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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ1

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 夢想に思わずほわんと頬が緩んだ杏寿郎だが、聞こえてきたひかえめな咳払いで、ハッと我に返る。現実へと引き戻されてみれば、母の突き刺さるような視線が痛い。杏寿郎もガラにもない空咳などして居住まいを正した。
 現実を見よう。義勇がおとなしく守られているはずがない。
 争いごとが大嫌いなわりに、義勇はけっこう手が早い。平手の威力ときたら、杏寿郎でさえ吹っ飛びかけるほどだ。不埒な奴らを地に沈めるぐらい、義勇一人であってもお茶の子さいさいだろう。喧嘩沙汰になれば、杏寿郎とともに大暴れ必至である。
 いや、まずは杏寿郎へと鉄拳制裁がくだされる可能性のほうが、俄然高い。
 斯様に腕っぷしも端倪すべからぬ義勇だが、同時に周囲がヒヤヒヤするぐらいには、ポヤポヤともしている。親切ヅラで声をかけられれば、ホイホイと暗い路地裏に連れ込まれてしまう恐れは多分にあるのだ。

 うむ、やはり守らねばならん。幼いころからの俺の使命だ。必ずや義勇のそばに行かなければ!

もしもこの場に後輩でもいたのなら、決意を新たに拳を握りしめる杏寿郎をキラキラとした憧憬の目で見て「さすがは煉獄先輩……すごい気迫だっ」だの「おぉぉっ、主将の目に闘志の炎が見える!」だのと言うのだろうが、あいにくとここは煉獄家の座敷である。室内には杏寿郎がなにを考えているのかなどお見通しな家族しかいない。感心や憧憬など銀河の彼方だ。
 杏寿郎に関してのお見通し加減で言えば、義勇も相当なものではあるが、義勇本人にはとうてい知られたくない妄想である。万が一にもありえぬ話だと杏寿郎自身理解しているし、正直なところ鉄拳制裁で済めば御の字だ。冷静になってみれば、そんな事態を想像するだけで肝が冷える。思わず寒気を感じるほどに。

 ……いや、なんだか本当に寒い気が。

 冷気の出処に何気なく視線をやった杏寿郎の顔が、気づいたそれにヒクリと引きつった。日ごろは暖かな篝火を思わせる母の赤い瞳が、絶対零度のブリザードを放ってじっと杏寿郎を見つめている。正直、怖い。激昂する父よりも、静かな母のほうがよっぽど恐ろしい。実は雪女の末裔ですと言われたら信じそうになるレベルで極寒な視線に、冷や汗が流れる。
 ブルッと背を震わせた杏寿郎は、それでも意を決し、深く深く頭を下げた。
「義勇に迷惑をかけるような真似は、死んでもいたしません! どうか同じ大学への進学をお許しください!」
 もはや土下座だがかまうものか。矜持など義勇と過ごすバラ色のキャンパスライフの前では塵芥《ちりあくた》よりも軽い。
「おまえなぁ……同じ大学に入ったところで、義勇はおまえより二つも年上なんだぞ? 卒業してこっちに戻れば、残りの二年間はおまえ一人で暮らすことになるんだ。また離ればなれになるからといって、簡単に違う大学に編入などさせんからな」
「父上、俺と義勇は十五ヶ月差です」
 杏寿郎のズレた返答に、父の眉根がギュッと寄せられた。
「それぐらいどうでもいいだろうが」
「よくありません。二歳差ではなく十五ヶ月差です。二年と十五ヶ月ではまったく違います! いま俺は十八で義勇は十九、一つしか違いません! なのに学年は二つも離れてしまう……早生まれという日本の教育制度には多大な欠陥がある! せめて飛び級制度を組み入れるべきだと俺は思う! 父上もそう思われませんか!」
 杏寿郎の主張は、もう何度目なのか。杏寿郎としては何度訴えても言い足りないが、父にとっては耳にタコらしい。いかにもげんなりとして見える。
 だが、そこは間違えないでもらいたい。二月生まれの義勇はたしかに杏寿郎の二学年上になるけれど、生まれ年は一つしか違わないのだ。杏寿郎にとって九ヶ月の違いは些細ではない。
 義勇が二つ年上になるのは、五月にある杏寿郎の誕生日までの三ヶ月きり。一年のたった四分の一だ。なのに二学年差。解せぬ。
 おかげで中学も高校も、一緒に通えたのは一年きりだ。なんともやるせないことこの上ない。世の不条理を嘆くのも当然ではないか。
 それでも別の学校に進むなどという選択肢は杏寿郎にはなく、高校受験の際にも、義勇が通っているという理由で今の高校に決めた。就学中に飛び級制度が制定される僥倖《ぎょうこう》に恵まれた場合を考え、成績だって上位をキープしている。
 結局高校を卒業するこの年になっても、日本の教育制度が変わることはなかったが。

 あぁ、幼稚園のころはよかった。行き帰りはもちろん、お遊戯やお昼寝も義勇のクラスに混ざって一緒にいるのを大目に見てもらえたのだから。匙を投げられたと言えなくもないが結果オーライだ。問題なし。

「わかったわかった! おまえのそれはちっとも変わらんな。だが、十五ヶ月の差はどうしようもないだろうが。義勇が卒業したあとはどうするつもりだ」
「それに関しては心配無用です! 義勇は院に進んで、公認心理師の資格を取る予定なのです。修士課程修了はちょうど俺の卒業と重なりますから、四年間同じ学校です! ……それに、もし義勇が院に進まなくとも、あちらには蔦子姉さんがいますから。義勇もあちらで就職するかもしれません」

 最後の言葉はシュンと肩が落ちた。一緒にいられる時間が増えるのはいいが、杏寿郎が卒業すれば結局は離ればなれになってしまう恐れは十分にある。先のことはわからないとはいえ、確定事項は存在するのだ。
 杏寿郎は煉獄家の嫡男だ。ごたいそうな家系でもないが、それなりの旧家には違いない。跡取りである杏寿郎が、家から遠く離れて就職するというわけにもいかないだろう。
 けれどもそんなしがらみなど、義勇には関係ない話だ。

 俺がいるこの街で暮らすという選択肢は、義勇にはないのかもしれない。いや、よもやそれはあるまい。いやいや、義勇は将来を決める大事な選択に、情を挟むことなどないだろう。いやでもそれはどうなんだ。将来というなら俺の存在は重要なファクターなはずだ。……はずだが……義勇のことだから、楽観は許されない。義勇の思考回路は時に突拍子もない方向へ進むのだから。

「うぅむ……たしかにそれは言えるな。蔦子ちゃんが幸せになってくれたのはよかったが、義勇までいなくなったままでは、寂しいかぎりだ。できれば戻ってきてくれるといいが……」

 腕組みしてしみじみと言う父は、すっかり杏寿郎の進路など頭から抜け出ている。父もしょせんは義勇とその姉である蔦子に甘いのだ。
 不遇な境遇にあった健気な姉弟をなにくれとなく面倒を見てきた父と母にとっては、義勇たちだって我が子同然である。蔦子の嫁入りの際にも、結婚式をする余裕はないからと遠慮するのを説き伏せ、ならば我が家で昔ながらの式をすればいいと質素ながらも式を挙げさせ送り出したほどだ。

 母が嫁入りに着た打ち掛けをまとった蔦子は、とてもきれいだった。

 父と母を二人目のお父さんとお母さんと呼び、ありがとうございましたと泣きながら笑った蔦子は、今まで杏寿郎が見たなかで一等幸せそうだった。意外と涙もろい父はもちろん、常に冷静な母でさえ涙ぐんだのは言うまでもない。