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ジャンピングジョーカーフラッシュ

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ジャンピングジョーカーフラッシュ

             作 タンポポ



       1

 蒸(む)し返す日射のなか、己の残されし短き生命を悟(さと)ったかのように、生への執着(しゅうちゃく)を馳(は)せる蝉の奏(かな)で……。決して耳障(みみざわ)りではないその単調に繰り返される奏でを、誰もが真夏のイメージとして強く印象付けている。それは夏のメロディだった。
 筒井あやめは、アサガオの植木を胸に抱えながら、ぼうっと住宅街にある近くの植木を見上げている。
 六月八日に七歳を迎えた筒井あやめは、この夏に生まれて初めて、真夏の蝉(せみ)の声を歌なのだと感じた。
「あ………」
 背の低いブロック塀(べい)の上で、己の体液を延ばしながらコンクリートを食していたナメクジを見つけて、あやめはゆっくりと、長いまつ毛の瞳を笑わせた。
 小学校からは真っ直ぐに自宅へと帰宅した。帰りを待ちかねていた母があやめに「おかえりなさい」と微笑むと、あやめは「はい」と手の平を広げ、自慢げにナメクジを見せて母を脅(おびや)かした。
「もう、膝も真っ黒だね。ついでにお風呂入っちゃえば?」
「はあい……」
 ランドセルと一学期の荷物と、アサガオの植木を、二階にある自室のジュニア・デスクに置いてから、あやめは早々に一階の風呂場へと向かう。洗面台に映った鏡の中の己をじっと数秒間見つめてから、何事も無かったかのように、あやめは洋服を脱ぎ、篭へと入れた。
 湯気の昇る熱いシャワーを、焦(あせ)りながら避けて、水を足して水温をコントロールした。シャワーが適温になった頃、あやめは片手でシャワーを掴(つか)み、最初は両脚のすねから、徐々にシャワーを浴びせていった。
 身体がソープの泡だらけになり、頭にシャンプーの泡がいっぱいになった頃には、風呂に湯船が溜まっていた。
 純白の泡をシャワーで綺麗に洗い流しているあいだ、蝉の事を短く考えていた。
 蝉とは、何だろう。
 歌は誰から習ったのだろう。
 誰に、歌っているのだろう。
 一週間もすれば、死んでしまうのに。
 なぜ、歌を選んだのだろう。
「はぁ、あ、あぁ~~………」
 温かな湯船に肩まで浸かると、思わず自然な声が洩れた。
 あやめは宿題の事を思い出しながら、ぱちゃぱちゃと、湯船のお湯で顔を洗った。

――●▲■筒井あやめだね?■▲●――

 あやめは背筋を真っ直ぐに伸ばして、眼を真ん丸にする……。
 風呂場の中を見回すが、当然、己以外は誰の姿も気配もない。
 たった今、誰かに名前を呼ばれた気がしたが……。
 いや、確かに、気のせいでは無かったはずだが……。

――●▲■筒井あやめで、間違いはなさそうだね?■▲●――

「てか、誰?」
 あやめは迷惑そうに、恥ずかしそうに呟(つぶや)いた。気がついて、腕と脚(あし)を寄せて湯船に浸かっている身体を隠す……。

――●▲■僕はね、神様の意思の元、今君の頭の中に語りかけている者だ■▲●――

 声がする――。声は頭の中からだ。あやめは今、耳を塞いでいるのでそれがわかる。
 思考はぐちゃぐちゃになりかけ、やがて真っ直ぐな地平線を宿すかのように、今は、からっぽになっている。

――●▲■筒井あやめ、君は将来、何になりたい?■▲●――

「えなんか…、え、なんかしゃべってくる……」

――●▲■君の恐怖心だけを僕の方で一方的に取り除く事もできるけど、それはあまり望まないな。できれば、君自身と真摯(しんし)に向き合いたい■▲●――

「何この声……、すご、なんかしゃべってる……」

――●▲■まずは簡単に言ってしまうよ。何度も言う事になるだろうからね。君は君自身の将来の夢を叶える事と交換条件で、悪と戦うヒーローにならなければならない。これは生まれてくる全人類が、幼少の頃に必ず受ける神からの任務でもある■▲●――

「ヒー、ロー…って、言ったの? え神って、神様って本当にいるの?」

――●▲■うん。呑み込みが早くていいね。神、仏、君達の言う救いの主は、一言で答えるならば、存在するよ。僕はその意志を伝達するいち分子だ■▲●――

「神様いるのかい………。あなた、神様なの?」

――●▲■僕はマスター。一時的に、神の偉大なる力を宿す事を許された、ヒーロー達の指導者さ。僕の事は今後、マスターと呼ぶといい■▲●――

「えてか、私小学一年生なんでぇ………。そういうの、まだ無理ですよ、たぶん」

――●▲■ヒーローの正体は、みんな幼少期の人間だよ。子供心が創り出した理想の姿が、ヒーローの正体だ。君は何歳ぐらいの身体が欲しい? 能力は何にする? 仲間は何人がいい? 一匹狼のヒーローも沢山いるよ■▲●――

「や、待って待った。待って下さい………。夢を叶えるために、悪魔と戦うんですか?」

――●▲■悪魔じゃない。正確には、悪とだ。それは人間における脅威(きょうい)■▲●――

「待って待って……。えてか、今お風呂入ってるんですけど……。のぞき?」

――●▲■必要が無いので、今こっちでは、そっちからの視覚情報をオフってるよ。つまり君の姿かたちはこちらに見えてない■▲●――

 あやめはなぜか、自然と斜め上の天井の方を見上げていた。
「え、戦うの?」

――●▲■戦うねえ。悪とね。四週間から十二週間ぐらいの間、君は仮想現実の世界『ザ・ワールド・ザット・リフレクス・ザ・フューチャー』に送られる。転送されるのは君の生命体と君の未来の姿だ。そのかん、現実の世界では、君の周囲の時間は静止する。理解出来るかい?■▲●――

「時間を止めて……えと、えーっと、違う世界に、飛ぶ?」

――●▲■うん、そうだね。『ザ・ワールド・ザット・リフレクス・ザ・フューチャー』での間は、仮想現実での私生活と、選択された年齢に合わせた仮想ボディと、仮想ブレインが与えられる。つまり、あやめ君が選んだ年齢に適した頭脳と身体が手に入る、という事だね。向こうの世界では、君は、悪が現れた時にだけヒーローに変身する、一般人だ。ヒーロー達は全員そうなんだよ■▲●――

「死んだらどうするんですか?」

――●▲■君、この非現実的な事実の受け入れ、早いね■▲●――

「どうも……。ねえ、死んだらどうするの?」

――●▲■死んだら、そこまで戦った分の功績が、将来の夢に反映される■▲●――

「夢は叶わない、て事ぉ?」

――●▲■厳密に言うと、夢が叶わない、とは違う事だ。戦った分の功績は将来の夢に確実に加算されるわけだからね。そして『ザ・ワールド・ザット・リフレクス・ザ・フューチャー』でのヒーローの死は、仮想的な死であって、本当に死ぬわけじゃない。現実世界に強制転換されてしまうだけだ。つまり、任務終了だね■▲●――

「私、やりたくないんですけど………」

――●▲■やらない事も選択肢の一つだね。確かに、それも一つの未来のかたちだ。でもヒーローをやらないと、後悔すると思うよ■▲●――

「なんでえ? 自分で夢を叶えればいいんじゃないんですか?」