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にゃんこなキミと、ワンコなおまえ4-1

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 ホテルレストランのディナーともなれば、さぞ高級感があふれているかと思いきや、店内はそこまで堅苦しさを感じなかった。ムードを壊さぬよう誰もが努めているものか、大声でウェイターを呼びつける無粋な者は皆無だ。小さい子たちもお行儀よく座っている。緊張はするものの、落ち着いた空気だ。
 ドレスコードもないらしく、店内にはカジュアルな格好が目立つ。もしそんなものがあれば、ジャケット着用ではない義勇たちだって門前払いだっただろう。記憶にあるマナーを頭のなかで思い起こし義勇は胸を撫でおろした。二年前に一度習ったきりだけにいくぶん記憶は曖昧だが、格式高い店というわけではないようだからなんとかなるだろう。

 義勇たちが通った高校には年に一度、社会に出たときに困らないようにというお題目で、学年問わず希望者のみ参加なテーブルマナーの課外学習がある。面白そうだなと杏寿郎が目を輝かせたから、渋る不死川や伊黒も一緒に四人で参加した。マナーよりもむしろ、本物のフランス料理を食べられるという触れ込みが効果大だったんだろう。わりあい参加者は多かった。
 自分が将来フランス料理店を訪れる事態など想像もつかず、食べることばかりに気を取られた授業だったけれど、それでもうっすらとマナーは覚えている。

 たぶんだけれど、杏寿郎のマナーは今のところ完璧だ。一番食べることに集中していた杏寿郎が講習内容を完全に覚えていたとは……なんて思うわけがない。テーブルマナーまで完璧とは、宇髄天元恐るべし。優美さと猥雑さを絶妙にブレンドした優男が、頭のなかで「当然だろう、俺様を派手に崇め讃えろ」と高笑いしている気さえする。

「……特訓しただろ」
「バレたか。宇髄に習った。さすがに料理は本物じゃなかったがな。宇髄が作ってくれた食品サンプルのようなやつを使ったんだが、やけに本格的だったぞ。見てると腹が鳴って困った」
 ハハハと快活に笑う声も、少し控えめだ。高級感はあれどもカジュアルな店だが、いつものトーンで笑えば迷惑になると肝に銘じているんだろう。
「いつもと違って、俺の後ろを歩くからビックリした」
 着席も義勇が腰掛けるのを待ってだったし、周囲を見回せばコートを椅子の背に掛けてる人らもいるがなんだか客も給仕も邪魔そうで、クローク利用は正解だったと思い知った。
 席につくのもちゃんと左側からだ。少し年配のウェイターが浮かべた微笑みは、お愛想ばかりではないだろう。義勇もなんとはなし鼻が高い。杏寿郎はやっぱり血統書付きだ。
 だけれども、だ。
「俺はエスコートする立場だからな。宇髄に気をつけろと言われたんだ」
「禁句」
 食前酒代わりのジンジャーエールに口をつけながら、義勇がぶっきらぼうに言うと、杏寿郎の目がパチパチとしばたかれた。キョトンと首をかしげる仕草は、ゴールデンリトリバーの仔犬みたいだ。かわいいけれども、ほだされてやるにはやっぱりちょっと面白くない。
 なんのことだかわかりませんと見開かれた目が、目まぐるしく記憶を探っていることを伝えてくる。
「錆兎が」
「うん?」
「俺の誕生日に旅行しようかって言うんだ。おまえも受験だし、こられないだろうからって」
「なっ!」
「大声禁止。あぁ、村田にも、車やバイトのお礼をしないとな。村田が見たがってた映画を一緒に観に行こうかと思うんだが」
 目をむいた杏寿郎に澄まし顔で言えば、杏寿郎の眉がムッとしかめられ、すぐさまへにゃりと下がって、ついでこらえきれぬと言わんばかりの笑みが浮かんだ。
 くるくる変わる表情は、まさに百面相としか言いようがなくて、義勇はムズムズとしてくる唇を懸命にこらえた。
「ほかの男の名は禁句だったな。すまん、義勇がヤキモチを焼いてくれるとは思わなかった」
「……俺だって、嫉妬ぐらいする」
 ふにゃりとうれしそうに笑う顔が、どこか幼い。スマートな大人の仕草にもドキドキしたけれど、それよりもっと義勇の胸をキュンと締めつけるのはこの笑顔だということに、杏寿郎が気づくのはいつだろう。知られないままでもいいけれど。
 恋心も執着も自分のほうがずっと大きいと、きっと杏寿郎は信じている。そんなことないのに。どれだけ義勇が杏寿郎のことを好きでたまらないのか、肝心の杏寿郎だけが気づかないのだから、高感度冨岡センサーの精度も当てにはならない。
 好きだよと、たやすく口にできなくなったのは義勇自身だから、しょうがないのだろうけれども。恋だと自覚してからは、今までのように大好きと笑うのがちょっぴり恥ずかしい。
 だけど気持ちはまるで変わりがない。むしろどんどん大きくふくらんで、あふれかえっている。大好きなんて言葉じゃ足りないくらいに。
 愛してるでも、きっと足りない。好きの最上級が愛してるなら、この気持ちを伝える言葉は愛してるになるのだろうけれど、それでもやっぱり足りやしないから歯がゆくもなる。
 でも、愛してるですら面と向かっては言えないのだ。愛してるなんて伝えてしまったら、歯止めが効かなくなりそうで怖かった。
 あんまり無邪気に恋に酔うのは駄目だ。杏寿郎まで抑えを忘れる可能性がある。そうなれば、今まで以上に嫉妬心や警戒心もふくらむだろう。それは避けなければならないのだ。
 だからそんな文言は、口にしないにかぎる。少なくとも今しばらくは、言わずに済めばいいと願っている。お守りのように胸のうち、大切に抱きしめているだけでいい。



 展望の良さが売りのスカイラウンジだけあって、予約席はすべて窓際だった。高原の澄んだ空気のなかでは、星々のきらめきも密度を増して見える。
 地上を彩るイルミネーションは、天上の星以上にきらびやかだ。遠目に見えるカラフルな光の放射はショーのライトだろう。客席からもときおり小さな歓声があがっている。サプライズ感がなくなったと無念そうに杏寿郎が嘆くのに笑い、近くで見るのが楽しみだと言えば、たちまちうれしげに微笑むから義勇の胸にも幸福感が満ちた。

 クリスマスリースに見立てた華やかな鮭の前菜に舌鼓を打つ。料理の写真を撮る習慣などお互いない。きれいだな、うまいなと、笑顔で健啖家っぷりを発揮するだけだ。じんわりと身にしみる熱さのオニオングラタンスープは、お互いちょっぴり行儀悪く、ウェイターの目を盗んでフゥフゥと冷ましてから。クスクスと共犯者の笑みを浮かべあう。
 魚料理にあわせた白ワインやメインの肉料理に供されるはずの赤ワインが、それぞれ白と赤のぶどうジュースなのは、ご愛嬌ってものだろう。だってお互いまだ未成年だ。
 年齢をごまかさず伝える杏寿郎の生真面目さは、興ざめになどならず、義勇にとっては好ましいばかりだ。
 杏寿郎がいつもの調子で「うまい!」と言わずにいるから、食事は常になく静かだ。義勇はもともと食べながらでは話せないので、いつもなら杏寿郎がうまいうまいと言うのに助けられている観がある。それでも、静かに微笑みあいながらささやき交わす食事は穏やかで、胸の奥がやさしいぬくもりで満たされる心地がした。