にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2
呆れた顔はちょっぴりチベスナめいてる。そんな顔もかわいいけれども、やっぱり少々いたたまれない。シュンとした杏寿郎だが、ハァッとため息をこぼした義勇の耳が赤く染まっているのを見てしまえば、知らず頬もゆるむ。照れ隠しのぶっきらぼうさは義勇らしくて、また甘い蜜に変わってあふれてくる愛しさに、溺れてしまいそうだ。
「元気が余ってるなら、ちゃんと抱いてけ。落とすなよ」
目尻を赤く染めたふてくされ顔で言われたら、杏寿郎の答えなんて一つきりだ。
「仰せのままに」
首に回すために持ち上げられたのだろう手をそっと取り、うやうやしく口づけて言えば、義勇の耳がますます林檎色に染まった。
「うむ、良きに計らえ」
ちょっぴり芝居がかった声音とセリフに、落ちた沈黙は刹那。すぐに見合わせた目が細まりあい、互いの口から同時にプハッと笑みがこぼれた。
ずっと幼いころに煉獄家でたびたび繰り広げられた、ごっこ遊びみたいなやり取りだ。愛しさのなかに懐かしさがまじる。
時代劇やら西部劇、突然に父と母から始まる寸劇は、義勇と知り合ってから始まった煉獄家の習慣だ。恐縮しきる蔦子や人見知りが拭えぬ義勇を、馴染ませ笑わせたかったんだろう。唐突に町娘やら悪人から町娘を守る素浪人やらにさせられた蔦子と義勇は、かなり面食らっていたけれども、楽しい思い出となっているのは疑いようがない。
常に悪役がいなかったのはしかたがない。杏寿郎と義勇がえいやと斬りかかっていったのは、いつだって床の間に置かれていた甲冑やらガラスケース入りの日本人形ばかりだ。
「おじちゃんもおばちゃんも悪者じゃないもん……」
義勇がそう言って泣きそうになるから、しょうがないのだ。
鎧や日本人形に囲まれ「お侍さまお助けください」と杏寿郎と義勇に手を伸ばしていた蔦子は、今でも話題にのぼるたび懐かしいね楽しかったねと笑ってくれる。だからきっと、父と母が編みだした習慣は間違ってない。
おそらく母の様々な教えとともに、蔦子は煉獄家のあの習慣も受け継ぐことだろう。いつか生まれる義勇の甥っ子だか姪っ子に向かって「助太刀致す!」と声をそろえ、義勇と二人でぬいぐるみ相手にエア刀をかまえる日が楽しみだ。
西部劇ごっこのときの話をみんなにしたら、「シーン、カムバーック!」と義勇と声を合わせて父の背中に叫んだくだりで、腹を抱えて床で笑っていた宇髄は声もあげられず痙攣しだしていたし、不死川と伊黒は引きつった顔で乾いた笑いをもらしていたけれども。
それでも、千寿郎の入園祝いに来てくれた折の戦隊モノごっこでは、しっかりポーズを決めて一緒に遊んでやってくれたんだから、ありがたいことである。なんのかんの言っても、付き合いの良さは不死川や伊黒だってすこぶるつきだ。宇髄がノリにノリまくって作った、やたらとディティールに凝った新聞紙製の剣を片手に、満面の笑みで鎧に戦いを挑んでいた千寿郎にも、いい思い出となっていることだろう。
離れて暮らしても、想い出はいつでも多くの人たちとともにある。二人きりの秘密の想い出と同じくらい、愛おしくてたまらぬその年月と人々。思い出せばいつだって、いつまでだって、楽しかったとともに笑いあえる人たちがいるから、こうして杏寿郎と義勇も寄り添いあえる。
ひたいをコツンとくっつけあい、クスクスと笑ったら杏寿郎は「よし! 行くか!」と義勇を抱えて起き上がった。自然な仕草で首にまわる腕がうれしい。落とすなんてとんでもない。義勇を落とすぐらいなら切腹すると、義勇を抱いたままベッドを降りた杏寿郎の四肢には元気がみなぎっている。
「あ、毛布持ってく。着てほしいんだろ? 猫耳毛布」
「……っ! ぜひとも頼む!」
一箇所ほど、さらに元気マンマンになってしまったけれども、致し方ない。毛布を掴んだ義勇は、やっぱりやめておこうかなと言わんばかりのチベスナ顔をしたけれども、風呂から出たら着てやると約束してくれたのは義勇だ。
だから絶対に、約束は守られる。
義勇を抱えて階段を降りる杏寿郎の足取りは、慎重なくせに弾んでいた。
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2 作家名:オバ/OBA