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僕たちのサヨナラ

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そう、それが東京に拘った本当の理由……。
ここじゃダメだった唯一の理由……。
そして、今世の私の人生では、山本翔太しか好きにない無い事が、十年をかけて証明されたのだった。

「真夏……」
 ふと耳元に呼びかけられた山本翔太の声に、真夏は寝落ちしそうだった意識を取り戻して、振り返った。
「はい?」
 山本翔太は、真夏のコートを手渡しながら優しく微笑んだ。
「行こう。もう、いいだろ?」
「あ、うん」

「えー、なにぃ、行っちゃうのかよぉ!」
「真夏、また来年おいで!」

 真夏は片手を小さく上げて苦笑する。
「またね、みんな」

「外暗いぞ~」
「おくってくか?」

 山本翔太は、首を振った。
「いや、俺バイクだから。ヘルメットも二個あるし。だいじょぶ、サンキュな、みんな! お疲れ様! またな!」
 真夏も、コートに手を通しながら、皆に微笑んだ。
「また有給でも取れたら、遊びにくるね。じゃあね!」

 別れの言葉で満ちた〈喫茶店バロンセブン男爵〉を後にして、秋元真夏をのせた山本翔太のバイクは、秋元真夏の宿泊する民宿の方へと走り出した。

       4

 鴨川の鉄橋の上で、バイクを停めたまま、二人は鴨川を背に、二人寄り添って立ってしゃべった。
「真夏はさ、こっちに、帰ってくる気はないの?」
「どうだろねぇ~……。帰っても、何かいいことあるなら、いいんだけどな」
「………」
「……いいことって、なんだろね。ふふん」
「真夏」
「ん、はい?」
 秋元真夏は、隣の山本翔太を見上げる。
 山本翔太は、昔と変わらぬ、かつての精悍な眼差しで、真夏を見つめていた。
「帰ってくれば、俺がいるよ……」
「あのう、さ。翔太ぁ……」
 真夏は、鴨川の方を向いた。
「まだ、付き合ってる人、いるの?」
 山本翔太は、何も答えずに、秋元真夏を見つめたままだった。
 真夏は、虚空に微笑む。
「絢音だったりして……」
「……」
「図星でしょ?」真夏は、山本翔太を見上げる。「よく、帰って来いなんて言えたね。今も絢音と付き合っておきながら……。信じられない」
「真夏じゃなきゃ、ダメな時、今もあるんだ」
「なにそれ……」
「知ってんだろ?」山本翔太は、眉(まゆ)を顰(ひそ)めて、真夏を見つめた。「ずっと前から、俺の気持ち……。知ってて、離れて行ったんだろ」
「………」
 真夏は、深呼吸をした。
 耳を清ますと、鴨川のせせらぎが聞こえた。
 真夏は、無理に微笑んだ。
「そゆの……、よくないと思うよ、ほぉんと」
「帰ってきなよ。そうすれば、変わる何かもある。離れてたって、1ミリも変わんない事が、ここにいれば変わる事だってある」
「どういう意味?」
 真夏は山本翔太を振り返った。
「こういう事」
 山本翔太は、真夏の手首を掴んで。
 真夏に強引なキスをした。
 驚いたように、すぐに唇を離した真夏に、山本翔太は真剣な視線を向ける。
「好きだって、言ってくれたじゃんかよ……。もうないんか、その気持ち……」
「ちょ、ちょっと待って――。絢音と、付き合ってるの?」
 山本翔太は、困ったような顔で「真夏が好きだ」とだけ答えた。
 真夏はパンクしそうな思考を、一度解除させて、脳裏を整理して一から考え直していく。
 そんなつもりで帰省したわけじゃない。
 しかし、確かに、それはいつか望んでしまった一つの未来の形だった。
 別に夢なら、まだ東京では具体的な何かを始めたわけでもない。
 ここにいても、生きては行ける。
 ここにいる、意味さえあれば……。

「絢音との事、どうするの?」
「………」
「絢音もずっとここにいるんだよ。あの子を、今度は今の惨めな私みたいにするの?」
「そういうんじゃないよ……。真夏がここに帰ってくるなら、俺だって、絢音ちゃんだって……。真夏だって、違う未来を歩ける、て言ってんだよ」
「………」
「ここにいてほしい」
「じゃあさ……。言葉を変えて……」真夏は、眼つきを変えて、山本翔太を見つめる。「私じゃあ、ダメなのかなあ?」
 山本翔太は、哀しそうな眼で「大好きだよ」と告げた。
 真夏は、曇った顔をする。
「だから、どぉいう意味なの? 私にここにいてって、付き合おう、て意味じゃないの? だったら絢音はどうするのって言ってるの……。それに、急に帰って来いって言われたって……」
 山本翔太は、ヘルメットをかぶって、もう一つのヘルメットを真夏の胸へと押し当てた。
「今日はもう、晩いから。明日、現代美術館行くんだろ?」
 真夏は、ヘルメットを胸に構えたままで、「行く。帰る前に」と頷いた。
「明日、現代美術館まで送ってく……。その時、答え、聞かせて」
 バイクにエンジンをかけた。
「乗って、真夏」
「うん……」
 真夏は、バイクの後部座席にまたがって、山本翔太の大きな背中に、しがみついた。
「絢音ちゃんのことは、真夏は何も考えなくていい……。東京へ出て行ったのが、俺と絢音ちゃんとの事が原因なら、何も考えず、もう帰ってきてくれって言ってる……。わかった? 真夏」
「うん……。なんとなく、だけど」
「よく考えてくれ」
「でも、けっきょくはどういう事なの?」
「好きだ、……て事かな」
「ふうん……。わか、った」

       5

 岡山県奈義町現代美術館では、まっすぐに〈太陽の部屋〉へと入った。前方から光が襲ってくる。この部屋は真南を向いている。幻想のようなその空間をよく理解しようと眼を凝らすと、空間関係が、左右にやや小さいが京都の龍安寺そっくりの石庭が、実は真南をむいた円筒の部屋の中心軸を対象に置かれているのがわかる。
 赤と灰色に塗り分けられた床には局面のベンチと、斜めに置かれたシーソーと鉄棒がある。これらには、座ったり、乗ったり、ぶら下がったりする事ができる。緑と灰色の天井にはそれらと対応する、しかし大きさだけ1.5倍の同じ物たちがあった。
 小口の入り口、階段、そして円筒の部屋と、仕組まれているのは知覚・身体感覚の演習・実行であ。自己意識と身体感覚のバランスが崩れ、〈軸〉がずれ、意識が前のめりになって、私たちが大人になるにつれ忘れてきたものを思い出すかのような錯覚が訪れる。

 〈太陽の部屋〉
 あなたはシリンダーの中に入っていく、しかし、もしあなたが動作を司る肉体として入っていったのなら、途端に無に帰すでしょう。一度均衡状態が崩れると、おそらく同じようにシリンダーによってしか、それを回復する事は不可能なのです。

 シリンダー内には、一度にたった1人、もし2人が本当に一つに成り得るなら、たぶん2人。しか入れません。シリンダーは人の領域を拡張するのです。

 パンフレットに記載されている〈太陽の部屋〉の内容説明を読み返しながら、山本翔太は、秋元真夏の背中をぐっと見つめた――。自分達は今、過去と現在の重なる鍵穴(シリンダー)の中にいるのだと、そう思い浮かべながら。
 アトリエ作品展へと移動し、岡山県奈義町歴史記念フォト展示会を見て回った。
 秋元真夏は、壁一面に展示されているフォトに、くすくすと笑みを浮かべていく。
「この辺、このあたりは、うちらまだ生まれてないんだろうね~……」
「うん。俺達の展示は、小学生から。こっちだ」
作品名:僕たちのサヨナラ 作家名:タンポポ