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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ2

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 イルミネーションイベントは、日も高い時刻では意味がない。まずは杏寿郎が予定していた金魚の水族館に行ってみようと、もらったガイドマップを二人で覗き込む。
 水族館は単独の施設ではなく、敷地内にある美術館に併設されているらしかった。

「あっちみたいだな。行こうか!」

 迷わず差し出された手に、ちょっとだけ義勇はためらった。だが逡巡は短い。
 だってクリスマスだし、デート中なのだ。あまりジロジロと見られるのは困るが、それでも恋人同士であることを否定したくはない。そもそも見られたところでどうせ見ず知らずの他人ばかりである。自分の羞恥心よりも、杏寿郎の笑顔のほうが義勇にだって大事だ。
 伸ばされた手をそっと握れば、杏寿郎はたちまち笑み崩れる。あんまり幸せそうで、義勇の頬が熱くなった。
 トクトクと鼓動が忙しない。キュンッと胸が甘く痛んだりもする。
 胸にあふれかえる好きという言葉がこらえきれなくなる前に、義勇は、ごまかすように冊子へと目線を落とした。
「温泉もあるんだな。いろいろ運動もできるみたいだし……あ、セグウェイに乗れるのか。不死川が乗ってみたいって言ってたよな。写経体験なんかもあるぞ。伊黒がやりたがりそうじゃないか? 工作系のワークショップも多いし、つぎは宇髄たちも誘ってこようか」
 めずらしく饒舌になった義勇になにを思ったか、杏寿郎から苦笑の気配が伝わってくる。
「義勇」
 静かな呼びかけとともに繋いだ手を引き寄せられ、息を呑んだ。
 とっさに見つめれば、わずかばかりの稚気をにじませつつもやけに艶のある眼差しが、義勇を見据えていた。
 スッと唇の前に指を立て、杏寿郎の唇がゆるりと弧を描く。

「たとえ宇髄たちでも、今日ばかりはほかの男の名は禁句だ。今日は、俺だけを見て、俺のことだけ考えてくれ」
 言葉にならず、キュッと唇を噛むと、義勇は少し上目遣いに杏寿郎をにらみつけた。
 かわいいままでいてほしいのに、これだから杏寿郎は侮れない。ドギマギさせられ、ちょっぴり悔しくもなる。
 だが、反発するのもなんだか大人げない気がしなくもない。
 ヤキモチ焼きなワンコのわがままだと思えば、かわいいものではないか。自分に言い聞かせつつ、義勇は精一杯平静を装い「わかった」とそっけなく言ってみせた。
 とはいえ、勝手に赤くなった頬や耳は隠しきれていないだろう。寒いからだと自分自身へ言い訳するのも苦しいほど、火を帯びたように熱い。
 それが証拠に、杏寿郎はクスッと忍び笑っている。
 こんなふうにときどき杏寿郎が余裕綽々な態度を見せるようになったのは、いつからなのか。中学生のころにはまだ、義勇の機嫌を損ねたかもしれないというだけで、大きな目を潤ませていたくせに。思えばやっぱりおもしろくない心地もする。いまだにときおり同じ反応をするのもいただけない。
 おまえを嫌うはずがあるか、俺を信用しろ。言ってやるのは簡単だが、結果なんてわかりきっているから義勇は言わない。義勇がなにか言う前に、杏寿郎がサッと気持ちを切り替え笑うのもわかっている。瞳の奥は泣き出しそうに揺らいだままであってもだ。

 だけど、杏寿郎は泣いたりしない。笑いすぎて涙ぐむことはあっても、悲しいつらいと涙を流すことはない。今までの人生のほとんどをともにいる義勇でさえ、杏寿郎が泣くのを見たのは三度だけだ。うれし涙が二度、悲しい涙は一度きり。その一度も半分以上は悔し泣きだったように思う。

 チラッと視線だけでうかがい見た杏寿郎の顔は、もういつもどおりに見える。センサーの感度が戻ったらしい。パッと明るい笑みを浮かべると、杏寿郎は、義勇の手にした冊子を覗くそぶりで顔を寄せてきた。
「空いてるといいんだが」
 顔の近さはいつものことだが、杏寿郎の声量は控えめだ。なんとはなしソワソワとしているようにも聞こえる。
 ん? と小さく首をかしげ無言で義勇が見つめると、杏寿郎の頬にもほわりと朱が散った。
「あの……ここには、ソファが置かれた場所があるらしいんだ。座って金魚が見られる」
 常にはない言いよどむ様に、それで? と沈黙と視線で問えば、杏寿郎の顔がいよいよ赤くなった。
「愛のパワースポット、と、言われてると……」
 めずらしくも消え入りそうな声だった。いかにも恥ずかしげでありながらも期待のこもった眼差しは、そらされることなく義勇を見つめたままだ。
 クゥーンと甘え声が聞こえてきそうな風情には、先ほどのどこか艶めいた男臭さは感じられなくなっている。

 あぁ、よかった。やっぱりまだまだかわいいままだ。

 抑えきれないときめきと歓喜に、義勇の目が我知らずゆるりと細まる。
「……空いてたら、座るか」
「うむっ! 義勇と座りたかったんだ!」
 笑顔が眩しい。セットされた前髪がうなずきに揺れた。なんだかピンと立てられた犬の耳みたいだ。そんなに振るとしっぽがちぎれちゃうぞと、本当にはない尾を心配しそうになるほど、杏寿郎は喜びを隠さない。
「行こう! 楽しみだな!」
「クリスマスだし、空いているとはかぎらないぞ」
 はしゃぐ声音がかわいくて、つい澄まし顔で言ってみれば、たちまち杏寿郎は唇をとがらせる。こんなふうにすねた顔を杏寿郎が見せるのは、義勇や友人たちの前だけだ。心許した者にだけ見せる、素の表情。頻度は義勇に対してがダントツに多い。義勇の前では背伸びして隠そうとしているようだが、隠しきれちゃいないのだ。
「むぅ……そのときはしかたないが、でもきっと大丈夫だ! 俺は義勇と出逢えたうえに、恋人にまでなれたぐらいだからなっ! 運の良さは折り紙付きだ!」
「……馬鹿」
 甘くなじれば、杏寿郎はいっそう喜悦をあらわに笑う。歩きだす足取りも、弾んでいた。

 出逢いは幼稚園。義勇より小さかったあのころからすれば見違えるほど、杏寿郎は大きくなった。たくましく、賢く、強くなった。もう義勇と背丈だって変わらない。
 なのに、何年経とうと義勇のことが大好きな気持ちはちっとも変わらない杏寿郎に、うれしいのと同時に義勇は、ほんのちょっぴり怖くなる。

 幸せだから、ちょっと怖い。変わらざるを得ない出来事が、いつか襲いかかってきそうで。

 俺さえしっかりしていれば大丈夫だ。自分にしかと言い聞かせ、義勇はやわらかく笑うとうなずいてみせた。
「パワースポット、空いてるといいな。今日は特別だから、俺も杏寿郎と座りたい」
「っ! う、うむ! 恋人になって初めてのクリスマスデートだからな!」
「声が大きすぎだ。鼓膜が痛い」
「あ、すまん!」
 だから、と、呆れた調子で笑えば、杏寿郎も照れくさそうに笑う。
 そう。今はただ、幸せに酔えばいいのだ。恐ろしいことはまだ、起きてはいないのだから。

 隠しきらなきゃ。不安と怯えを心の底に沈め、義勇は杏寿郎の手をキュッと握りしめた。冬だというのに、杏寿郎の手は少しだけ汗ばんでいた。