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ジャンピングジョーカーフラッシュ

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 筒井あやめの瞳から、温かい涙が浮かんで、こぼれた――。
「みんなどこに住んでるんだろう、今のうちにメモしておけば、この気持ちと記憶、どうにか取っておけないかな……」

――●▲■無理だね■▲●――

「わああっ‼‼」

――●▲■規定でね、記憶は二時間以内に消される事になってる。変更は存在しない。あ、言っておくけど、そっちの視覚映像はこちらでは切ってあるからね■▲●――

 筒井あやめは、身体を隠しながら、湯船に深く埋(うず)まる……。
「まだいたのかよ……。びっくりするじゃないですか、もお………」
 あやめは先の天井を、軽く見上げる。
「ちょうどいいや。みんな無事に帰れた?」

――●▲■うん。みんなお風呂の続きで、泣いたり笑ったりしてるよ■▲●――

「この、今の私の思考、ていうか、頭脳は、まだ仮の18歳の頭脳のままなの?」

――●▲■ご名答――。二時間が経過するまでの間、頭脳と記憶だけは、そのままゆっくりと本物の頭脳と記憶に変わっていくよ。そうしないと、情報処理が失敗して、記憶が残っちゃうんだ。残すところたった二時間の、夢のヒーロー、冒険譚(ぼうけんたん)、だね■▲●――

 あやめは実年齢の分だけ縮(ちぢ)こまった身体を恥ずかしそうに隠したままで、台所の母親に届かない声で天井に囁(ささや)く。
「マスターって、けっきょく誰なの?」

――●▲■秘匿情報(ひとくじょうほう)は言えないけれど、僕もマスターとしての時間以外は、夢を叶える為にマスターとして選ばれた普通の人間だよ。しかも僕らマスターの場合は、全員が大人だけどね。僕ももう何度かマスターやってるけど、今回も二時間すれば、一度全ての記憶を奪われる。君達と同じだね■▲●――

「え、マスター人間なの?」

――●▲■うん。性格も声も、架空(かくう)の、まあ、仮の性格と声と頭脳を与えられて、僕らはマスターになるんだ。君達でいうところの、能力や理想年齢の付与(ふよ)とおんなじだね。僕はこのマスターの任(にん)を一度解かれたら、本当の僕になる。この世界で君と出逢っても、間違いなく僕だとは気付かないだろうけどね。まあ、記憶も、お互い無いわけだし■▲●――

 あやめは可愛らしい童顔を呆然とさせて呟(つぶや)く……。
「夢を見るのは、大人も同じなのか………」

――●▲■たぶん、君達と僕とは、夢の関係者なんだろうね。僕が夢のマスターの任に選ばれ、君達が夢のヒーローの任に選ばれたんだから。まあ、無関係なはずがない。ただし、僕にも確証はないけどね■▲●――

 あやめは湯船の湯に、蛇口をひねって水を足し乍らきく。
「なんでさあ、メモに書いても無理なの? 思い出さなくても、名前とかヒーローとして戦った事とか、これは現実に起きた事で、て詳しく書いておけば、思い出さなくても、例えばレイちゃんと本当に出逢えた時に、あっ! てなるかもしれないじゃん」

――●▲■ていうか、この夢の契約に関しての全ての証拠は、消失するからね。メモに書いても、夢の契約に関している文字は全て消えるんだ。僕らを雇(やと)っているのは神や仏といった大いなる存在だからね、それぐらいは簡単にできる■▲●――

 あやめは童顔をむすっとさせて、天井を睨む。
「ていうか、マスターがいるとお風呂から出られないんですけど……。いつまでいるんですか? そろそろ、茹蛸(ゆでだこ)になっちゃうんですけど」

――●▲■じゃあ、本当のさよならだ……。あやめ君、君は将来いい女になる事確定だったね。タイプだ……。僕もがんばるから、君もがんばりなね。夢を叶えるという事は、世界をクリエイトしていくという事だよ。世界中に君の夢という形の情報が広がり、影響を受けた人達が、更に新しい夢に色を足してゆく。夢がこの世界を彩(いろど)っているんだ。夢が溢れる時、この世界は一体、何色に染まるんだろうね■▲●――

 あやめは、夢と言われて、はっとなった。今現在、誰かと会話している事は確かに理解しているが、その相手が誰なのかが、判然としなかった。
「あれ……、あなた、は……、誰、でしたっけ? あれえ?」

――●▲■ふふふ。それでいい。さようなら、あやめ君■▲●――

 あやめは身体を隠す事を忘れて、腕を組んで考え込む……。
「あれぇ? だからぁ……、今、しゃべってるわけでぇ……、何について、しゃべってたんだっけ……。あぁれぇぇ?」

――●▲■バイバイ。僕のヒーロー■▲●――

 あやめは気がついたかのように、蛇口をひねって、出しっ放しだった水を慌てて止めた。
「ぬるいぬるい! 風邪ひくよ~~」
 あやめは湯船から上がって、シャワーの処(ところ)にある鏡を覗き込んだ。
 七歳のあやめの顔が鏡に映る……。
 あやめは、笑ってみる――。
 鏡に映ったあやめは、無邪気な笑みを浮かべていた。
 熱いシャワーを浴びた後は、脱衣所で身体をふいて、洗面台で無表情のにらめっこをした。
 お母さん、カヌレちょうだい――。そう台所で叫んだあやめを、母は優しく微笑み、抱きしめた。

 胸をはれ……。僕のヒーロー達――。

 あやめは後ろを振り返る。母は優しい微笑みで「どうしたの?」と問いかけた。
 ううん……、なんでもない――。と笑ったあやめの微笑みは、無邪気に母の胸へと跳び込んでいった。
 大好きなカヌレを食べながら、あやめは夏休みの宿題を開く。
 明日は花火をして、お祭りに行こう。
 その次の日は、宿題をしたら、ピアノの習い事が終わった後で、お散歩をしよう。
 その次の次の日は、本を一冊(いっさつ)読み終えて、それから、それから……。
 あやめは開いた算数のテキストとプリントを見つめながら、くすん――と笑みをこぼした。毎日は、実にやりたい事で溢(あふ)れている。遠くで鳴いている夏のメロディ。
あやめの長い長い夏休みが、いま始まる――。

     ~完~




  あとがき
       作 タンポポ

 筒井あやめさんに主人公を務めて頂きました。乃木坂46の4期生の物語です。もはや短編ではないのかもしれませんが、一応乃木坂短編集の優秀な作品の一つとなってくれました。タンポポ自身、とてもとても気に入っています。
 さて、お気づきでしょうか? 実はこの作品の中には、リアルを追求した結果の設定上の都合もあり、強い思い入れなどもあり、私のリスペクトする乃木坂46とリスペクトするアニメや漫画作品などのオマージュが、作中にたっぷりと練り込んであるのです。
 さて、あなたは幾つ見つける事ができたでしょうか? 一つだけここで思い入れのあるオマージュをご紹介させて頂きます。