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恐竜の歩き方

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  恐竜の歩き方
         作 タンポポ



 プロローグ


 二千二十二年八月三十一日――。乃木坂46真夏の全国ツアー2022。ファイナル。
 仕事でセントルイスに海外出張中の駅前木葉を除いた乃木坂46ファン同盟の九名は、〈映写室〉の各々が選んだ観客席にて、その瞬間を心待ちにしている……。
 風秋夕は、DARSのホワイト・チョコを口の中に放り投げた。
「このホワイトチョコ、超うまいよな?」
 稲見瓶は、DARSのホワイト・チョコを口の中でそっと噛みしめながら頷いた。
「甘くて美味しい」
「チョコなんてどれもあめえだろう?」磯野波平は、稲見瓶に顔をしかめた。「お前ダメ、CM来ない奴な……。どうあめえか、どううまいのか、だろうが! DARSは昔っから食ってんだろ?」
「白いチョコをね」稲見瓶は、無表情で答えた。「気がついたら食べてたね。買うならいつもDARSの白いチョコレートだった」
「だったら心から叫びたまえ無表情! DARSに恋してます! ってなあ!」
 磯野波平はそう叫んだ後で、稲見瓶の持つDARSの箱から、不器用にホワイト・チョコを二つ盗んだ。
「DARSのCMに乃木坂って、マジで超マッチしてるよな~……」風秋夕は、巨大スクリーンを見つめて囁いた。「うんまいし、このチョコなら一生食ってられるよ……」
 巨大スクリーンには、フリーズしたステージの乃木坂46が映されていた。ランダムで乃木坂46のBGMが流れている。たまにDARSと乃木坂46とのコラボレーションのCMが挟まれていた。
 〈映写室〉のライトは暗く、そのほとんどが巨大スクリーンから放出されている光であった。
「乾杯!」
宮間兎亜は、アサヒ・スーパードライを顔の高さまで持ち上げて、にんまりと笑った。
「ええ、真夏の、全ツに」
 御輿咲希は、上品に両手でクリア・アサヒを持ち、にっこりと微笑んだ。
 比鐘蒼空は、姫野あたるの顔を、ぼうっと眺めていた。
「どうか……、掛橋沙耶香ちゃんと、冨里奈央ちゃんと、早川聖来ちゃんの、傷や病が、いち早く、完治しますようにぃ………」姫野あたるは両手を合わせた後で、比鐘蒼空の視線に気がついた。「む? はは、どうかしたでござるか顔がほうけているでござるよ? 小生に一目惚れでもしたでござるか? かっかっか!」
「一目惚れ……かもしれない。人として……」
 比鐘蒼空はぼそり、と視線を外しながら呟いた。
「ん?」姫野あたるは、ん、と顔を前に出す。「比鐘殿は、声がか細いでござるな~……。もっと腹から出すでござるよ」
「腹から出せる言葉なら、そうしてます……」
 比鐘蒼空は、ぼそりと返した。
 姫野あたるは顔を?にしている。
「来栖よぉ、お前、シャンプーLUXだろぉ?」
 天野川雅樂は、来栖栗鼠の顔を見て言った。
「えーよぉうくわかったねー! そう僕LUX使ってるの~!」
 来栖栗鼠は少女のように笑った。
「雅樂さんはぁ?」
「サクセスだぁ……」
「なんで僕がLUXだってわかったのぉ?」
「……俺も、LUXだった時期があるからだ」
 風秋夕は、稲見瓶と磯野波平の方を向いてしゃべる。
「かっきーって感動するよな? なんか……。なんかっていうか、感動するよな? かっきーって……。まっさらだな、彼女はさ」
 稲見瓶が反応する。「ザ、乃木坂、だね」
 磯野波平は大声で言う。「飛鳥ちゃんだって透明無色だぜ~? 何色にも染まんねえからなー」
「飛鳥ちゃんって、ブラックじゃないの? イメージって」風秋夕は楽しそうに言う。「黒か、純白か……。何色だろうな~、飛鳥ちゃんはぁ……」
「黒だ」稲見瓶が言った。「飛鳥ちゃんは夜だよ。世界は夜に動く、ともいうからね。乃木坂の中でなら、飛鳥ちゃんは夜だ。さしずめ、かっきーは朝だ……」
「さくちゃんはお昼な!」磯野波平が笑いながら言った。「美月ちゃんはぁ~……」
「夕焼けだよ」風秋夕が口元を笑わせて言った。「与田ちゃんは、深夜だ。寝る子は育つ」
「まあやちゃんは、三時のおやつだね」稲見瓶が言った。「ひなちまは、夕暮れ時だ、きっと」
「まなったんは、真夏だからぁ~……」磯野波平は考える。「真昼間かっ!」
「そろそろ始まる……。みんな、用意はいいか?」
 風秋夕は、左隣の姫野あたると比鐘蒼空を一瞥してから、後部座席の宮間兎亜と御輿咲希、来栖栗鼠と天野川雅樂に向かって声を上げる。
「配信って事は忘れて、今日も声出して行こうぜみんな! 地蔵は今日も無しだ、いいな!」
 地鳴りのような歓声が答えた――。
「ようし…、気合入ってんな……。あと八分、一服しとこうかな……」
「夕、もう遅いよ。ライブ後の一服には付き合おう」
「俺さっき六本吸って来たからな、絶好調だぜえ!」
 姫野あたるは、巨大スクリーンを強い眼差しで見つめる……。
「伝説が、今また始まるでござる………」
 巨大スクリーンに、明治神宮野球場が映し出される――。
 樋口日奈が影ナレを始めると、歓声と盛大な拍手が上がった。『みんなで1つになって、最高のライブにしましょう~! またね~!』と、樋口日奈は明るい調子で会場を熱く温めてから、影ナレを終了とした。
 始まる――。左右、上方とステージに設置された巨大スクリーンに、次々に乃木坂46の映像が流れていく……。
 明治神宮野球場。
これからここを継ぐ者。
駆け抜けた夏の、最終日がやってきた――。
 オーバーチャーが流れ始め、真夏の全国ツアーの映像やMVの映像が次々に流される……――。オープニング映像では、海辺の綺麗な砂浜に『真夏の全国ツアー2022』と砂文字を書いている白いシャツの制服姿の女の子がいる。女の子は両腕を広げ、高くジャンプした――。その子こそ、1期生の和田まあやであった。
 『神宮、ツアーラスト楽しむ準備できてんのかー! 全部出しきれー! せーのぉっ!』という賀喜遥香の壮絶な煽(あお)りから、最新曲『好きというのはロックだぜ!』が、賀喜遥香のセンターで始まる――。
 花柄のミニスカートが今期の乃木坂46の『好きというのはロックだぜ!』の正式な衣装パターンの1つであった。花火が発破した――。ステージに広がりを見せて踊る乃木坂46……。センターステージで円を描く。オーディエンスも一緒になり、タオルをくるくると勢いよく回した。曲の終盤では、金川紗耶が掛橋紗耶香のタオルを――。田村真佑が、早川聖来のタオルを――。五百城茉央が冨里奈央のタオルを――。それぞれ掲(かか)げる一幕があった。

「マジでヤバいこの曲っ! かっきー超主役してんじゃんか‼」風秋夕はタオルを振り回しながら笑顔で叫んだ。
「おおおーーっ! かっきー大好きだぜえぇぇーーっ‼」磯野波平は振り回したタオルを稲見瓶の顔面に当てながら叫び上げる。「かあっきーーーっ‼」
「なみ、なみへっ、…っ…ふう」稲見瓶は、タオルを小さく回したままで、リクライニング・シートに一度着席した。
「好きというのはロックだぜ、本当だなぁ!」天野川雅樂は、大興奮でタオルを振り回す。
「凄いよぉかっきーーーっ‼」来栖栗鼠は笑顔で叫び、全力でタオルを回す。
作品名:恐竜の歩き方 作家名:タンポポ