に合うだろうとのことです」
「また近いな」
「何が目的なのかしら……」
「考えている時間はありません。お二人とも、無事を祈ります」
「分かってるわよ」
「何事もなく終わらせてくるさ」
準備を終え、俺達は生徒会室を出て走った。
俺は予科二年B組へと急いでいた。
「ギャリソン先生!」
勢いよく扉を開け、今そのクラスで授業をしている教師に向けて発する。
「おや、ユーリさん。どうしたのですか?」
彼も俺の旧来の友人だ。だがそんな事を考えている暇などない。
「俺に課せられた女王からの勅命で、補佐としてカレンを連れていきたいのですが」
「わかりました。ではアルペジスタ、行きなさい」
「はい」
抑揚のない、淡々とした声でカレンは返事をして教室から出る。無論教室内はざわついているが、それを気にする暇などない。
「はい、では静かに。授業を再開しますよ」
カレンを抜いて授業を進めるギャリソン先生をよそに、俺はカレンを連れて走る。
「ユーリさん、まさか……」
「ああ、そのまさかだ」
俺は、簡潔に淡々と事実だけを述べた。
「ウィザリカの暴動が、始まった」
ゴクリ、とカレンの唾を飲み込む音が聞こえる。
「まあ、お前達の仕事は俺達の補佐だ。そこまで気負う必要はない」
「ですが……」
「心配するな、お前だけは、俺がきっちり守ってやる」
「リッカ!」
学校近く、魔法のエレベーター前。既にリッカと清隆は到着していた。
「遅いわよ、ユーリ」
「悪ぃな。カレンを捕まえるのに手間取ってな」
「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる。急ぐわよ」
俺は少しだけ眉間にシワを寄せる。
「……さて、時間が惜しい。エレベーターに乗れ。俺が少しでも早く上がれるようになんとかする」
「お願いね」
作品名:D.C.III.R.E 作家名:無未河 大智/TTjr