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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1

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 杏寿郎は去年だっていろいろと考えていたに違いない。今日のようにホテルディナーだなんだとまではいかずとも、義勇を楽しませるのだと張り切っていたはずだ。だというのに、やっと正月に逢えたときには、平手打ちまでしたし……。
 だんだんと義勇のほうこそ落ち込んでくる。
 それでも、嫌われたらどうしようとは思わない。そんな言葉はやっぱりちっとも浮かんでこない。悔しくて悲しくもなるのは、杏寿郎が落ち込むことに対してだけだ。
 杏寿郎が義勇を嫌うことなど決してないと、義勇は知っている。義勇だって、たとえ太陽が西から昇ることがあろうとも、杏寿郎を嫌うなどありえない。けれど、杏寿郎はそれを信じていないのだ。
 嫌われたらどうしよう。義勇のなかにはないその不安を、杏寿郎だけが抱えている。信じさせてやれない自分にこそ、義勇は後悔していた。悔しさは計り知れない。

「……すまん! 慣れないことはするもんじゃないなっ。でも、ちゃんと大人になるから、待っていてくれ。お互いしわくちゃのお爺さんになっても、一緒にいたいと思わせてみせる」

 グッと眉を寄せた顔は泣き出しそうだったくせに、すぐにカラリと笑って杏寿郎はそんなことを言うから、義勇のほうこそ泣きたくなる。
「そんなの……とっくに思ってる」
「っ、そうか! うん……約束したものなっ。ずっと、いつまでだって一緒にいると、指切りしたんだから」
 月にかかる薄雲のようなかすかな陰りを瞳に残しながらも、杏寿郎は、噛みしめるような声で言い笑う。
 コートを脱いでスタイルがはっきりわかると、杏寿郎の成長を実感する。身長こそ義勇とほぼ同じでも、杏寿郎の体格はもうすっかり大人の男だ。内面はまだまだ幼さを残しているけれど、こんな表情一つでさえも、ずいぶんと大人びた。義勇の目には眩しいくらいに。
 けれど、どれだけ大人になったって、きっと杏寿郎を杏寿郎たらしめる本質は、いつまでも変わらないのだろう。それこそお互いに白髪頭の老人になっても。
 義勇にとっては浮遊感を覚えるほどにうれしいその確証は、けれども、同時にそれこそが恐ろしいとも思う。

 だからリードは手放せない。しっかり握って、決して手放してはいけない。なにがあっても自分の手につないでおかなければ。でないと杏寿郎から引き離されてしまう。

 ときめく胸とかすかな不安。見果てぬ未来は喜びに満ちていると信じたいのに、危惧は消えないから、かすかに睫毛が震える。
 答える言葉がとっさには見つからず黙り込んだ義勇に、杏寿郎の顔に不安がよぎるより早く、エレベーターが止まった。静かにドアが開く。
 世界から切り取られたかのような二人きりの空間から、俗世へと投げ出される刹那の戸惑いは、お互い様だったろう。虚を衝かれた義勇同様、杏寿郎も、一瞬だけ呆けた顔をしていた。
 だが、我に返るのは杏寿郎のほうが早い。いつだってそうだ。義勇を守ることを至上の命題としている杏寿郎は、常に義勇の半歩先を歩もうとする。手をつないでいてでさえそうなのだ。義勇を守る盾となり、義勇を傷つけるものを排除する剣となるべく。それは外面的なものだけではなく、内面でも同様だ。

「新幹線のなかで確認したんだが、今日の前菜は鮭らしいぞ。ツイてるなっ」
 杏寿郎の纏う空気は、完全に切り替わっている。いつもとまったく変わらぬ、お日様みたいな笑顔だ。義勇の肩からも知らず力が抜けた。
 フロントに着いた時点で予約時間ギリギリだったが、店の前にはまだ何組かの客が案内されるのを待っていた。お互い五分前行動が染みついているだけに、遅刻したかとちょっぴりヒヤヒヤしていたけれど、助かった。
 通路に用意された椅子に腰掛けるなかには、予約していない客も多いようだ。予約客がスムーズに案内されていない理由は、この混み具合もあるんだろう。盛況でなによりだ。クリスマスだというのにがら空きでは嫌な予感しかしないが、これなら味も期待できるというものだ。
 クリスマスだからか客はカップルが多い。杏寿郎が店員に予約を告げるあいだも、人々の意識は連れにだけ向けられみな笑顔だ。
 とはいえ、席に着く順がまた遅れるとでも思うのか、反射的に向けられた視線を頬や背中に感じる。多くはすぐに離れていったが、なんとなく値踏みめいた気配がいくらかまとわりついている気がしないでもない。義勇が感じ取れるものを気配にさとい杏寿郎が気づかぬわけもなく、たちまちかわいいワンコから義勇のガーディアンへと早変わりだ。
「人混みは苦手だろう? あちらで待とう」
 スッと腰に触れて人だかりから離れるよううながす仕草に、義勇はパチリとまばたいた。だけど、抗う気にはなれないし、ねめつけもしなかった。リカバリーだって杏寿郎は早い。落ち込みを引きずらないのだ。内心はどうあれ、少なくとも義勇の前では絶対に、落ち込んだままでいたりしない。

 宇髄の作戦どおりにドキリとしたのは、内緒にしておきたいけれども、さてどうしようか。

 向けられる視線は男女半々くらいだろう。客層はカップルが七割、女性グループが二割、残り一割は家族連れといったところか。男性同士での来店は義勇たちだけらしい。
 家族連れやカップルはすぐに義勇たちへの関心を失ったか、互いの会話へと戻っている。けれどもまだ、視線を感じる。こちらをチラチラと見ながら耳打ちしあっている女性たちの頬は、傍目にも少し赤らんで見えた。杏寿郎の気配が少しだけ威圧感を帯びたのを感じ、義勇は思わず肩をすくめたくなる。
 きっと無意識にだろうが胸を張り、穏やかな笑みはそのままにグッと顎を引きいかにも威風堂々と歩く杏寿郎の姿は、惚れ惚れするほど男っぷりが上がっている。牽制のつもりなんだろうなと、義勇は少しの呆れを口の端にのせた。
 あの人たちが見ているのは杏寿郎に決まってるのに。俺がモテるなんて馬鹿げたことを考えてるのは、絶対におまえだけだ。
 だから、牽制する権利はこちらにこそあるはずだ。
 義勇は小さな声で少しいたずらっぽくささやいた。
「サツマイモは? こういう店でわっしょいって叫ぶのは駄目だぞ?」
「……気をつける」
 また子供扱いされたと思ったんだろう。杏寿郎の声音も表情も、憮然としそうな己を抑える気配がしている。そんなさまにこそかすかに安堵すれば、ついクフッと忍び笑いがこぼれた。とたんに腰を抱く手にわずかばかり力が込められ、気を悪くしたかと視線をやれば杏寿郎はなぜだか真顔だ。
 昔からこういう反応はたびたびあったけれど、恋人になってからはとみに増えた。義勇はいつもキョトンとしてしまう。
「義勇、錆兎さんたちがいないときに、人前でそういう笑みを見せてはいないか?」
「約束しただろ。ちゃんと守っている」
 昔はまだうっかりも多かったが、今では無表情がデフォルトなぐらいだ。だいいち、今は杏寿郎が一緒ではないか。笑おうとふてくされようと、注意される筋合いはない。口をへの字にして義勇がむくれると、杏寿郎はいかにもホッとした様子で笑った。
「それならいいんだ。あ、入れるみたいだぞ」
 ご機嫌な顔になってくれたのはいいけれど、なんなのだ。
「手」
「……むぅ、やっぱり駄目か。残念だ」