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自分らしく
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彼方から 第四部 第九話

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 彼方から 第四部 第九話


 大気が震える―――――……
 突として現れた空間の歪み。
 それから放たれているであろう禍々しい気配に――身体が反応する。

     エイジュ――?
     君も 感じたのかい?

 ピクリと、微かに身を震わせた彼女に気づき、イルクはそっと……
 蒼白いその面を覗き込んだ。
「……………」
 僅かに開いた瞼……
 覘く漆黒の瞳に、枝葉の隙間から零れる陽光が射し込む。
 血の気の引いた形の良い唇を微かに震わせ、エイジュはイルクの姿を、その瞳に映していた。


 朝湯気の樹の根元……
 木々の合間を縫いそよぐ風が、幹に凭れ横たわる彼女の黒髪を、柔らかく揺れ動かしてゆく。 
 彼女の『目覚め』に気づいたのだろう、白い首元で丸くなっていた黒チモも、共に眼を開け、徐に毛繕いを始める――
 視線が気怠そうに動く。
 何か、伝えたいことでもあるのだろうか……
 薄く開いた唇が、僅かな動きを見せる。
 だが、その動きを『言葉』にすることが出来ず、エイジュはもどかし気に眉を顰めた。
 
     大丈夫
 
 スッ――と、彼女へと手を伸ばす。
 その胸元――エイジュがいつも手を添える辺りへ手の平を向け――

     こうすれば ほら 伝わるから
     君とならね

 イルクはそう言いながら、少し眉を顰めた哀し気な笑みを、浮かべていた。


          **********


 地を蹴り草の葉を散らし、飛び駆ける。
 急速に離れゆく【天上鬼】の『気』を、追う。
 ……たとえ、このまま『逃げられた』としても、あの『異空間への通り道』があれば、ゴーリヤやタザシーナの能力で再び奴らを見つけることは、可能だろう。
 『あれ』が、なくならない限り――――

 だが、『あれ』がいつまでもあるとは限らない。
 それに、あの二人の『能力』にまた、頼らなければならぬなど……
 そんな『借り』を作るのもご免だ。
 何より――――
 逃げる眼前の獲物を捕り逃すなど、己のプライドが許さない。
 最大のスピードを以って追い駆ける。
 奴の『気』が、感知外に逃れてしまわぬように。
 苛烈な『気』を殺気を、放ち続ける。
 奴を追い詰め『圧』を掛け、逃げの一手など、続かぬことを思い知らせるために……
 『戦うしか手はない』のだと、『女』を気遣っている余裕など、有りはしないのだと思い知らせるために……

 ――……っ!

 『奴』の気の動きが、変わった。

「――来たかっ!!」

 これまでにない強い『気』が、凄まじい勢いでこちらに向かってくるのが分かる。
 
 ――やっと本気になりやがった!

 愉悦で口元が歪む。
 心の底から待ち望んだ『闘い』に、拳が震える―――
 剣を抜き、迫るイザークを見据え、ケイモスはもう一度強く地を蹴り放った。


      くおぉおおっ!! 


 鬨の声が響く。
「――ぬっ!?」
 イザークの身から放たれている狂風の如き激烈な『気』に、ケイモスは一瞬身を引き、剣を引き抜いていた。


      ガキィン……ッ!! 
 
 
 鈍く、高く、強く……
 激しく打ち合わされた剣刃の音が、辺り一帯に轟く。
 互いに張った気のバリアが、その大きさ、強さ故に周囲の草木を巻き込み、ぶつかり合う――
 
 ――この殺気は……!!

 交えた剣から伝わる、奴の気合。
 その気合に押し込まれるのを、咄嗟に堪える。
 ……だが――――

「――うわ!!」
 
 剣を交えたまま放たれた気の一撃をもろに食らい、蹴り飛ばされた小石のように、ケイモスの身体は地に激しく弾かれ転がっていった。


          ***


 ――倒すっ!!
 ――一刻も早く、ノリコのもとに戻る為に……!!

 瞳の形が変わってゆく……
 それに伴い歯牙が、覘き始める――
 水面を弾き飛ぶ小石の如く、地面に弾かれ飛ぶ『男』を見据え、イザークはこれまでに持ち得たことのないほどに強く、明確に……戦気と殺気を『敵』に向け、放っていた。
 
 ――今、追手が……
 ――この男だけでなかったらどうする!

 ……むくりと、上体を起こす『男』――
 地を蹴り、高く跳躍し、その頭上を取る。

 ――いや
 ――むしろその可能性の方が高い

 拭えぬ懸念が焦燥を生む。
 その焦燥が、イザークから冷静さと警戒心を奪ってゆく。

 ――おれは……
 ――ノリコが見つけられる前に戻らなくてはならないんだ

 ――……時間の余裕はない……

 『敵』の能力を、その強さを、推し量る余裕を失わせてゆく…………

 ――全力で
 ――きさまを倒す……っ!!!

 身を起こそうとする男の動きが、やけに緩慢に見える。
 不意に、先刻までの『男』の攻撃が――
 その『能力』に因って、大きく深く抉られた地の面の様が、脳裏を過る。
 まるで、『何か』を警告するかのように浮かぶ映像……
 イザークは構わず、両の手で握った剣に『気』を籠め、振り翳した――――

 その時だった。

 何事も無かったかのように不敵な笑みを浮かべ、上目遣いで見やってくる『男』と、眼が合ったのは…………
 ……『牙』のように尖った歯を見せ、形を変えた『瞳』で見据えてくる『男』と、眼が……合ったのは――――


           ドガァッ……!! 


「ひゃーーはっはあ! どこ見て打ってやがる!!」

 鈍い爆発音が、男の嘲笑が、耳朶を打つ。
 放った剣気は男を捕らえることなく掠め、空しく、地表を抉ってゆく……
 
 ――こいつ……!!

 ……焦心が募る。
 こちらの攻撃を嘲笑い、宙高く飛び退く男を追う。
「――くっ!!」
 剣気を鋭い刃に変え放ち、追い打ちを掛ける。
 …………だが――

       キンッ  

 ――……なに!?

       キュイィィー……ィン 

 放った剣気は耳を劈くような甲高い金属音を響かせ……
 男が同時に放った『剣気』に因って地へと――弾かれていた。


     ―― おれの剣気を弾き返した!? ――


 それは、我が眼を疑う光景だった……

 ――……ばかな……!

 地を蹴り、男を迎え撃つ。
 忌み嫌う己の中の【天上鬼】の力。
 だがそれ故に、『己の強さ』を自覚し、自負してもいる。
 戦気を剥き出しに迫る男と、再び剣を交える。
 打ち合わされた刃の音が響く中……

 ――おれは
 ――『あの時』のように手加減などしていないのに……!!
 
 己と同等の『力』を、『強さ』を見せつけられ、剰え、それを誇示するかのように『能力』を揮う男に……
 不安と焦燥がイザークの中でただ、膨れ上がっていった。


          **********


「……チッ――あの野郎……」

 地に激しく叩きつけられ弾き飛ばされ……
 転がり止まった先で、ケイモスはゆっくりと身を起こした。
 
 『あの時』とはもう、違う。
 今、それがハッキリと自覚できる――――
 身体の何処にも痛みは感じない。
 身の内に漲る『力』……その存在を強く、感じる。