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自分らしく
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彼方から 第四部 第八話

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 あの女と個人的に知り合いなのか或いは、あの女が情報を持ち込んだ『人物』または『国』と、関係があるのか……
 いずれにしろ、この男も『言い伝え』くらい、聞いたことがあるはずだ。

     ―― 【天上鬼】を【目覚め】させた者はそれを支配できる ――

 そんな、言い伝えを……
 【目覚め】がいなければ、【天上鬼】は目覚めることはない。
 【天上鬼】を、その『力』を支配せんとするならば、【目覚め】は――――欠かすことの出来ない存在なのだ。
 …………なのに――
「なのに、ノリコにまで攻撃を仕掛けるとは――」
 ……その意図が、分からなかった。

 先刻まで居た場に、眼を向ける。
 地面は大きく深く穿たれ、未だ、土煙を上げている。
 『死んでもかまわない』――いや、明らかに『殺すつもり』で放たれた一撃だということが分かる。
 
「どこかの国に、おれ達を捕えろと命令されたのではないのか!?」

 男を見据え、思わず声を荒げた。
 沸々と――
 怒りと同時に恐怖が、込み上げてくる……

「そんなことをすれば、彼女は死んでしまうっ!!」

 他人のことなど一切考えることのない、己の都合と欲求のみで向けられる敵意に――――
 放たれた敵意と『力』に因って、ノリコを失ってしまうかもしれない、『可能性』に…………

 イザークは虞(おそれ)を、感じていた。
 

          **********


「どこかの国に、おれ達を捕えろと命令されたのではないのか!? そんなことをすれば、彼女は死んでしまうっ!!」


 ――確か、イザークとか言ったか……

 大事そうに――――
 【目覚め】の女を抱え、こちらを見据え、声を荒げる男の顔を見やる。
 男の眼から見ても、ハッとするほどの端正な顔立ち。
 吹く風に、しなやかに棚引く長い黒髪……
 【天上鬼】と【目覚め】の正体を、その容姿と名前の情報を持ち帰ってきた、タザシーナという女の高慢な顔が思い浮かぶ。
 驚きと怒りに歪む奴の顔……
 無意識に笑みが零れる。
 確かに、【天上鬼】の『力』を欲するならば、言い伝え通り、【目覚め】を手に入れんとするだろう。
 数ヶ月前、【目覚め】がこの世界に現れた時、あらゆる国がそうしようと試みたように……

 …………だが、『そんなこと』――――
 
「知らねぇよ」

 ケイモスにとって、『どうでも良い』ことでしかなかった。

「【目覚め】のことなんか関心無え――死のうが、生きようが……」

 イザークの腕の中で青褪めた面を向ける女と、眼が合う。
 
「おれは、てめえと戦うことしか、頭にねぇんだ」
 
 その女が【目覚め】であろうと何者であろうと……
 自分にとってはただの『邪魔者』でしかない。

「それでいいと、言われているんだよ」

 そう……
 『それでいい』と――――
 『能力』を思う存分揮えることに、気が昂る。
 自然と口の端が吊り上ってゆく。
 
 ……『あの日』から今日まで、ただ奴と戦う、その為だけに更なる強さを求めた。
 地面に這いつくばる惨めな己の姿を、自分よりも強い者がいるということを自覚させられた『あの日』を、笑い飛ばす為に、過ぎ去った『過去』とする為に――
 雪辱を果たすべき『相手』が今、眼前に居る。
 何も、迷うことなどない。
 ……全ては己の想いの欲するまま――

 『己』が『己』で在る――――その為に…………

「庇いたきゃ庇ってなっ!!」

 全身に『気』を漲らせる。
 身に纏う『気』の大きさに振られ、髪が逆巻く。

「だが、片手間に躱せるほど、おれの攻撃は甘かねぇぜっ!!」

 欲して止まなかった『戦い』を、その『相手』を見据え、睨みつけ……
 ケイモスは己の敵意も殺意も戦意も――全てを隠すことなく、全身から迸らせていた。


          **********


「本当に、【目覚め】を殺してしまっていいんですか……? ラチェフ様――」

 紫魂山の地下深くに眠る遺跡。
 壁や床、柱に生す夥しい量の苔が放つ青白い光の中――
 多くのチモの命を奪い開かれた、『空間を繋ぐ道』の前に佇み、ゴーリヤは怪訝そうに、ラチェフに訊ねていた。

 黒く渦を巻く、異なる空間への道。
 そこから見えるのは、【目覚め】を抱えた【天上鬼】がケイモスに追われ、逃げ惑う姿……
 ラチェフはゴーリヤの問いにフッ……と冷めた笑みを零し、
「……殺させはせんだろう、【天上鬼】が――」
 確信を以ってそう、返していた。
 『遠当て』を放ちながら、追うケイモス。
 【目覚め】を抱えながら、攻撃を避け、逃げる【天上鬼】。
 その様を眼を細めて見やりながら……
「死力を尽くして、守ろうとするだろう」
 そう、言葉を続けていた。

 激しい攻防が続く。
 いや、今はまだ、ケイモスが一方的に攻撃を仕掛けているだけだ。
 【天上鬼】は逃げの一手のみ――
 恐らく、『反撃』出来ずにいるのだろう。
 腕の中の【目覚め】の為に…………

「……だからこそ、【目覚め】は役に立つ」

 思惑通りの【天上鬼】の反応に、口の端が歪む。
 その呟きに視線を向けるゴーリヤを横目で一瞥し、再び『異空間』へと瞳を向け――
「仮にも、最大の破壊力を持つという【天上鬼】を、我々が捕らえる為に…………」
 ラチェフは【天上鬼】とケイモスの動きを具に、追っていた。


          **********


 ――すっ、すんごいスピードのエレベーターとジェットコースターを
 ――一緒くたにして乗ってるみたい――――っ!!

 幾つもの激しい衝撃音が重なり、耳を劈く。
 地は穿たれ、土塊と土煙を巻き上げ、美しかった風景が無残な景色へと、姿を変えてゆく。
 突として現れた空間の歪み……
 その歪みから現れた、冷たい眼をした薄茶色の髪を持つ男。
 男の容赦のない無慈悲な攻撃を避け、逃げるイザーク――――
 イザークの、その腕の中で護られているにも拘らず、伝わる空気の震え、激しい乱高下に浮き上がる己の内臓、急な旋回に掛かる重力…………ノリコは『能力者同士』の戦闘の激しさというものを、嫌というほど肌で感じ取っていた。


 セレナグゼナで皆と別れてから――
 この数ヶ月の二人きりの旅路の中で、盗賊や怪物に襲われたりしたことが、何度かあった。
 だけれど、身の危険を感じたことなんて、『一度も』なかった……
 彼よりも、イザークよりも強い人なんて、居なかったから。
 ううん、違う。
 多分、きっと、出会わなかっただけ。
 あたしたちは『追われている』んだから……
 あたしたちの『正体』はあの人に……タザシーナっていう女の人に見破られているんだから……
 だから、いつか、こういう日が来ることは分かっていた。
 …………あたしも、イザークも――――
 だから、これが『本当』なんだ。
 これが『現実』なんだ。
 あの穏やかな日々はもう……

 ……もう、来ないかも、しれないんだ――――
 
「――〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 声にならない叫び……
 身体に掛かる圧や負荷に耐えながら、ノリコは突き付けられた『虞』に、慄いていた。