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恩送り 飛ぶ鳥・飛鳥―2011~2023―

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 三笠木里奈は、煙草を旨そうに吸いながら、綾乃美紀に微笑む。
「とにかくチケットが欲しいな。倍率は悲惨な数字だろうけどね。こういう人生に一度のことは、現地民が一番だよ、やっぱり。私は頑として、行くつもりだよ」
「チケット~、そうですよチケットの倍率ですよ~。もう、抽選基準って、そういうの無いんですかねえ?」
「いや、チャンスは幾つか作られると思う」稲見瓶は綾乃美紀を見た。「サイト登録者に限り、応募可、とかね。幾つかのチャンスを絶対に作るよ」
「そうですかねえ?」綾乃美紀はきょとん、とする。
「そうだよ」風秋夕は片方の口元を引き上げた。「そういう運営だよ。だからついてく、ついていけるんじゃんか。運営だって飛鳥ちゃんだって、本当なら参戦を望む全員の前でラストを飾りたいだろうし。ただ、それは現状不可能だし、やれることを最大限にやってくれることは確かだよ」
「ただし、望みは薄いよ」稲見瓶は、ガラス製の灰皿に煙草を捩じって消した。「一度のライブに五万人が入れるキャパとして、二日間で十万人。現地民としてライブに参加希望する数はどう考えても、倍以上はいるだろうからね」
「どんだけだよ、ほんとに」風秋夕は嬉しそうに苦笑した。「飛鳥ちゃんってすっげえのな。こういう時に改めて感じるんだよ……。飛鳥ちゃんの影響力をさ」
「チケット取れたら……、私一生給料上がんなくてもいいです」
綾乃美紀は、そう言ってアイスコーヒーを飲んだ。
「配信ライブやってくれたら……、そうだな」風秋夕は、コーヒーカップの液体を見下ろした。「募金でもするかな」
「募金は普通にした方がいいよ」稲見瓶はそう言ってから、アイスコーヒーを美味そうに飲んだ。
「そういうの得意な方じゃないんだ」風秋夕は稲見瓶を一瞥する。「そりゃ俺だって募金ぐらいするけどさ、基本的に金持ちが募金するシステムはあまり納得いってない。生活に余裕ある人が10円ずつ出せばいいと思ってる」
「じゃあ、飛鳥ちゃんの配信ライブがあったとしたら、いくら募金するつもり?」稲見瓶は風秋夕を見た。
「100万ぐらいずつ?」風秋夕は無邪気に微笑んだ。「病気の人達に、あと、食えない子供達に、あとは、知ってる? この世に正義の機関があるの。誘拐とか、行方不明とかの子供を保護したり、探し出して親元に返したり、孤児(みなしご)を養子に出したり……。そういう機関にも、かな」
「なぜ募金なの?」稲見瓶は興味津々できいた。「なぜ? 捉え難いな」
「もしそうしたら、それは飛鳥ちゃんと運営が俺にそうさせた、て事になるだろう? それって素敵じゃないか?」風秋夕は笑った。「俺は善人でもなきゃ、正義の味方でもない。けど、飛鳥ちゃんや乃木坂の影響力は、俺の行動をいい方向にもってく……。また、それを誰かが受け取るんだ。それって最高じゃね?」
「なるほど」稲見瓶はアイスコーヒーを飲む。
「じゃあ、私は、もしも飛鳥ちゃんのコンサートに当選したら……」三笠木里奈はメガネの位置を修正した。「昇進希望をしてみようかな」
「それって意味わかんね」風秋夕は笑う。「飛鳥ちゃんパワーでって事ですか?」
「勝手に昇進すればいい」稲見瓶は無表情で囁いた。「募金もするといい、三笠木さんはお金持ちだから」
「そういうとこだぞ、稲見君。君、それじゃモテないよ?」
 三笠木里奈は稲見瓶を見つめて鼻を鳴らした。稲見瓶は無反応で、新しい煙草にジッポライターで火をつけていた。
 綾乃美紀はスマートフォンを眺める。スマートフォンには、齋藤飛鳥のモデル活動での時間が壁紙として切り取られていた。
「なんか……。毎日って、本当に一瞬で過ぎていくのに……。なのに、大切なことっていつも同じで……。何十年生きてても、毎日は一瞬で終わっていくのに……、何十年生きてても、求めるものって、大事なことって、自分が幸せであれることで……。何年生きてても、子供の時から、幸せに向かって走る傾向は変わらないんですよね……。それが、人によっては、神様や仏様のお導きであったり、漫画やアニメ、ドラマや映画、美味しいご飯なんかだったりして……。私にとっては、それが乃木坂だったりします……」
「その乃木坂のエース……、飛鳥ちゃんの出発だ」風秋夕は、綾乃美紀に微笑んだ。「鳥はさ、空を羽ばたくんだぜ」
「己をこの地球の一部であると認識する限り……、飛鳥ちゃんとファンは、いつまでも同じ空の下で繋がってる」稲見瓶は、そう言って、旨そうに煙草をふかした。
「私、毎日小説を読むんです。それも、お気に入りの、おんなじやつばっかり……」
 綾乃美紀は、アイスコーヒーのカップを弱く両手で掴んだ。
「主人公を、飛鳥ちゃんだと思って読んだりしてるんですよ……。毎日泣いて、笑って、また本物の飛鳥ちゃんをみて、泣いて笑って、明日が来るんです……。もしもこれから、飛鳥ちゃんの新しい物語が始まるんなら、どんな物語であれ、飛鳥ちゃんには幸せになってもらいたい……。私は、いつも、いつまでも、一生応援していくつもりです」
「乃木坂46という一種の壮大な物語から、新たなに、齋藤飛鳥っていう物語が生まれるわけだよね」三笠木里奈は、新しい煙草を箱から引き抜いた。「最終回まで読者でいるわ」
「読者がいなけりゃ、成り立たないからね」風秋夕は、新しい煙草を指先に挟んで、皆の顔を見回していく。「誰のストーリーにも、必ず読者がいる……。目撃者がいる。視聴者がいる。観客がいる。その相互作用は物語のスパイスになって、また新しい物語を作っていく」
「私の人生を支えた根幹である、乃木坂という物語も、そこから派生していく齋藤飛鳥という物語も、ずっと終わらないでほしいな。28世紀になる頃まで」
「じゃあ小説でも書こうか」稲見瓶は余所を向いたままで呟いた。「誰かの心に残せれば、きっとそれは終わらない。続いてく……」
 綾乃美紀は小さく手を挙げた。
「私、乃木坂の小説ほぼ毎日読んでます」
「さっきも言ってたね、ジャンルは?」風秋夕は綾乃美紀を不思議そうに見つめた。「あれでしょう、公式じゃないよね?」
「百合(ゆり)、ていうジャンルなんですけど……」
「ユリとは?」稲見瓶は眼を輝かせる。「聞いた事のないジャンルだな、サスペンス系じゃないね、響き的に、恋愛ものかな?」
「はい、主にそうですね」
「はい質問はそこまで」風秋夕は苦笑した。「帰って調べなイナッチ」
「今調べる」
「やめなさい!」
「なぜ……」
 稲見瓶は、険しい表情で風秋夕を一瞥した。風秋夕は、スマートフォンを胸ポケットにしまって、鞄を掴んだ。
「じゃあね、みんな。お疲れ様」
「お疲れ」三笠木里奈は小さく手を上げた。「あ、風秋君。32枚目シングル、どう思う?」
風秋夕は、煙草をガラス製の灰皿に押し潰しながら、微笑んだ。
「いつだって新しい出発なんですよ。出発が楽しくないわけ、ないでしょう?」
三笠木里奈は強気で微笑む。「ナイスアンサー」