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恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―

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恩送り
飛ぶ鳥 飛鳥―2011~2023―

          作タンポポ



       1

 嘘を大切にしている。本当なら、とうに張り裂けてしまっているこの胸を、ひっそりと嘘が、優しくいつも守ってくれるから。とうに死んでいるはずなのに……。
 行かないでほしいと心から願いながら、この手は決して伸ばさない。
 笑ってくれと言われれば、笑うだろう。本当ならば、とうに可笑しくなっていても仕方が無いというのに。まともなふりを続けられる。
 嘘が守っている。痛くないと声には出さずに、嘘が代わりに泣いている。そうして、嘘はひどい痛みを、じんわりとした感情に変換してくれる。本当なら、とうに死んでいるほどの、痛みだというのに。
 離したくないのに、これでいいと、笑顔で見送れる。
 離したくなんて、ないはずなのに――。
 いつの間にか好きになっていた。好きにさせた癖に、どうして離れようとするの。齋藤飛鳥は、今年である2023年の5月18日に、乃木坂46から完全に巣立っていく。
 鳥は飛ぶものだと人はいうかもしれない……。そんな他愛もない言葉に、実は必死で笑顔を浮かべてうなずいたんだ。
嘘が守ってくれている。
 本当なら、とうに死んでいるかもしれないこの心と身体を、そこを巡る熱い血液を、思考を、生の象徴たる感情を……、齋藤飛鳥が望む笑顔が守っている。それは誠実で、完璧な笑みなのだろうが。矛盾なんだよ。だってほんの一息で、後少しで崩れてしまうのだから。
本当ならば、抱きしめて閉じ込めてしまいたいのだから。
 おめでとうなんて、言えないだろう。それでも言うよ。おめでとうを。それも、心の奥底からの声を使って、言えるんだよ。
 だってこの世界の半分ぐらいは、嘘が全部きれいに守っているから。
 いつか見た最強の夢を忘れぬように、今日もまた。
 君に、嘘をつくよ……。



齋藤飛鳥・乃木坂46卒業SP
飛ぶ鳥・飛鳥2011~2023



       2

 二千二十三年三月二十日――。乃木坂46公式サイトにより、二千二十三年五月十七日(水)十八日(木)に『乃木坂46 齋藤飛鳥 卒業コンサート』を東京ドームにて開催する事が決定したとの発表があった。
 乃木坂46にとっては、二千二十一年十一月二十日(土)二十一日(日)に開催した『乃木坂46 真夏の全国ツアー2021 FINAL!』以来となる、東京ドームにて行うライブとなり、齋藤飛鳥にとっては、これが自身が乃木坂46である事を最後となす、真なる乃木坂46卒業の日となる。

 二千二十三年三月二十一日(火)のPM十七時二十三分。日本の首都東京、新宿区に聳え立つ世界的大企業Listed Company〈First Contact〉の超高層本社ビル二十二階の〈03ミーティング・ルーム〉にて、企画営業部・課長・兼・第一企画部主任の三笠木里奈は、実に落ち着いた所作で、スリムなハッカの煙草を唇に咥えた。
 風秋夕(ふあきゆう)は、ナチュラルにジッポライターを三笠木里奈の口元の煙草へと近づける。
「火はもらわない主義、とかありますか?」
 三笠木里奈はメガネの奥の鋭い視線で風秋夕の美形を一瞥した。
「ないか。じゃ、つけますね」
 ジッポライターの火を灯して、風秋夕は、己の口元に咥えた煙草にも、そのままの流れ作業で火をつけた。
 風秋夕は、三笠木里奈(みかさぎりな)の部下であり、〈First Contact〉のCEO・兼・会長でもある風秋遊(ふあきゆう)の長男でもある。三笠木里奈との主従関係は敬語ぐらいのもので、ほぼ皆無であるが、三笠木里奈の年齢が二十八であり、風秋夕の年齢が二十三である事からも、礼儀は忘れた事が無かった。
 三笠木里奈は笑みも浮かべずに風秋夕を見つめる。
「風秋君、ホストになれるよ」
「またまた、ホストなんて知らないくせに……」風秋夕は、旨そうに煙草を吸い込んで、遠くに吐いた。「夜の職業は折れない気持ちとかがないとね、難しいと思いますよ。才能だけじゃどの業界も、今はやってけないみたいだし」
「ホストの才能は認めるんだね」
 抑揚(よくよう)のない声でそう言ったのは、稲見瓶(いなみびん)――。風秋夕と同年齢の同期社員で、〈First Contact〉に入社する以前には、風秋夕と共に株式会社〈Convenience Over Tradition〉を共同経営していた経歴を持っている。そして稲見瓶は、三笠木里奈の部下でもあり、〈First Contact〉の代表取締役社長である稲見恵(いなみけい)の長男でもあった。
「煙草に火ぃつけるぐらいの気概はあるよ」風秋夕は稲見瓶を見て言った。「お前は無理そうだな、不愛想だし」
「間違いなくワースト1を取る自信がある」そう言って、稲見瓶は無表情で虚空に煙草の煙を吐き出した。「好きなことをひたすら語ってていいだけなら、やろうとすれば可能だけどね。基本、初対面の人には人見知りする」
「いやいや、好きなことをひたすら語る仕事ってなんだよ……」
「接客業だし、会話するんじゃないの?」稲見瓶は風秋夕を一瞥した。「というか、ホストの定義は?」
「いや、どっちかって言ったら聞く手側なんじゃないの、ホストって」風秋夕は、三笠木里奈と同列に座っている女性を見つめた。「どうなの、綾乃さんは知ってるよね、知らないわけがない」
「知ぃりませんよ~、もうまたぁ、馬鹿にしてぇ。ホストなんて、お金持ちさんの世界のお話でしょう? 私にとってはおとぎ話と同格ですもん」
 会話にアンサーしたのは、綾乃美紀(あやのみき)であった。二十五歳のお茶汲み係りであるが、彼女も〈First Contact〉の正社員である。
 そして、この四人の共通点はもう一つある。それは〈First Contact〉内での秘密クラブ、乃木坂46非公式ファンクラブSの会員であるという事であった。
「ていうか、なぁんで飛鳥ちゃんの卒コンの話しないんですかぁ~? あえて、してないんですか? 何か意味があるの?」綾乃美紀は、険しい表情を浮かべる。「ついに私だけハブとか? だったらマジ今すぐ田舎帰りますけど……」
 〈03ミーティング・ルーム〉の出入り口に近い列に、三笠木里奈、綾乃美紀、と座り、その向かいの席に風秋夕、稲見瓶、と着席していた。
 天井のファンと空気清浄機はフル稼働し、ほぼ無音の最新技術を応用している換気扇も常時いい仕事をしていた。
 風秋夕は、煙草をガラス製の大きな灰皿に潰して、綾乃美紀を見つめた。綾乃美紀は、常に社内で話題に挙がる風秋夕の美形に、どきっとする。
「飛鳥ちゃんの卒コンな……。ま、あえて話さなかったのかもね、俺はさ……。終わりの、確定でもあるからなぁ」
「乃木坂46としては、という栞付(しおりつ)きだけどね」稲見瓶は、誰に言うでもなく呟(つぶや)く。「それでも尚(なお)、充分に衝撃がある……。いつなのか、ずっと、息を呑んで待ち望んだ日程の発表でもあるし、それが終われば、飛鳥ちゃんのライブでの姿はもう見られないという、残酷な宣告でもある」
 綾乃美紀は、カップに入ったアイスコーヒーに、口を付けて、上目遣いで三笠木里奈を見つめた。