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水泡にKiss

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 彼があそこにいた日々を指折り数える。多少不満を零すことはあれど、我慢してくれていたのだろう。ぎゅっと握った手のひらが熱い。彼はもっと││……思い返すたびに自分の体温が上がっていくのが分かる。
 あの時なんと言えば良かったのだろう。人魚のままでも隠し通すから、守って見せるからと、そう言えるだけの力を持っていれば。何度考えたって結論は同じで。自身の政略結婚を避けられるわけでもなければ、泉を危険に晒す可能性をゼロにすることも出来ない。
 人魚のままでは触れることもままならない。それがもし、本当に人間になれるなら……期待してはいけないと思いながらも、僅かな希望を胸に一週間を過ごした。

 約束の日になった。蜂蜜のような色をした満月を掲げた夜空は舞台となる海を明るく照らしている。
 来るか分からない人を待つことが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。恋をすることが、こんなにも辛いなんて。
 待っている間に読み終えた本をぱたりと閉じる。『人魚姫』のタイトルを撫ぜ、彼女は本当に幸せだったのだろうかと考える。愚かな王子と純粋すぎる人魚姫。こんな結末は辿りたくない。これならせめて││……そんなことを考えたところで、この本について泉の感想を聞き逃していたことに気づいた。受け入れるのだろうか、非難したのだろうか、それとも。

 そっと瞼を伏せたその時、ちゃぷんと水面が音を立てた。
「かさ、くん……?」
「瀬名さんっ」
 本を置き、あの日のように海へ入る。確かに彼はそこにいて、そこにいるのに視界がぼやけた。どちらからともなく抱きしめて、口付けを交わす。
 ここに居るということは、例の朱い真珠が手に入ったということだ。唇を離せば、泉は涙を零していた。
「来てくれて、良かった」
 それはこちらの台詞だったけれど、嗚咽して上手く喋れない。火傷しないようにと身体に回していた手を離せば、それに気づいた泉が笑う。
「今度からは、気にせず触れられるよ」
 頭を撫でてくれる手のひらが優しくて、涙が止まらない。こくりこくりと頷いて、彼を見つめる。
「これが、朱い真珠。本当に人間になれるかは分からないけど」
 月夜に照らされたそれがきらりと光る。
「怖く、ないのですか」
「……怖くないって言ったら嘘になるけど、かさくんみたいな朱色だから」
 信じてあげてもいい、なんて笑う唇にもう一度口付ける。
「続きは、人間になれたらね」
 そう言って彼は朱い真珠を飲み込んだ。その、瞬間。海の中からぶくぶくと泡が湧き出てくる。人魚姫のように鱗が消え、尾びれが足へ変化していっているのだろうか。と足元を見つめていると、バランスを崩した泉が司の肩に掴まる。
「わっ、」
 危なかったですね、と声を掛けようとした司は彼の顔からどんどん血の気が引いているのが分かった。
「瀬名さんっ、せなさん、」
 肩を掴んでいたはずの指先が泡となって消えていく。支えを失った体は水面に打ち付けられ、端から徐々に泡になる。
「失敗、したみたい」
 全てを諦めたように笑う泉の身体を抱き寄せて、必死に名前を呼ぶ。
「せなさん、瀬名さん……」
「泉って呼んでよ、司」
 優しく笑う彼の為に必死に笑顔を作り、心を込めて呼ぶ。
「好きですよ、大好きですよ、泉さん」
「俺も。愛してるよ」
 強く抱きしめて、口付ける。絡めた舌が熱くて、溶けてしまいそうだと泉はまた笑った。
 
「こうなる運命だったのですね。出会った時から、きっと──……」
 泡の中から現れた真珠を手に取り、司はそっと飲み込み、微笑んだ。

                                    End.
作品名:水泡にKiss 作家名:志㮈。