齋 藤 飛 鳥
齋 藤 飛 鳥
作 タンポポ
1
最強の夢をみたんだ――。誰にも奪えやしない、ずっと先の未来へと続くその路は、どうしようもなく運命であってほしくて、誰にも消せやしないほどに強く迸(ほとばし)る、幾つにも連なった輝く光の羅列で、手を伸ばしても届きはしない……。
けれど、見上げる事はできるんだ。祈り、願う事もできる。
それはいつか見た星空のようでもあり、太陽の下で見る、白日夢のようでもあった。
二千十五年十二月二日。真冬の太陽が、吐息を白く染める、ひんやりとした気温にもようやく肌が慣れてきた頃、低体温にじんとする手袋の中の指先を、強く握ってはまた放す事で、凍り付きそうな指神経の感覚を確かめるようにしてから、手袋をはずした。
学校制服のズボンのポケットに赤い手袋をしまって、代わりにスマートフォンを取り出した。
時刻はPM十五時を回りそうであった。
青山通りから聖徳記念絵画館に向かって続くその並木道に、月野夕(つきのゆう)は立っていた。146本の銀杏(いちょう)が植えられ、秋には黄金色のトンネルとなる美しいそこは、この十二月にも美しい紅葉の姿を見せてくれていた。
月野夕の背中側にて、しかめづらでスマートフォンを弄(いじ)くっている学ラン姿の磯野波平(いそのなみへい)が、ふと野生(やせい)の勘(かん)で、たった今月野夕が見つめたその前方を、同じく一瞥(いちべつ)していた。
月野夕と磯野波平と同じくらいの長身の、メガネをかけた制服姿の高校生が、二人の前で立ち止まっていた。
「稲見(いなみ)です。たぶん、夕、かな?」
「ああ、やっと初めましてだな、イナッチ」
月野夕と稲見と名乗った男は、初対面(ファースト・コンタクト)で固い握手を交わし合った。
「お前が稲見か?」
磯野波平は顔をしかめて、ふらふらと態度悪く、稲見と名乗った高校生にまとわりつく。
「おっすオラ悟空……」
「どうも、稲見です……。初めまして、磯野君、ですよね」
「あれ何でわかった忍者か‼‼」
月野夕はポケットにスマートフォンをしまって、呆(あき)れたような苦笑に近い笑みを浮かべる。
「まあさ、あんたの事もわかりやすく伝えておいたから……。ま、挨拶は後でじっくり。とりあえず、移動しよう。今度は六本木のアマンドだ、タクシー拾うぞ」
月野夕と稲見はさっそく歩き始める。紅葉のトンネルから注ぐ冬の木漏れ日が、歩く地面に奇跡のアートを作り出していた。
「待てよおい! 稲見、何だよ? 名前もまだ聞いてねえんだぜぇ?」
振り返った稲見に、磯野波平は手を差し出して、笑みを浮かべる。
「俺は波平ってんだ。磯野波平だ」
稲見は磯野波平に歩み寄り、握手を交わした。その鋼鉄で構成されていそうな硬い表情には、笑みが浮かべられていた。
「稲見、瓶(びん)です。よろしく」
齋藤飛鳥・乃木坂46卒業SP企画『齋 藤 飛 鳥』
タクシーの車内で、八月五日が誕生日である磯野波平以外の二人が、まだ十五歳である情報などを交換した。月野夕が十二月十六日生まれで、稲見瓶が同じく十二月の二十四日生まれとの事であった。
「アマンドの前で誰待たせてんだよ?」
後部座席には、左から、磯野波平、月野夕、稲見瓶、と着席している。磯野波平だけは面倒臭がってシートベルトを締めていなかった。
「姫野って男と、駅前さんって、女の子」
月野夕は苦しそうに答えた。彼は後部座席の真ん中に乗ると車酔いするという癖(へき)を隠して、そのポジションを選択している。
「誰だよそいつら……。んあ? 今、女の子、つったか!」
磯野波平は激しく反応をみせる。
稲見瓶は耳では聞いているが、その顔は車外の街の喧騒を眺めていた。
「23歳の、大学院生だよ……。言っとくが波平、こりゃコンパでもナンパでもないからな」
「わかってんよ~……、ふふん。んでその子の名前は」
「あたる」
「あ? たる?」
「姫野あたる。北海道から上京してきたばっかりの21歳の男だ」
「やそっちじゃねえよ! 野郎なんざどうでもいいんだよ君ぃ! エキマエちゃんの名前だろうが!」
「木葉、だったか、忍び、だったか。すまん忘れた……。つうか、窓開けていい?」
稲見瓶は運転手にことわって、すぐに窓を開けた。稲見瓶は無表情のままで、紺色のマフラーに顔まで埋める。
月野夕は窓から入り込む風に、肺胞の中の酸素をそっくり取り換えるようにゆっくりとした深呼吸を繰り返す。
六本木交差点には、乗車してから11分ほどで到着した。六本木交差点に面した老舗カフェは、待ち合わせにてお馴染みのアマンド六本木店であった。
〈ALMOND〉と飾られた看板の下の紅白の屋根が印象的なその店内の前に、三メートルの間隔を開けて佇む、一人の男と一人の女がいた。女は美しく、黒く艶のある髪が長かった。男はMA1を着込んでいて、迷彩柄のズボンと背に背負ったリュックサックが印象的だった。
月野夕と稲見瓶、面倒臭そうにする磯野波平は、MA1を着込んだ男の方へと歩み寄った。
月野夕は男に言う。
「合言葉は?」
「ん、え、えええ! あ、合言葉でござるか、そんな、あったでござったか合言葉!」
月野夕は、微笑む。
「夕だよ。姫野さんだろ?」
差し出された月野夕の手に、男は嬉しそうな笑みを浮かべて、両手で握手に応じた。
「小生は、確かに姫野あたるでござる。いやあ、はは、夕君、小生より背が高かったでござるか! ようやく会えたでござるなあ」
稲見瓶は、続いて、こちらを一瞥した姫野あたるに、手を差し出す。
「稲見です。よろしく」
「おお、初めまして稲見殿、小生は、姫野、と申します、でござる」
「なんだお前サムライかあ?」
磯野波平が態度悪く姫野あたるに絡み始めたところで、月野夕は、こちらの会話に反応をみせていたもう一人の綺麗な女に声をかけた。
「夕です。駅前さんでしょ?」
月野夕は快く、女に手を差し出した。
女は、照れ臭そうに、そわそわとしながら、視線を伏せて、その握手に両手で応じた。
「駅前です。駅前木葉(えきまえこのは)です……。げ、現実に、いたのね、夕君……。信じ、しん、信じられ、しんじゅられぬいっ‼‼」
駅前木葉と名乗った女は突然に、両手で月野夕と握手を交わしたままで、白目をむいて何かを強烈に威嚇(いかく)するかのように真っ白な歯をむきだした。
月野夕は大変に戸惑(とまど)う。稲見瓶も、事の異変に気づいたが、彼は傍観(ぼうかん)する事を選んだ。
「笑止!」
交差点にて待機してくれていたタクシーには、五人で乗り込んだ。助手席には、駅前木葉が乗った。後部座席には男四人である。左から、磯野波平、月野夕、姫野あたる、稲見瓶、である。
東京ミッドタウンの東急ストアで夕食パーティー用の買い物を済ませると、また待機してもらっていたタクシーに乗り込んで、今度は月野夕の契約している会社オフィス、兼、たまり場でもあるマンションへと移動した。買い物とタクシーの支払いは月野夕がさっさと済ませていた。
作 タンポポ
1
最強の夢をみたんだ――。誰にも奪えやしない、ずっと先の未来へと続くその路は、どうしようもなく運命であってほしくて、誰にも消せやしないほどに強く迸(ほとばし)る、幾つにも連なった輝く光の羅列で、手を伸ばしても届きはしない……。
けれど、見上げる事はできるんだ。祈り、願う事もできる。
それはいつか見た星空のようでもあり、太陽の下で見る、白日夢のようでもあった。
二千十五年十二月二日。真冬の太陽が、吐息を白く染める、ひんやりとした気温にもようやく肌が慣れてきた頃、低体温にじんとする手袋の中の指先を、強く握ってはまた放す事で、凍り付きそうな指神経の感覚を確かめるようにしてから、手袋をはずした。
学校制服のズボンのポケットに赤い手袋をしまって、代わりにスマートフォンを取り出した。
時刻はPM十五時を回りそうであった。
青山通りから聖徳記念絵画館に向かって続くその並木道に、月野夕(つきのゆう)は立っていた。146本の銀杏(いちょう)が植えられ、秋には黄金色のトンネルとなる美しいそこは、この十二月にも美しい紅葉の姿を見せてくれていた。
月野夕の背中側にて、しかめづらでスマートフォンを弄(いじ)くっている学ラン姿の磯野波平(いそのなみへい)が、ふと野生(やせい)の勘(かん)で、たった今月野夕が見つめたその前方を、同じく一瞥(いちべつ)していた。
月野夕と磯野波平と同じくらいの長身の、メガネをかけた制服姿の高校生が、二人の前で立ち止まっていた。
「稲見(いなみ)です。たぶん、夕、かな?」
「ああ、やっと初めましてだな、イナッチ」
月野夕と稲見と名乗った男は、初対面(ファースト・コンタクト)で固い握手を交わし合った。
「お前が稲見か?」
磯野波平は顔をしかめて、ふらふらと態度悪く、稲見と名乗った高校生にまとわりつく。
「おっすオラ悟空……」
「どうも、稲見です……。初めまして、磯野君、ですよね」
「あれ何でわかった忍者か‼‼」
月野夕はポケットにスマートフォンをしまって、呆(あき)れたような苦笑に近い笑みを浮かべる。
「まあさ、あんたの事もわかりやすく伝えておいたから……。ま、挨拶は後でじっくり。とりあえず、移動しよう。今度は六本木のアマンドだ、タクシー拾うぞ」
月野夕と稲見はさっそく歩き始める。紅葉のトンネルから注ぐ冬の木漏れ日が、歩く地面に奇跡のアートを作り出していた。
「待てよおい! 稲見、何だよ? 名前もまだ聞いてねえんだぜぇ?」
振り返った稲見に、磯野波平は手を差し出して、笑みを浮かべる。
「俺は波平ってんだ。磯野波平だ」
稲見は磯野波平に歩み寄り、握手を交わした。その鋼鉄で構成されていそうな硬い表情には、笑みが浮かべられていた。
「稲見、瓶(びん)です。よろしく」
齋藤飛鳥・乃木坂46卒業SP企画『齋 藤 飛 鳥』
タクシーの車内で、八月五日が誕生日である磯野波平以外の二人が、まだ十五歳である情報などを交換した。月野夕が十二月十六日生まれで、稲見瓶が同じく十二月の二十四日生まれとの事であった。
「アマンドの前で誰待たせてんだよ?」
後部座席には、左から、磯野波平、月野夕、稲見瓶、と着席している。磯野波平だけは面倒臭がってシートベルトを締めていなかった。
「姫野って男と、駅前さんって、女の子」
月野夕は苦しそうに答えた。彼は後部座席の真ん中に乗ると車酔いするという癖(へき)を隠して、そのポジションを選択している。
「誰だよそいつら……。んあ? 今、女の子、つったか!」
磯野波平は激しく反応をみせる。
稲見瓶は耳では聞いているが、その顔は車外の街の喧騒を眺めていた。
「23歳の、大学院生だよ……。言っとくが波平、こりゃコンパでもナンパでもないからな」
「わかってんよ~……、ふふん。んでその子の名前は」
「あたる」
「あ? たる?」
「姫野あたる。北海道から上京してきたばっかりの21歳の男だ」
「やそっちじゃねえよ! 野郎なんざどうでもいいんだよ君ぃ! エキマエちゃんの名前だろうが!」
「木葉、だったか、忍び、だったか。すまん忘れた……。つうか、窓開けていい?」
稲見瓶は運転手にことわって、すぐに窓を開けた。稲見瓶は無表情のままで、紺色のマフラーに顔まで埋める。
月野夕は窓から入り込む風に、肺胞の中の酸素をそっくり取り換えるようにゆっくりとした深呼吸を繰り返す。
六本木交差点には、乗車してから11分ほどで到着した。六本木交差点に面した老舗カフェは、待ち合わせにてお馴染みのアマンド六本木店であった。
〈ALMOND〉と飾られた看板の下の紅白の屋根が印象的なその店内の前に、三メートルの間隔を開けて佇む、一人の男と一人の女がいた。女は美しく、黒く艶のある髪が長かった。男はMA1を着込んでいて、迷彩柄のズボンと背に背負ったリュックサックが印象的だった。
月野夕と稲見瓶、面倒臭そうにする磯野波平は、MA1を着込んだ男の方へと歩み寄った。
月野夕は男に言う。
「合言葉は?」
「ん、え、えええ! あ、合言葉でござるか、そんな、あったでござったか合言葉!」
月野夕は、微笑む。
「夕だよ。姫野さんだろ?」
差し出された月野夕の手に、男は嬉しそうな笑みを浮かべて、両手で握手に応じた。
「小生は、確かに姫野あたるでござる。いやあ、はは、夕君、小生より背が高かったでござるか! ようやく会えたでござるなあ」
稲見瓶は、続いて、こちらを一瞥した姫野あたるに、手を差し出す。
「稲見です。よろしく」
「おお、初めまして稲見殿、小生は、姫野、と申します、でござる」
「なんだお前サムライかあ?」
磯野波平が態度悪く姫野あたるに絡み始めたところで、月野夕は、こちらの会話に反応をみせていたもう一人の綺麗な女に声をかけた。
「夕です。駅前さんでしょ?」
月野夕は快く、女に手を差し出した。
女は、照れ臭そうに、そわそわとしながら、視線を伏せて、その握手に両手で応じた。
「駅前です。駅前木葉(えきまえこのは)です……。げ、現実に、いたのね、夕君……。信じ、しん、信じられ、しんじゅられぬいっ‼‼」
駅前木葉と名乗った女は突然に、両手で月野夕と握手を交わしたままで、白目をむいて何かを強烈に威嚇(いかく)するかのように真っ白な歯をむきだした。
月野夕は大変に戸惑(とまど)う。稲見瓶も、事の異変に気づいたが、彼は傍観(ぼうかん)する事を選んだ。
「笑止!」
交差点にて待機してくれていたタクシーには、五人で乗り込んだ。助手席には、駅前木葉が乗った。後部座席には男四人である。左から、磯野波平、月野夕、姫野あたる、稲見瓶、である。
東京ミッドタウンの東急ストアで夕食パーティー用の買い物を済ませると、また待機してもらっていたタクシーに乗り込んで、今度は月野夕の契約している会社オフィス、兼、たまり場でもあるマンションへと移動した。買い物とタクシーの支払いは月野夕がさっさと済ませていた。