K&M リターンズ!
「…大概のことでは驚かんトシになったんじゃが……」
極彩色の壁画に薄暗い照明。
実用的な家具といえるものはほとんどない部屋の中で、老人はソファに座ったまま呟いた。
彼の傍らで休んでいたオウムも、目をまん丸にしておちつかなげにしている。
目の前に立っているものは、確かに彼の長い人生の中でも初めて見る風貌だった。
「お初にお目にかかります、プロフェッサーK。アブレラと申します。
…失礼ながら、我々のような宇宙人を見るのは…」
「うむ、初めてじゃ。長生きはするもんじゃな。ちと失礼するぞ」
老人--プロフェッサーK--は興奮気味にそう言いながら、傍らにあったスケッチブックに、使い込んでだいぶ短くなった鉛筆を滑らせる。
「……ほほう?」
のぞき込んだアブレラが思わず感嘆の声を上げた。
鉛筆の荒いタッチのみではあったが、彼自身のディテールを素早く的確に捉えたデッサン画だ。
「ソックリ、ソックリ」
オウムがややぎこちなくうなずきながら甲高い声を上げる。どうやらこのオウムはロボットのようだ。
人語を解し、意志を伝えることもできるらしい。
Kはスケッチブックを置くと、立ち上がって壁際のスイッチを入れた。
と、壁の一部がスクリーンに変わり、風景が映し出される。
ビル街、公園、住宅地…数分ごとに景色は入れ替わり、リアルタイムに都会のひとときを見せていた。
「ワシのことはどのぐらい聞いておるかな」
「はあ…犯罪組織テンタクルの首領にしてロボット工学の天才、それと…」
「それと?」
Kの顔にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
意志の読めない宇宙人の口調に、明らかな「しまった」というひびきがあったからだ。
「その…大変ユニークな方でいらっしゃる、……と」
「宇宙人の割には行儀がいいのお。どうせ稀代の偏屈だの変人だのなんだのと言われておるんじゃろ。
まあ、実際そうなんじゃから仕方はないわい。
犯罪組織テンタクルなどとご大層な名前を付けてはいるが、いまのところはワシとこのオウムロボ、
あとはわしの作ったロボットが何体かいるばかりの、いわば零細組織じゃよ、かっかっか」
(食えないジジイだ)
アブレラは一瞬言葉を飲み込んで、呵々と笑うKの背中を眺めていた。
それに気付いたのかどうか、Kはニヤニヤと笑い顔のままで、アブレラに向き直る。
「それで…なにかワシに用事があるらしいとうかがったが、いったいどんな用がおありかな」
「……子供がお嫌いと伺いましてね…」
「こ、子供じゃと!」
ガタン!とKが椅子を蹴って立ち上がった。
オウムが「アチャー」と人間そっくりの仕草で顔を覆う。
「嫌いのなんのという段ではないわ!こ、こ、こ、こ…子供など、こど、こど……っっっっっくあ、っくしょおおおん!!!」
Kは発情期の鶏そっくりの声を上げたかと思うと、次の瞬間には顔面をくしゃくしゃにして盛大なクシャミをぶちまけた。
「っくしょっ、ああっしょおっ!」
「ぷろふぇっさー、コドモキライ。コドモアレルギー。コドモミルト、クシャミトマラナクナル」
オウムが申し訳なさそうにアブレラに言う。
「存じておりますとも。それをふまえた上で、是非プロフェッサーのお力を拝借したいと思いまして」
------------------------------------------------------------------------------------
数日後。
下町の小さなオモチャ屋の前を、下校途中らしい子供達が通りがかった。
「あー、ねえ!あれ!」
ひとりが指さした先には、手書きらしいポスター。
『新作カード、入荷!早い者勝ち!』
「へえ、なんだろ?」
ポスターの前に集まった子供達の気配を察したのか、店の奥から小太りの店主が顔を出した。
「おじさん、このカードってなに?」
「きょう入ったばっかりの新作だよ。坊や達が一番乗りだから、特別にひとり一つずつ、あげちゃうよ」
「えっ、タダでいいの?」
「いいともいいとも。ほら、持っていきな」
店主は傍らにあった段ボールから、黒いパックを数個取り出した。
いわゆる「ブースターパック」のサイズだが、その表面にはゲーム名もイラストもない。
だが子供達はそんなことを気にする風でもなく、我先にと袋を開け始める。
ところが。
「……あれ?真っ白だ」
「僕のも…」
「わたしのも。おじさん、これ、不良品じゃないの?」
確かに、子供達の手には、上下2分割のフレームだけが印刷された白紙のカードばかり。
…店主の唇がにっと左右につり上がった。
「いいや…」
店主のまるまっちい指先が、ぱちんと音を鳴らした。
それと同時に、子供達の手にしていたカードがもこもこと不気味に蠢きはじめる。
「なに!?」
慌てて手を離した子供達だったが、カードの異変がそれより早く子供達を襲った。
カードはたちまちのうちに子供達の手から腕、上半身、それから全身を包み込むほどの大きさに広がり、逃げようとした子供達を次々に、まるで海苔巻きのように包み込んでしまったのだ。
「うわあ!」
「きゃあ!」
黒い塊はもこもこと動いていたが、すぐに動きを止め、小さなカードに戻る。
そこには子供達の姿はなかった。
店主は床に散らばった数枚のカードを拾い上げると、一瞥してにやりと笑った。
今まで白紙だった面に、いつの間にかイラストが書き加えられている。
写実的なイラストはよく見れば、先ほどまではしゃいでいた子供達にそっくりだ。
「大成功…」
店主はエプロンのポケットにカードをしまいこみ、店の奥をちらりと見やってから悠然と店を出た。
「むぐ、むぐ、うぐーーーー!」
オモチャ屋の奥の六畳間で、シャツとトランクス姿の男が縛り上げられ、うめいている。
その姿はたったいま店を出ていった店主によく似て、いや、店主にうり二つだった。
----------------------------------------------------------------------------------
「おー、ホッホッホッ」
Kはいつになく上機嫌だった。
手にしたカードをためつすがめつしながら、クラシックのレコードをBGMにワインをたしなんでいる。
子供達の泣き顔が写し取られたカードを満足そうに眺めている前には、アブレラとひとりの男の姿があった。
「素晴らしい、素晴らしい。こうして子供の泣きっ面をいつまでも眺めていられるなぞ、極楽じゃ。
ほれ、ほれ、もっと泣いてみい」
指先でカードをはじくと、中に閉じこめられてしまった子供達の泣き声が聞こえはじめる。
「お気に召されたようで」
アブレラはグラスを受け取りながら、横でたたずむ男を見やった。
男が左手の指輪を軽く回すと、見る間にその姿はアリエナイザーへと変わる。
「感謝してますぜ、プロフェッサー。このメタモリングってなたいしたもんだ。姿を変えられさえすりゃ、もうしばらくこの星でほとぼりを冷ませそうだ。
なにせこちとら、95もの星で指名手配喰らってる身だもんでね」
「ギブアンドテイクというヤツじゃな。なんにしろ、気に入ってもらったようで良い良い。ワシも良い気分じゃ。
極彩色の壁画に薄暗い照明。
実用的な家具といえるものはほとんどない部屋の中で、老人はソファに座ったまま呟いた。
彼の傍らで休んでいたオウムも、目をまん丸にしておちつかなげにしている。
目の前に立っているものは、確かに彼の長い人生の中でも初めて見る風貌だった。
「お初にお目にかかります、プロフェッサーK。アブレラと申します。
…失礼ながら、我々のような宇宙人を見るのは…」
「うむ、初めてじゃ。長生きはするもんじゃな。ちと失礼するぞ」
老人--プロフェッサーK--は興奮気味にそう言いながら、傍らにあったスケッチブックに、使い込んでだいぶ短くなった鉛筆を滑らせる。
「……ほほう?」
のぞき込んだアブレラが思わず感嘆の声を上げた。
鉛筆の荒いタッチのみではあったが、彼自身のディテールを素早く的確に捉えたデッサン画だ。
「ソックリ、ソックリ」
オウムがややぎこちなくうなずきながら甲高い声を上げる。どうやらこのオウムはロボットのようだ。
人語を解し、意志を伝えることもできるらしい。
Kはスケッチブックを置くと、立ち上がって壁際のスイッチを入れた。
と、壁の一部がスクリーンに変わり、風景が映し出される。
ビル街、公園、住宅地…数分ごとに景色は入れ替わり、リアルタイムに都会のひとときを見せていた。
「ワシのことはどのぐらい聞いておるかな」
「はあ…犯罪組織テンタクルの首領にしてロボット工学の天才、それと…」
「それと?」
Kの顔にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
意志の読めない宇宙人の口調に、明らかな「しまった」というひびきがあったからだ。
「その…大変ユニークな方でいらっしゃる、……と」
「宇宙人の割には行儀がいいのお。どうせ稀代の偏屈だの変人だのなんだのと言われておるんじゃろ。
まあ、実際そうなんじゃから仕方はないわい。
犯罪組織テンタクルなどとご大層な名前を付けてはいるが、いまのところはワシとこのオウムロボ、
あとはわしの作ったロボットが何体かいるばかりの、いわば零細組織じゃよ、かっかっか」
(食えないジジイだ)
アブレラは一瞬言葉を飲み込んで、呵々と笑うKの背中を眺めていた。
それに気付いたのかどうか、Kはニヤニヤと笑い顔のままで、アブレラに向き直る。
「それで…なにかワシに用事があるらしいとうかがったが、いったいどんな用がおありかな」
「……子供がお嫌いと伺いましてね…」
「こ、子供じゃと!」
ガタン!とKが椅子を蹴って立ち上がった。
オウムが「アチャー」と人間そっくりの仕草で顔を覆う。
「嫌いのなんのという段ではないわ!こ、こ、こ、こ…子供など、こど、こど……っっっっっくあ、っくしょおおおん!!!」
Kは発情期の鶏そっくりの声を上げたかと思うと、次の瞬間には顔面をくしゃくしゃにして盛大なクシャミをぶちまけた。
「っくしょっ、ああっしょおっ!」
「ぷろふぇっさー、コドモキライ。コドモアレルギー。コドモミルト、クシャミトマラナクナル」
オウムが申し訳なさそうにアブレラに言う。
「存じておりますとも。それをふまえた上で、是非プロフェッサーのお力を拝借したいと思いまして」
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数日後。
下町の小さなオモチャ屋の前を、下校途中らしい子供達が通りがかった。
「あー、ねえ!あれ!」
ひとりが指さした先には、手書きらしいポスター。
『新作カード、入荷!早い者勝ち!』
「へえ、なんだろ?」
ポスターの前に集まった子供達の気配を察したのか、店の奥から小太りの店主が顔を出した。
「おじさん、このカードってなに?」
「きょう入ったばっかりの新作だよ。坊や達が一番乗りだから、特別にひとり一つずつ、あげちゃうよ」
「えっ、タダでいいの?」
「いいともいいとも。ほら、持っていきな」
店主は傍らにあった段ボールから、黒いパックを数個取り出した。
いわゆる「ブースターパック」のサイズだが、その表面にはゲーム名もイラストもない。
だが子供達はそんなことを気にする風でもなく、我先にと袋を開け始める。
ところが。
「……あれ?真っ白だ」
「僕のも…」
「わたしのも。おじさん、これ、不良品じゃないの?」
確かに、子供達の手には、上下2分割のフレームだけが印刷された白紙のカードばかり。
…店主の唇がにっと左右につり上がった。
「いいや…」
店主のまるまっちい指先が、ぱちんと音を鳴らした。
それと同時に、子供達の手にしていたカードがもこもこと不気味に蠢きはじめる。
「なに!?」
慌てて手を離した子供達だったが、カードの異変がそれより早く子供達を襲った。
カードはたちまちのうちに子供達の手から腕、上半身、それから全身を包み込むほどの大きさに広がり、逃げようとした子供達を次々に、まるで海苔巻きのように包み込んでしまったのだ。
「うわあ!」
「きゃあ!」
黒い塊はもこもこと動いていたが、すぐに動きを止め、小さなカードに戻る。
そこには子供達の姿はなかった。
店主は床に散らばった数枚のカードを拾い上げると、一瞥してにやりと笑った。
今まで白紙だった面に、いつの間にかイラストが書き加えられている。
写実的なイラストはよく見れば、先ほどまではしゃいでいた子供達にそっくりだ。
「大成功…」
店主はエプロンのポケットにカードをしまいこみ、店の奥をちらりと見やってから悠然と店を出た。
「むぐ、むぐ、うぐーーーー!」
オモチャ屋の奥の六畳間で、シャツとトランクス姿の男が縛り上げられ、うめいている。
その姿はたったいま店を出ていった店主によく似て、いや、店主にうり二つだった。
----------------------------------------------------------------------------------
「おー、ホッホッホッ」
Kはいつになく上機嫌だった。
手にしたカードをためつすがめつしながら、クラシックのレコードをBGMにワインをたしなんでいる。
子供達の泣き顔が写し取られたカードを満足そうに眺めている前には、アブレラとひとりの男の姿があった。
「素晴らしい、素晴らしい。こうして子供の泣きっ面をいつまでも眺めていられるなぞ、極楽じゃ。
ほれ、ほれ、もっと泣いてみい」
指先でカードをはじくと、中に閉じこめられてしまった子供達の泣き声が聞こえはじめる。
「お気に召されたようで」
アブレラはグラスを受け取りながら、横でたたずむ男を見やった。
男が左手の指輪を軽く回すと、見る間にその姿はアリエナイザーへと変わる。
「感謝してますぜ、プロフェッサー。このメタモリングってなたいしたもんだ。姿を変えられさえすりゃ、もうしばらくこの星でほとぼりを冷ませそうだ。
なにせこちとら、95もの星で指名手配喰らってる身だもんでね」
「ギブアンドテイクというヤツじゃな。なんにしろ、気に入ってもらったようで良い良い。ワシも良い気分じゃ。
作品名:K&M リターンズ! 作家名:SAGARA