僕たちのサヨナラ
「うん……」
懐かしすぎるフォトを見つめていくと、自然と涙がこぼれそうになった。気がつくと、真夏は、山本翔太と手を繋ぎ合ったまま、そのアトリエをゆっくりと見て回っていた。
「これ、絢音だ……」
「へえ、そっか。そんな頃のやつ、ちゃんとわかるんだね」
「わかるよ~う……。絢音と二人で、何でも乗り越えてきたんだもん」
「これ……。真夏だろ」
「あはあ、ほ~んと!」
「こういう笑い方、変わらないな……。真夏しかしないんだよ、こういう笑い方はさ。眼が無くなるっていうのかな!」
「あ~悪口言ってる~!」
「ここまでくると、もう中学……」
「うん……。絢音は、写真とか撮られるの嫌いだからね、撮られる時はいつも私1人だった……」
「思えば、絢音ちゃんと真夏はもう、このぐらいから、歩く道が違ってたのかもしれないな……」
「あんたがいう?」
「なあ真夏」
「はい?」
二人以外には、客の姿は無かった。
音もない静けさが支配したアトリエの展示会場で、山本翔太は、秋元真夏をじっと見つめた。その眼が、その感情をすでに物語っている。
秋元真夏は、眼を逸らす事もなく、同じく、同じ色の視線で見つめ返していた。
「真夏が……、絢音ちゃんを裏切ら無い事…、知ってるよ……」
真夏は、静かに、大きく、息を吸い込んで……。
大きく吐き出した。
微笑む。
「うん……」
山本翔太は、真夏と手を繋ぎ合ったままで、涙を浮かべていた。
真夏は、少しだけ驚いたが、すぐにそれさえ包み込むような優しい表情で笑った。
「真夏が、また東京に帰る事知ってる……。帰ってくる気が、無い事も……」
「うん……」
「言わせてくれ、俺が最初に好きになったのは」
「聞かないよ」
山本翔太の唇を片手で押さえて、真夏は時の静止した世界に、ふっと微笑む音を立てた。
口を封じられた山本翔太の瞼から、大つぶの涙が落ちていった。
「もう、いいじゃんか……。言ったって言わなくたって、聞いたって聞かなくたって、どうせ未来は一秒も変化なんか、しないんだから……」
「ごめんな……、真夏……、お前が、好きすぎて……正直、つらい……」
「これで最後にしよう?」
ゆっくりと、愛しそうな眼差しを浮かべながら、真夏のほっぺを両手で掴んだ山本翔太に、真夏は弱い笑みを浮かべた。
山本翔太の顔が、真夏の顔に、ゆっくりと近づいてくる。
真夏は、眼を閉じて囁く。
「これが、さよなら。私たちのさよなら……」
二人は、ゆっくりとした時間をかけて、恋人同士のようなキスをした……。
互いに、報われぬ恋をあきらめるように、眼を瞑(つぶ)り。
二度と会えぬ愛しさに、手を振るように、涙を浮かべ。
二人は、二人しかいないアトリエで、長い長いキスをした――。
民宿へと一度舞い戻り、旅行鞄を手にして、やがて訪れた汽車の時間に、秋元真夏は山本翔太に、美作滝尾駅で「じゃあね、プレイボーイ」とくしゃくしゃの笑みで別れを口にした。
日が暮れていく……。
「誰がプレイボーイだよ、忘れないでくれよな真夏……。俺は、遊びのつもりなんて、1ミリも無かったからな!」
沈み込む夕日に約束した。いつか、帰ってくるよと。
辺りは暗くなって、田舎特有の何も見えなくなる闇に覆われる。それは、まるで誰かの哀しい顔を見せたくないように、静かにひっそりと、二人の影を隠した。
「さよなら、翔太……」
「じゃあな真夏ぅーーっ、元気でな~~っっ!」
涙のその代わりに、星がキラキラと輝く。何も後悔していないんだと、そう言い聞かせるような、そんなさよならだった。
私たちのさよなら。
僕たちのサヨナラ。
微笑んでサヨナラ。
忘れない、サヨナラ……。
6
東の空の彼方が、少しだけ白み始めていくのを見上げ、窓を閉じて、鈴木絢音はラインで連絡を取った山本翔太の待つ〈喫茶店バロンセブン男爵〉へと出向いた。
出入り口のベルが鳴り、山本翔太はテーブル席から振り返った。
すぐにそのテーブルへと駆け寄った鈴木絢音に微笑んだ。
「昨日は、よく眠れた? 絢音ちゃん……」
鈴木絢音は、にっこりと上品に笑みを浮かべた。
「うん、ぐっすりと……」
「そう、か。良かった……」
注文を取りに来た店員に、鈴木絢音はクリームソーダを頼んで、ついでに山本翔太のメニューをきいた。
「俺はさっきホットを頼んだよ。今淹れてもらってる」
「そっか。それじゃあ、それでお願いします」
丁寧に注文を聞き届けた店員が下がっていくと、鈴木絢音は、すぐに表情を変えて、しかし落ち着きを保ったままで、山本翔太を強く見つめた。
「真夏とは、会えた?」
山本翔太は、窓の外を一瞥してから、鈴木絢音に微笑んでみせる。
「うん。会えたよ」
「そっか……」
「うん」山本翔太は、窓の外を一瞥する。「真夏の強い決意に、どうしても、ひきとめられなくて、真夏の心は、また東京に行っちゃったけどね……」
「そうっか」鈴木絢音は、首を振る。「私が、真夏と、ううん……。もう独りの自分と話し合えればいいんだけど」
「ごめん、大役すぎた」山本翔太は、残念そうに弱く溜息をついた。「真夏がここに留まってくれれば……、絢音ちゃんの多重人格も、何かしら変化があると思ったんだけどな……」
鈴木絢音は、優しげに苦笑した。
「解離性同一性障害だってば……」
「そうだ。難しいな、名前も、病状も……」
「私が一番無力だよね、真夏は、自分でもあるのに……」
「思いつめるなよ、絢音ちゃん」山本翔太は、誠実に鈴木絢音を見つめた。「これは障害で、病気なんだから、仕方がない」
「うん……、あ」鈴木絢音は、笑みを浮かべた。「真夏、私になんか言ってなかった? まさか、真夏と、浮気してないでしょうね?」
「してないよ……」
鈴木絢音は、窓の外にそう呟(つぶや)いて苦笑した山本翔太を見つめて、ゆっくりと、無垢に微笑んだ。
秋元真夏&鈴木絢音・乃木坂46
乃木坂46 1期生&2期生・卒業SP小説
『僕たちのサヨナラ』
~完~
あとがき
作タンポポ
秋元真夏さん、鈴木絢音さんのW主演の物語でした。秋元真夏さん、鈴木絢音さん、乃木坂46ご卒業、おめでとうございます――。敬愛を込めて、あなた達のこれまでに、ひまず大きな大きな花束を――。
はい、超短編小説ですね。とにかく意味が解らなかったという方はもう一度お読みなってみて下さい笑。主題歌は常に募集する事に決めています。また一つ、クリエイターの皆様、素敵すぎる主題歌を、よろしくお願いいたします。タンポポにはきっとその主題歌は届いております。本当に、ありがとうございます。心がぼわっと燃えるように温まり、涙が溢れてくるのです。
タンポポ、基本的に超短編小説は最高に気に入っております。しかし次回作は少しだけ長編、という事で、ここでは一つ、次回作の宣伝をさせて頂きましょう。
次回作はおそらく、岩本蓮加さんが主人公を務める3期生小説、『トキトキメキメキ』です。そうです。あの筒井あやめさんに主人公を務めていただいた4期生小説の『ジャンピングジョーカーフラッシュ』の正当なる続編になります。