にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2
黙って見つめる杏寿郎の顔が映る瞳が、鮮やかにきらめいて、義勇はやわらかく微笑んでくれた。
「おはよう」
ささやく声はかすれて、常よりもハスキーだ。我を忘れた翌朝だけに聞く、甘く熱い睦み合いの余韻をたたえた義勇の声。作り上げ、積み上げた愛が、ここにあると伝えてくれているようで……おはようと返す杏寿郎の声も、かすれていた。
大きすぎる幸せで喉の奥がつまって、うまく声が出せずにかすれる声。見交わした瞳に、抱き合う腕に、愛が溢れ出す朝。怖いことなんて、なにもない。背を震わせた不安は静かに過ぎ去っていた。
腕のなかで、グッと義勇の体が固くなる。ググッと背を丸めての簡便化した伸びは、それでも杏寿郎の背に腕を回したままでだ。杏寿郎の胸を押しやるでも、腕のなかから抜け出すでもなく、義勇は最小限の仕草で固まった体をほぐす。抱き合って眠った朝のおなじみの仕草だ。
腕も足も伸ばしきれば、まるで寝起きの猫にも見えるだろう。しなやかな義勇の体が覚醒していく一連の仕草を、杏寿郎が見飽きることはない。毎朝見る光景は、いつでもこんな義勇になればいいと思う。
「まだ寝ててもいいぞ。チェックアウトは昼前だ。十時ごろまで寝ていても、余裕があるだろうしな」
「ん……起きる。杏寿郎いるのに、寝てるのもったいない」
茫洋とした声で言うものの、まだはっきりと目が覚めていないのだろう義勇は、フゥッと長く息を吐き杏寿郎の胸に頬ずりしてくる。顔はふにゃりと笑んだままでだ。
いつだってパッチリとすぐ目が覚める杏寿郎と違って、義勇はちょっと寝起きが悪い。しばらくはぼんやりと寝ぼけている。感情表現も素直すぎるほどに素直だ。
起きたばかりの義勇は、いつもよりもあどけなくて、ふにゃふにゃとしてる。小さいころからずっとそうだ。なんてかわいいんだろうとドキドキとうるさくなる杏寿郎の胸だって、恋なんて言葉すら知らなかったあのころから、ちっとも変わらない。いや、あのころよりももっとずっと、ときめきは大きくなっている。
百歳になったしわくちゃな義勇の寝起き顔を見ても、九十九歳の杏寿郎は、世界で一番かわいいなぁとときめくことだろう。それを杏寿郎はちっとも疑わない。
そのころには、十五ヶ月の年の差なんてこれっぽっちも関係なくて、薄皮のように背中にピタリと張り付いて離れぬ不安や怯えすら、なにもかも笑い話になるに違いないのだ。そうするための努力だって、怠るつもりはない。
愛しさが抑えきれず、起きたのならとキスしようと近づけかけた杏寿郎の顔は、義勇が口にした「いま何時?」の一言にピタリととまった。
義勇が寒くないように掛け布団を引き上げてから、ベッドヘッドに手を伸ばす。スマホに表示された時刻は五時半。習慣とはじつに厄介だ。のんびり朝寝ができる状況であっても、やっぱり目覚めたのは五時だったらしい。杏寿郎は小さく苦笑した。
「五時半だ。どうする? 朝飯準備しようか。行儀は悪いが、疲れてるだろうし今朝はベッドで……あ」
お伺いを立てつつ今度こそキスしようとした杏寿郎の唇が、丸く開いたままとまる。
「……杏寿郎?」
「すまんっ! 体を拭いてやりもせずに寝てしまった! ちょっと待っててくれ!」
いつもなら、先に眠ってしまった義勇の肌を清めてから眠りにつくのだが、昨夜はそれすらできぬままに睡魔に負けた。電気すら消さずに寝入ってしまうとは、どれだけ夢中で貪り合っていたのやらと自分でもちょっと呆れる。体力が有り余っていると称される杏寿郎でさえ、寝落ちするほどの熱い夜。この気だるさも納得だ。
ゴミ箱に放った避妊具は、たしか三つ。口や手でしてもらったぶんまで合わせたら……我ながら元気すぎるだろうと、泡を食って杏寿郎は起き上がろうとした。が、ギュッとしがみつかれては、それも果たせない。
「義勇、タオルを濡らしてくる。抜き取るときにティッシュで拭いただけだから、気持ち悪いだろう?」
宇髄お薦めのオーガニック素材で作られたローションは、肌に残っても害はない。けれども肌を濡らすものはそれだけじゃないのだ。互いの汗や義勇自身が吐き出した白濁は、拭き取る暇もあらばこそ、もっととねだりねだられるのに任せて放っておいてしまったから、義勇の肌で乾ききっているはずだ。
さぞや不快感を募らせているだろうに、義勇は杏寿郎の背を抱いたまま、もぞりと体をずらしている。動きが常よりはるかに緩慢なのは、寝起きのせいばかりではないだろう。杏寿郎でさえ酷使しすぎた腰がだるさを訴えているぐらいだ。受け入れた義勇の疲労は比ではないに違いない。
もぞもぞとずり上がり、杏寿郎と視線の位置を合わせてきた義勇は、だいぶ目が覚めてきたようだ。ちょっぴり不満をたたえてとがる唇と細めた目に、杏寿郎は、これは朝っぱらからお叱りコースかと反射的に身構える。素っ裸のままベッドで正座もやむなしと覚悟したのだけれども。
「置いていく気か?」
すねた声音は、わずかなからかいを含んでいる。背を抱く腕がゆるんだのがわかった。抱きついているだけでも億劫なのだろう。指先まで倦怠感に包まれているのは想像に難くない。
それでも義勇は、置いていくなとすねてみせるのだ。
なんて、どうして、こんなにも。これほどかわいい人が、この世に二人といるものか。そんな義勇は、紛うことなく自分の恋人なのだ。
胸に湧き上がる愛しさと感動が、全身におさまりきらずに溢れかえり、甘い蜜となって空気に溶け込んでいく気がする。
「連れてく。一緒に風呂入ろう」
「ん。当たり前だ」
せいぜいしかつめらしくうなずいた義勇の顔は、すぐにふにゃりとほどけて花開くから、やっぱり杏寿郎の歓喜はおさまりそうにない。
抱きかかえて起き上がるより先に、まずはこの喜びを分かち合おうか。伝える唇は拒まれることなく受け入れられて、ついばむキスに互いの吐息が笑みに弾む。
そろりと舌を差し入れたら、簡単に欲に火がつく。指一本動かせないと寝落ちするほど求めあったあとだというのに、義勇との睦み合いには際限がない。
「……ふぁっ、ん、きょうじゅ、ろ、駄目だ」
「ん……もうちょっとだけ、っ!」
もっととねだった舌に感じた痛みで、杏寿郎の肩が思わず跳ねる。しぶしぶ離した顔は、いかにも情けなく眉が下がりきっていた。
「噛むのはひどい」
「調子に乗るからだ。朝っぱらから盛るな」
そんなことを言いながらにらみつけるくせに、スルリと前に回してきた手で、元気ハツラツになっているそこをツンと突いてくるんだから、勘弁してほしい。握り込まれないだけマシかもしれないけれど。
「……あれだけしたのに、おまえの性欲どうなってるんだ? ゴールデンウィークにも思ったが、元気すぎるだろ」
「義勇といるときだけだぞ! 自慰だって、義勇と電話したあとでしかしていない! それと触るのはやめてもらえないだろうかっ、ますます元気になってしまうんだが!?」
「その自己申告はいらない。勝手に俺の腹を押してくるんだから、触っちゃうだろ」
作品名:にゃんこなキミと、ワンコなおまえ5-1・2 作家名:オバ/OBA