拝啓、すてきな笑顔のあなたへ
第二コーナー 滲んだ指の先に
「タイキさん」
「ホワイ?」
「最近、スズカさんが口を聞いてくれません」
そんなことがあった数日後──タイキシャトルとフクキタルは、学食にいた。
フクキタルの奇声が学食中に鳴り響くが、あたりはすでに慣れっこなようで、気にすることなく時が過ぎていく。
だがそんな周りと裏腹に、タイキシャトルとフクキタルは頭を抱えていた。
「ノー……やっぱりスズカ抜きで行くべきじゃなかったデース……」
「そうですねえ……牧場、楽しみにしてましたもんね……」
「そうと決まれば……フクキタル!」
「ハイッ、タイキさん! 善は急げ!です!」
そうフクキタルが叫ぶと、それを合図に二人は学食を後にした。
「はあ……」
二人が来たのは、学内の購買だった。
視線の先にいるのは──緑色のメンコが目立つ、サイレンススズカその人だ。
「オーウ……スズカ、サッドフェイス……」
「ううっ、胸が痛いです……」
「ノープロブレム、フクキタル、コーユー時はどうすればいいか、トレーナーサンに訊いてありマース!」
「な、なんとっ、本当ですか! ありがたや……して、作戦は?」
「自然な流れで謝りマス」
「ああ……そうですね」
どこか凛とした空気を纏い、タイキシャトルは物陰から風を切ってスズカの元へ歩いていく。
フクキタルも意を決したように、その後をついていくのだった。
「スズカ! ハウディー!」
「あ、タイキ……ふふ、今日も元気ね」
「スズカさん、ご機嫌……」
「ふ、フクっ……!」
「あれっ」
スズカの青く澄んだ瞳に、キラキラとした大きな瞳が映ったその瞬間、緑のメンコはすでに遠方の景色と化していた。
タイキシャトルとフクキタルは、呆然、といった様子でその方向を見つめる。
「オーゥ……フクキタル?」
「……なんでしょう、タイキさん」
フクキタルは、自嘲気味に笑うと、少しだけ、悲しげに明後日の方向を見た。
そんな空気などいざ知らずといった様子で、タイキシャトルは人差し指を口にやって一つ考えた後、また口を開く。
「これ、フクキタルが嫌われ──」
「イヤアアアアアア! 言わないでください! そんな気がしてたんですぅ!」
「ドーウドウ、フクキタル」
「ううっ……私の入学当初からのソウルメイトに……大凶、大大凶です」
「とにかく、ゲーインをサーチデス!」
「う、ぐす……そうですね、ありがとうございます、タイキさん」
その後、二人はスズカに直接原因を探るべく駆けた。
あるときはトイレで、
あるときは食事中に、
休憩の時を狙って──など、試行錯誤を重ねたのだが。
「スズカっ、捕まらないデース!」
「うぐええ……さすが、逃げると……ぜえ、無理ですねえ……」
結局捕まることはなく、二人共々寮の休憩室で倒れ込んでいた。
息も絶え絶え、フクキタルが二人分のにんじんジュースを買い、タイキシャトルに渡すと、ほぼほぼ同時に飲み終えた。
そんな時だった。
「はあ……あ、え、エアグルーーヴ!エクスキューズ!」
「ん? タイキシャトルに……フクキタル、何をしている」
「エアグルーヴさんーーっ、お助けを!」
「なんだこの……く、くっつくな! 汗が!」
数分後、にんじんジュースは三人分に増えていた。
「それなら部屋に行けばいいだろう」
「……あ」
「エアグルーヴ!ジーニアス!」
「やれやれ……それと、タイキ、貴様にはチームの言伝がある」
「え、じゃあ……」
「スズカの元へはお前一人でいけ」
「しょ、しょんなあ……」
「甘ったれるな」
「はいっ、い、行かせていただきますっ」
急加速で部屋から出ていったフクキタルをひらひらと見送ると、タイキシャトルはエアグルーヴに向き直った。
エアグルーヴはにんじんジュースを一口含み、ゆっくりと喉に通すと──タイキシャトルの丸い目を眼光で貫く。
「で、貴様ら、スズカに何をした」
「ホワイ? いや、それを──」
「いや……はあ、すまない、最近スズカが夜に電話を鳴らしてな」
「スズカが……?」
「その内容がな、どうもわからん」
「ワカラン……?」
「おい、通じてるだろうな? まあいい、聞け──」
心臓が跳ね上がる。
だって、この扉一枚向こうに、スズカさんがいるから。
入学当初から、ドジばかりしていた私に優しくしてくれていたスズカさん。
「はあ……何しちゃったんでしょう、私」
思えば、スズカさんの優しさに甘えてばかりでした。
いつだって優しいんです。
私が、くだらない──そう、ほんのちっぽけな凶兆を恐れて、やれアイスの棒が折れただとか、やれ抜け毛が少し多かっただとか──そういうもの。
私だって、それがちっぽけなことだってことくらい、わかっているんです。
でも、怖いから、騒いで、喚いて、どうにかしようと必死に他の占いを試して。
そんなことばかりやっているのに、呆れるどころか、隣で優しく、困ったように笑ってくれていて。
私の手を優しく取って、幸せを分けてあげるおまじない、だなんてやってくれる、そんな慈母のような方なんです。
もちろん、レースではカッコよくて、いつだって前を走って、でも、そのおかげで私は──私は、また走りたい、って、そう思えたから。
思い当たりは、たくさん、たくさん、あるけれど。
それでも信じてます、スズカさん。
ソウルメイトですからね。
さあ、大きく息を吸って、吐いて、吸って──。
そして手をノブにかけた瞬間、ドアは一人でに開かれた。
「あ」
「あ……」
目的の人物。
緋色の髪、ほのかに香る石鹸の香り。
その透ける水面のような瞳は、次第に、その視線をあげて──。
ばちり、と両者の目が合った。
「ご……ごめんなさいっ」
「ああっ、ちょ、スズカさん!」
部屋の奥に逃げようとするスズカの手を、フクキタルは思わず掴んだ。
掴んで、しまった。
「はなして……!」
ズキン、と胸の奥が痛くなる。
どうしてだろう、この人に拒絶されているみたいで。
思わず少し、力が入った。
「スズカさんっ、あの」
「……らないの」
「……え?」
「私にも、わからないから……話せないの!」
珍しく声を荒げるスズカにたじろいで、フクキタルは手を離してしまった。
同時に、大きな音を立てて閉まるドア。
ぽつん、と残されたフクキタルは、右手のひらをみやる。
外には、いつの間にか──大粒の、ひんやりとした粒が落ちていた。
心臓が、ものすごく痛い。
ううん、痛いのはそんなところじゃなくて、もっと精神的な場所。
どうしてこうなってしまったのか、私自身にもさっぱりわからない。
ただ、あの模擬レース──それ以降、なんだか、脳裏にいつでもあの子の笑顔が顔を出して、あの人懐っこい声で挨拶をしてくるの。
ただ、それだけ、それだけなのに、今は、なぜか、どうしてなのか。
あなたの顔を、まともに見られない。
正直──あの時。
私は、悔しかった。
いつもいつも、一緒になって笑ってくれる、あのこの笑顔。
そんなあの子が、レースで、私に大きく迫った。
それに気づいた瞬間、顔が熱くなって、なんだか言い知れない胸の高鳴りがあって──。
考えれば、考えるほどに。
──なんて、醜いの、私!
作品名:拝啓、すてきな笑顔のあなたへ 作家名:かてろん