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自分らしく
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彼方から 第四部 第八話

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          **********
 

 筋肉の強張りが教えてくれる。
 今、彼女の身体に、どれほどの負荷と圧が掛かっているのかを……

 ――だめだ
 ――このままではノリコがもたない
 
 『気』のバリアを張り、奴の『気』の攻撃を防ぐことは出来ても、この激しい乱高下や急旋回に、『普通の女の子』であるノリコの身体が、耐えられるはずがない。
 必死に服を掴む彼女の手が、微かに震え始めている。
 身体に伝わる彼女の息遣いが、心臓の鼓動が……荒く、不規則に乱れている。

 ――それに……

 イザークは何かを確かめるかのように、額に『気』を集約させると、振り向きざま手も使わずに、背後に迫る男に『遠当て』を放っていた。

 ――……っ!!

 ……瞳を見開く。

 ――奴が……

 男の身を全て飲み込むほどの大きさと、当たればただでは済まないほどの威力を籠めた。
 【天上鬼】の力を使い、尋常ではない威力を、籠めたはずなのだ。
 なのに…………

 ――あの時の奴では、ない……

 『男』は平然と……
 避ける素振りも見せず、その身で全て受け切っていた。
 
「ノリコ! 少しの間我慢しろ!」

 瞬時に決断する。
 返事の代わりに、首に回したノリコの腕に力が入るのを確かめ……
 イザークはその速度を、地を蹴り、男から逃げる速度を、さらに加速させた。

          ***
 
 ――……っ! 

 奴の『気』が上がった。
 そう感じた刹那、逃げゆく眼前の背が、見る間に小さくなってゆく。
「スピードを上げやがった!!」
 
 ――あの野郎……
 ――やっぱりまだ、本気なんぞ出しちゃいなかった!

 先刻の『遠当て』は、そこそこの威力だった。
 だが、避けるほどでも気のバリアを張るほどでもない。
 【目覚め】を抱えているせいで力を抑えたのか、それとも――こっちの『力』を試しただけなのか……
 何れにしろ、足手纏いを護り逃げながらあれだけの威力の攻撃を放ち、剰え『余力』を残している。
 
 …………ムカつく野郎だ。
 必ず、『全力』を出させてやる。
 そうせざるを得なくさせてやる――!
 『女』を庇っている暇などないことを、思い知らせてやる………… 
 お前が見るべき相手は、その『力』を使うべき相手はこの『おれ』だということを、その頭にその身に、叩き込んでやる……!!
「逃がさねぇっ!!」


 逃げる背を追い、強く地を蹴る。
 見る間に引き離され、遠くなる背を睨み付け……
 ケイモスは苛立ちに奥歯を噛み締めていた。
 
          ***

 まるで、一陣の風のように……
 陽の光に煌めく黒髪を靡かせ、イザークは草原を、木々の合間を飛び交い、走り抜けた。

 追い縋る『男』の『気』が、離れてゆく。
 直ぐには追い付かないであろう距離まで離れられたことを感知すると、大きく枝を張り葉を茂らせた低木の根元に……
 知らぬ者であれば、一見では見つけられぬであろう場に、ノリコの身を置いた。
「きゃ」
 不意に置かれ、彼女の口から思わず零れ出る声音。
 ここまでの激しい移動に耐えたノリコの顔色を、窺う。
 
 ――…………

 少し、青褪めている気がする。
 だが、彼女の『気』の流れ、その強さ自体に変化は見られない。
 ノリコの身体に深刻な影響が出ていないことに、安堵する。

 奥歯を噛み締め、思う。
 ……これ以上は無理だ。
 彼女を守りながら戦うのは――――と。
 そっと…………
 頭を撫でるように、その額に手を置く。
 
「ここで、暫く待っていろ」

 優しく、意を籠め、言い含む。 
 大きな瞳を見開き見詰めるノリコと、僅かの間、視線を交わし……
 イザークはその『場』を、後にした。

          ***

「ノリコ! 少しの間我慢しろ!」

 ――……っ!!

 言われたと同時に、イザークの首に回した腕に新たに力を籠める。
 彼が、逃げる速度を上げた。
 身体に掛かる負荷が、圧が……更に上がる。
 襲い掛かる苦しさ、気持ち悪さに今はただ、耐えるしかない――――――

 ……………………「きゃ」

 不意に置かれ、思わず声が出る。
 背に感じる柔らかい草の感触に、身体の緊張が解れてゆく。

「ここで、暫く待っていろ」
 
 優しく、額に宛がわれた彼の手の温もりと声……
 その言葉に、思わず眼を見開く。
 すぐに返事も、言葉も返せないまま、離れてゆく手の平と彼の顔を、見詰めた。
 表情が硬い。
 何かを決意したような光が、瞳に宿っている。
 それが何か、すぐに分かった。

 立ち上がり、返された踵にハッとする。
 直ぐに地を蹴り小さくなってゆく背中に、思わず身を起こした。

     ―― ……イザーク…… ――

 不安が募る。
 『虞』が、頭を擡げてくる。
 必ず戻ってくる、必ず……そう信じてる。
 疑ってなどいない、けれど、どうしようもない『不安』と『虞』を、振り払うことが出来ない。
 彼の『強さ』を、誰よりも良く分かっているはずなのに、花の町で聞いた『占い』が、頭から離れない……

 無意識に、草を握りしめる。
 もう見えなくなったイザークの背を求めるように、ノリコはただ、瞳を向けていた。

          ***

 ――逃げの一手はもう、限界だ
 ――戦うしかない

 迫り来る男の気配に向かい、草原を矢のように走り抜ける。
 恐ろしいほどに強くなった男の『気』。
 それを隠すこともなく誇示するように揮う男……
 奴の言った通り、『片手間』で躱せるような攻撃ではない。
 本気で対峙しなければ、やられてしまう。
 ノリコを…………
 守れなくなってしまう――!
 バーナダムとの約束が頭を過る。
 ノリコの笑顔が、脳裏に浮かぶ。
 守りたい――
 いや、守って見せる。
 おれ以外の誰が、彼女を守れるというんだ。
 決まってしまった未来などない。
 己と彼女の『運命』を変える為にも、おれは――――


 男の姿を視界に捉え、イザークは剣を抜いた。
 強大で禍々しい気を放ち、戦意を剥き出しに迫りくる男を見据える。
 
 ――この男を倒したら、お前を迎えに来る!!

 守るべき者の為に……
 己の運命に立ち向かう為に――
 イザークは全力を以って、戦いに身を投じていた。



第四部 第八話 終
          第四部 第九話に続く