僕たちのサヨナラ
僕たちのサヨナラ
作タンポポ
1
それはもう十年以上も無かった事だった。東京にいる秋元真夏へと突然に届いたのは、一通の手紙。それは、遠き故郷、岡山県勝田郡奈義町(おかやまけんかつたぐんなぎちょう)に住まう同級生、山本翔太(やまもとしょうた)からの、同窓会への招待状であった。
招待状には、一枚のチケットが挟まれていた。
それは故郷である岡山県勝田郡奈義町豊沢(おかやまけんかつたぐんなぎちょうとよさわ)に古くからあった奈義町現代美術館からの、奈義町歴史記念フォト展覧会の参加チケットであった。
招待状にはこうある。長らく続いてきた町の象徴であった奈義町現代美術館が、この冬季で閉館すると――。
同窓会への招待状の返事を『参加』にマル印をつけて、故郷へと送り返した。
数日後という事で、秋元真夏はすぐに旅支度(たびじたく)を整え始めた。会社にはちょうど三連休を設けていて助かったと、内心でほっと溜息を漏らしながら。
奈義町現代美術館には、どうしても最後に一度、行っておきたかった。己の半生を過ごした故郷と、その象徴の閉館。考えれば考えるほどに、思いは逸(はや)るばかりであった。
「懐かしいな、みんな……、元気に、してたかな……」
短期旅行の計画は万全であった。当日、岡山県への汽車に揺られながら、車窓をのぞいた真夏は、今、岡山へと突き進んでいるのだと、深く実感する。車窓に流れるナチュラルな景色を、懐かしいのかどうかも忘れたまま、ひたすら岡山へと繋がる景色だと、そう心の中で唱え続けた。
汽車の中、幾つも思いを巡らせながら、懐かしいと思える事を優先的に鮮明に思い出そうと奮闘した。しかし、十年以上の時の流れは、やはり東京の暮らしに根付き、岡山での日々を忘れてしまっている。
少しだけ怖かったが、忘れてしまっているからこそ、皆の顔が見たかったし、久しぶりの岡山でもあるし、懐かしいという概念が色濃く脳裏に浮かび上がっていた。
普段から人との接触を極力避けている真夏には、いい気分転換にもなると思えた。東京の生活は乾いた音がしそうなほど、ぬくもりがない。仕事はテレワークで、在宅勤務であるし、東京には友人がいない。
風呂場でたまに、今日は声を出したかなと、発声してみたりするような滑稽な日々の連続だ。けれど、真夏は東京にいる。
東京に夢を見て、東京で夢を叶えると決めたから。夢と現実の差は激しいものであったが、ふんばってみれば、もう十年以上にもなる。石の上にも三年とは、本当によく言ったもので、嚙(かじ)り付き続ければ、あきらめる夢は確実に減っていくだろうと東京に来て確信できた。
今はどこにいてもネットワークで繋がっていれば生きていけるのだが、東京にこだわったのは、なぜだったろうか……。きっかけはほんの僅(わず)かな起爆剤で、もう覚えてもいなかった。
ただ、写真家になる、という大きな夢を抱き、それを東京で叶える、という新しい人生の象徴を誓ったのだ。
在宅ワークのアルバイトばかりで、写真家にはまだまだほど遠いけれど。
岡山の皆の事など、この手紙が届くまで、いっさい忘れていたぐらい、自分は前のめりに東京で生きていた。そうしていないと、立ち続ける事さえもが困難な土地に、私は惹かれてしまったのだから。
遠き故郷が、今すぐそこまで近付いてきている。例えようのない高揚心(こうようしん)が弾け散る。肉体が火照(ほて)るほど、懐かしいとは、偉大な感情なのだ。それを知れたのも東京に上京すると決断したからで、あの頃に誓った心も、変わらずにいる。
そう、あいつを好きでいるという誓いも……。
多忙な生活に長らく忘れていた感情が激しく着火していた。
彼は、変わっただろうか……。
素敵なままだろうか。
山本翔太は……。
ふわふわとした、不安にも似た期待を胸にしまいながら、真夏は車内の駅員に切符を手渡して、汽車から下車した。
真夏は風景を楽しむように、深い深呼吸を数回繰り返しおこなった。美作滝尾駅(みまさかたきおえき)の駅舎に降り立ったまま、どうしてもにやけようとする頬を手で押さえながら、ようやくの一歩を歩き始める。
「わ……、あは。変わったな、少~し……」
美作滝尾駅からの風景は、少しだけ、真夏の持つ記憶のそれとは違っていた。十年以上が経っているのだ――と、深くそこでまた感動にも類似した実感をする。
ゆっくりと駅からの街並みを歩き始めた脚は、散歩がてらと、しばし懐かしき岡山県を楽しむことにした。
民宿へは朝に東京から連絡済みである。到着したら電話連絡する約束になっていたが、少しぐらい、二、三時間ぐらいならば大丈夫だろう。
「川、あったあった、わあぁ……。川あったぁ~……」
鴨川(かもがわ)にかかる鉄橋を懐かしく感じながら、緑いっぱいの山々の風景に心躍らせた。
しばらく歩きながら、道すがら勝田郡奈義町関元へと入り、明日には同窓会の会場となる〈喫茶店バロンセブン男爵〉へと、いつしか、一足先に訪れていた。
「すいませぇん……。あの、じゃあ~、ピザ、下さい」
クリームソーダとピザとサラダを早めの夕食として食べた。赤いチェックのソファに、木目のテーブル。何も変わっていない。あの時代から、何も……。
変わったのは、私だけなのかもしれない。
いや、私自身、何も変われていないのかもしれない。
この土地に留(とど)まったみんなに会えれば、その答えが、自ずとわかるのかもしれない。
乃木坂46秋元真夏&鈴木絢音
乃木坂46 1期生&2期生・卒業SP小説
『僕たちのサヨナラ』
2
深夜十一時を迎えた夜の山道で、鈴木絢音(すずきあやね)は懐中電灯を片手に山本翔太を待っていた。この真冬の季節だからこそできる芸当だが、これがもしも夏季であれば、山道の近くで深夜に懐中電灯などつけたものならば、羽虫や昆虫が飛びよってきて仕方が無いだろう。
山本翔太はすぐにやってきた。ダウンコートを着て、ロングブーツを履いて。鈴木絢音もダウンコートにロングブーツを履いている。
鈴木絢音は、険しい表情で言う。
「ごめん、スマホ、わからないパスワードかかっちゃって。それより、真夏は、本当に東京からこっちに来てるの?」
山本翔太は深く、一つ頷いた。
「うん。来てる……。さっき民宿から連絡があった。美作滝尾駅から来たみたいだった。その後、バロンセブンに寄ったらしい。真夏がどっかへ行けば、この街中が騒ぐからな。それだけ、久しぶりの真夏ってわけだ」
「本当に参加するんだ……。真夏、同窓会……」
「手紙じゃあ、現代美術館の方が本命っぽかったけどね……。真夏に、会えるのか」
「嬉しそうですね」
「え?」
「想像通り……」
「ちょ、おい~……。そういうんじゃないだろう?」
「私だって、嬉しいもん。真夏は、私にとっても大切な人の1人だし」
「俺だって、同じなんだよ。大切な奴だ、真夏だって、絢音ちゃんだって」
「同じに見てるの?」
「まさか!」
「今の言い方だと、私でも真夏でも、どっちでもいいような聞こえ方……」
作タンポポ
1
それはもう十年以上も無かった事だった。東京にいる秋元真夏へと突然に届いたのは、一通の手紙。それは、遠き故郷、岡山県勝田郡奈義町(おかやまけんかつたぐんなぎちょう)に住まう同級生、山本翔太(やまもとしょうた)からの、同窓会への招待状であった。
招待状には、一枚のチケットが挟まれていた。
それは故郷である岡山県勝田郡奈義町豊沢(おかやまけんかつたぐんなぎちょうとよさわ)に古くからあった奈義町現代美術館からの、奈義町歴史記念フォト展覧会の参加チケットであった。
招待状にはこうある。長らく続いてきた町の象徴であった奈義町現代美術館が、この冬季で閉館すると――。
同窓会への招待状の返事を『参加』にマル印をつけて、故郷へと送り返した。
数日後という事で、秋元真夏はすぐに旅支度(たびじたく)を整え始めた。会社にはちょうど三連休を設けていて助かったと、内心でほっと溜息を漏らしながら。
奈義町現代美術館には、どうしても最後に一度、行っておきたかった。己の半生を過ごした故郷と、その象徴の閉館。考えれば考えるほどに、思いは逸(はや)るばかりであった。
「懐かしいな、みんな……、元気に、してたかな……」
短期旅行の計画は万全であった。当日、岡山県への汽車に揺られながら、車窓をのぞいた真夏は、今、岡山へと突き進んでいるのだと、深く実感する。車窓に流れるナチュラルな景色を、懐かしいのかどうかも忘れたまま、ひたすら岡山へと繋がる景色だと、そう心の中で唱え続けた。
汽車の中、幾つも思いを巡らせながら、懐かしいと思える事を優先的に鮮明に思い出そうと奮闘した。しかし、十年以上の時の流れは、やはり東京の暮らしに根付き、岡山での日々を忘れてしまっている。
少しだけ怖かったが、忘れてしまっているからこそ、皆の顔が見たかったし、久しぶりの岡山でもあるし、懐かしいという概念が色濃く脳裏に浮かび上がっていた。
普段から人との接触を極力避けている真夏には、いい気分転換にもなると思えた。東京の生活は乾いた音がしそうなほど、ぬくもりがない。仕事はテレワークで、在宅勤務であるし、東京には友人がいない。
風呂場でたまに、今日は声を出したかなと、発声してみたりするような滑稽な日々の連続だ。けれど、真夏は東京にいる。
東京に夢を見て、東京で夢を叶えると決めたから。夢と現実の差は激しいものであったが、ふんばってみれば、もう十年以上にもなる。石の上にも三年とは、本当によく言ったもので、嚙(かじ)り付き続ければ、あきらめる夢は確実に減っていくだろうと東京に来て確信できた。
今はどこにいてもネットワークで繋がっていれば生きていけるのだが、東京にこだわったのは、なぜだったろうか……。きっかけはほんの僅(わず)かな起爆剤で、もう覚えてもいなかった。
ただ、写真家になる、という大きな夢を抱き、それを東京で叶える、という新しい人生の象徴を誓ったのだ。
在宅ワークのアルバイトばかりで、写真家にはまだまだほど遠いけれど。
岡山の皆の事など、この手紙が届くまで、いっさい忘れていたぐらい、自分は前のめりに東京で生きていた。そうしていないと、立ち続ける事さえもが困難な土地に、私は惹かれてしまったのだから。
遠き故郷が、今すぐそこまで近付いてきている。例えようのない高揚心(こうようしん)が弾け散る。肉体が火照(ほて)るほど、懐かしいとは、偉大な感情なのだ。それを知れたのも東京に上京すると決断したからで、あの頃に誓った心も、変わらずにいる。
そう、あいつを好きでいるという誓いも……。
多忙な生活に長らく忘れていた感情が激しく着火していた。
彼は、変わっただろうか……。
素敵なままだろうか。
山本翔太は……。
ふわふわとした、不安にも似た期待を胸にしまいながら、真夏は車内の駅員に切符を手渡して、汽車から下車した。
真夏は風景を楽しむように、深い深呼吸を数回繰り返しおこなった。美作滝尾駅(みまさかたきおえき)の駅舎に降り立ったまま、どうしてもにやけようとする頬を手で押さえながら、ようやくの一歩を歩き始める。
「わ……、あは。変わったな、少~し……」
美作滝尾駅からの風景は、少しだけ、真夏の持つ記憶のそれとは違っていた。十年以上が経っているのだ――と、深くそこでまた感動にも類似した実感をする。
ゆっくりと駅からの街並みを歩き始めた脚は、散歩がてらと、しばし懐かしき岡山県を楽しむことにした。
民宿へは朝に東京から連絡済みである。到着したら電話連絡する約束になっていたが、少しぐらい、二、三時間ぐらいならば大丈夫だろう。
「川、あったあった、わあぁ……。川あったぁ~……」
鴨川(かもがわ)にかかる鉄橋を懐かしく感じながら、緑いっぱいの山々の風景に心躍らせた。
しばらく歩きながら、道すがら勝田郡奈義町関元へと入り、明日には同窓会の会場となる〈喫茶店バロンセブン男爵〉へと、いつしか、一足先に訪れていた。
「すいませぇん……。あの、じゃあ~、ピザ、下さい」
クリームソーダとピザとサラダを早めの夕食として食べた。赤いチェックのソファに、木目のテーブル。何も変わっていない。あの時代から、何も……。
変わったのは、私だけなのかもしれない。
いや、私自身、何も変われていないのかもしれない。
この土地に留(とど)まったみんなに会えれば、その答えが、自ずとわかるのかもしれない。
乃木坂46秋元真夏&鈴木絢音
乃木坂46 1期生&2期生・卒業SP小説
『僕たちのサヨナラ』
2
深夜十一時を迎えた夜の山道で、鈴木絢音(すずきあやね)は懐中電灯を片手に山本翔太を待っていた。この真冬の季節だからこそできる芸当だが、これがもしも夏季であれば、山道の近くで深夜に懐中電灯などつけたものならば、羽虫や昆虫が飛びよってきて仕方が無いだろう。
山本翔太はすぐにやってきた。ダウンコートを着て、ロングブーツを履いて。鈴木絢音もダウンコートにロングブーツを履いている。
鈴木絢音は、険しい表情で言う。
「ごめん、スマホ、わからないパスワードかかっちゃって。それより、真夏は、本当に東京からこっちに来てるの?」
山本翔太は深く、一つ頷いた。
「うん。来てる……。さっき民宿から連絡があった。美作滝尾駅から来たみたいだった。その後、バロンセブンに寄ったらしい。真夏がどっかへ行けば、この街中が騒ぐからな。それだけ、久しぶりの真夏ってわけだ」
「本当に参加するんだ……。真夏、同窓会……」
「手紙じゃあ、現代美術館の方が本命っぽかったけどね……。真夏に、会えるのか」
「嬉しそうですね」
「え?」
「想像通り……」
「ちょ、おい~……。そういうんじゃないだろう?」
「私だって、嬉しいもん。真夏は、私にとっても大切な人の1人だし」
「俺だって、同じなんだよ。大切な奴だ、真夏だって、絢音ちゃんだって」
「同じに見てるの?」
「まさか!」
「今の言い方だと、私でも真夏でも、どっちでもいいような聞こえ方……」