クリスマスケーキ
真っ白な雪の降る夜。
広場には大きなもみの木が立てられ、街と共にいくつもの鮮やかな光や装飾で彩られる。
大人は子供達に大小さまざまな贈り物を贈り、子供達はもらったプレゼントを抱きしめてはしゃぎながら家路を急ぐ。
中には、年に一度の記念日である今日を、幸せそうに腕を組んで歩く、恋人達の姿も目に付いた。
広場に行けば、おそらく飾り付けられたもみの木の下で、まだそれぞれのパートナーを待ちわびる恋人達もいるのだろう。
今日は12月25日。毎年おなじみの夜の光景だ。
昔は自分達も、母さんやウィンリィたちと一緒にパーティーをしていた。暖かい家と暖かい家族に囲まれてプレゼントを交換したり、ケーキを食べたり。その日はどんなに遅くまで起きていても怒られなかったから、誰が一番遅くまで起きていられるか張り合ったこともあった。
でも、今はそんな楽しかった記憶も遠い昔のこと。
クリスマスの夜なのに、ぼくたちは司令部に呼び出しを食らった。重要な会合だから必ず出席するようにと、マスタング大佐にまで念を押されて。
なんでこんな時期に? と思わなくもない。でも、軍の命令なら仕方ないだろう。
兄さんは軍属ではないぼくを気遣ってついてこなくてもいいとは言ってくれたけれど、こんな日の夜に一人で兄さんの帰りを待つほうが寂しい。それに、兄さんだけ面倒なことに晒されるなんて、ぼくは嫌だったから。
だから今ぼくたちは、楽しそうに我が家へ、もしくはクリスマスディナーを振舞うレストランへ向かおうとする親子や恋人達とは逆に、たったふたりだけ雪の積もった道を軍の司令部に向かって歩いていた。
小さな女の子が、大きなクリスマスケーキの箱を抱えて嬉しそうにぼくの脇を走っていく。
危ないわよ、と後ろを歩く母親らしい綺麗な女の人が苦笑交じりに注意する。ちょうどそのときだった。
女の子が、雪に足を滑らせた。
女の子の体が空中に放り出される。それと共に、ケーキの箱も投げ出されてしまった。
「危ない!」
とっさにぼくは手を伸ばした。
女の子の体を受け止めようとして。
ギリギリで、女の子の体が雪に倒れてしまう前にぼくの腕はその小さな体を受け止めた。ほっと、一つため息が出たような気分。
でも、ケーキは。
振り返ると、兄さんがケーキの箱を抱えていた。でも、その顔は箱の中身を見下ろしてしかめ面になっていた。
覗くと、透明のフィルムが張られた向こうで、ケーキがぐしゃぐしゃにつぶれている。
「あたしのケーキ……」
無残な姿になってしまったケーキを見て、女の子が目を潤ませる。どんどんくしゃくしゃに歪められていく表情と、ぼろぼろとあふれてくる涙が、胸に痛い。
「また、買ってあげるから、ね」
なきじゃくる女の子に、困ったような顔でそっと手を添えた。
「でも、でも……っ!」
いくらなだめても、女の子は泣き止まない。
寒さのせいもあって、その子の鼻の頭とほっぺたはもう真っ赤だ。
ぼくは、その姿に居たたまれなくて、ケーキを兄さんから受け取ろうとした。錬成しなおせば、ちゃんと元のケーキになる。それをあげれば、女の子も泣き止んでくれるかもしれない。
そう思って。
でも。
兄さんがおもむろに女の子の前にかがみこんだ。
「どうして、こんなことになっちまったんだと思う?」
「あたしが走ったから……。おかあさんが危ないって言ったのに走ったから」
「そうだ。雪は滑るからな。もう走っちゃだめだぞ」
ぽん、と兄さんが女の子の頭をなでて、ケーキの箱を差し出した。
差し出された箱を見て、女の子が驚きに目を見開く。
箱の中のケーキは、少しの崩れもなく、その箱の中にきっちりと収まっていた。
いつの間にか、兄さんがケーキを元に戻したんだ。
女の子はびっくりしたのとうれしかったのとで、一瞬で泣き止んでしまった。
ぼくらは女の子やそのお母さんから礼を言われて、二人と別れた。去り際の女の子の笑顔が、とても愛らしかった。
「ねえ、兄さん」
2人の親子を見送りながら、ぼくは兄さんの背中に声をかける。
「帰りに、ぼくたちもケーキ買っていこうよ」
ぼくは食べられないけど、こんな日にケーキもなしじゃやっぱり寂しい。
帰りが何時になるのかも分からないけど、それでもいいじゃない。
「お、おまえがそう言うなら買ってやらんでもない」
ちょっと、照れてふてくされたように、兄さんがこっちを見ないで言った。
ああ、これは自分も食べたくてうずうずしてたんだろうなぁと、気付いてしまう。
おおかたこの歳にまでなってケーキなんて、とか思っていたか、それともぼくに遠慮していたのかもしれない。どっちにしろ、素直じゃない兄さんが言い出せなかったのはそんな理由だろう。
「もう、兄さんも食べたいなら食べたいって言えばいいのに」
「う、うるせぇ! もう行くぞ! 大佐待たせるわけにもいかねーだろ!」
普段なら大佐のことなんて待たせとけ! って平気で言っちゃうくせに、こんなときだけ大佐を持ち出したってばればれ。でも、兄さんを怒らせてもいいことなんてなんにもないから言わない。
肩をいからせて、歩き出す兄さんの後ろにぼくはおとなしく付き従った。
広場には大きなもみの木が立てられ、街と共にいくつもの鮮やかな光や装飾で彩られる。
大人は子供達に大小さまざまな贈り物を贈り、子供達はもらったプレゼントを抱きしめてはしゃぎながら家路を急ぐ。
中には、年に一度の記念日である今日を、幸せそうに腕を組んで歩く、恋人達の姿も目に付いた。
広場に行けば、おそらく飾り付けられたもみの木の下で、まだそれぞれのパートナーを待ちわびる恋人達もいるのだろう。
今日は12月25日。毎年おなじみの夜の光景だ。
昔は自分達も、母さんやウィンリィたちと一緒にパーティーをしていた。暖かい家と暖かい家族に囲まれてプレゼントを交換したり、ケーキを食べたり。その日はどんなに遅くまで起きていても怒られなかったから、誰が一番遅くまで起きていられるか張り合ったこともあった。
でも、今はそんな楽しかった記憶も遠い昔のこと。
クリスマスの夜なのに、ぼくたちは司令部に呼び出しを食らった。重要な会合だから必ず出席するようにと、マスタング大佐にまで念を押されて。
なんでこんな時期に? と思わなくもない。でも、軍の命令なら仕方ないだろう。
兄さんは軍属ではないぼくを気遣ってついてこなくてもいいとは言ってくれたけれど、こんな日の夜に一人で兄さんの帰りを待つほうが寂しい。それに、兄さんだけ面倒なことに晒されるなんて、ぼくは嫌だったから。
だから今ぼくたちは、楽しそうに我が家へ、もしくはクリスマスディナーを振舞うレストランへ向かおうとする親子や恋人達とは逆に、たったふたりだけ雪の積もった道を軍の司令部に向かって歩いていた。
小さな女の子が、大きなクリスマスケーキの箱を抱えて嬉しそうにぼくの脇を走っていく。
危ないわよ、と後ろを歩く母親らしい綺麗な女の人が苦笑交じりに注意する。ちょうどそのときだった。
女の子が、雪に足を滑らせた。
女の子の体が空中に放り出される。それと共に、ケーキの箱も投げ出されてしまった。
「危ない!」
とっさにぼくは手を伸ばした。
女の子の体を受け止めようとして。
ギリギリで、女の子の体が雪に倒れてしまう前にぼくの腕はその小さな体を受け止めた。ほっと、一つため息が出たような気分。
でも、ケーキは。
振り返ると、兄さんがケーキの箱を抱えていた。でも、その顔は箱の中身を見下ろしてしかめ面になっていた。
覗くと、透明のフィルムが張られた向こうで、ケーキがぐしゃぐしゃにつぶれている。
「あたしのケーキ……」
無残な姿になってしまったケーキを見て、女の子が目を潤ませる。どんどんくしゃくしゃに歪められていく表情と、ぼろぼろとあふれてくる涙が、胸に痛い。
「また、買ってあげるから、ね」
なきじゃくる女の子に、困ったような顔でそっと手を添えた。
「でも、でも……っ!」
いくらなだめても、女の子は泣き止まない。
寒さのせいもあって、その子の鼻の頭とほっぺたはもう真っ赤だ。
ぼくは、その姿に居たたまれなくて、ケーキを兄さんから受け取ろうとした。錬成しなおせば、ちゃんと元のケーキになる。それをあげれば、女の子も泣き止んでくれるかもしれない。
そう思って。
でも。
兄さんがおもむろに女の子の前にかがみこんだ。
「どうして、こんなことになっちまったんだと思う?」
「あたしが走ったから……。おかあさんが危ないって言ったのに走ったから」
「そうだ。雪は滑るからな。もう走っちゃだめだぞ」
ぽん、と兄さんが女の子の頭をなでて、ケーキの箱を差し出した。
差し出された箱を見て、女の子が驚きに目を見開く。
箱の中のケーキは、少しの崩れもなく、その箱の中にきっちりと収まっていた。
いつの間にか、兄さんがケーキを元に戻したんだ。
女の子はびっくりしたのとうれしかったのとで、一瞬で泣き止んでしまった。
ぼくらは女の子やそのお母さんから礼を言われて、二人と別れた。去り際の女の子の笑顔が、とても愛らしかった。
「ねえ、兄さん」
2人の親子を見送りながら、ぼくは兄さんの背中に声をかける。
「帰りに、ぼくたちもケーキ買っていこうよ」
ぼくは食べられないけど、こんな日にケーキもなしじゃやっぱり寂しい。
帰りが何時になるのかも分からないけど、それでもいいじゃない。
「お、おまえがそう言うなら買ってやらんでもない」
ちょっと、照れてふてくされたように、兄さんがこっちを見ないで言った。
ああ、これは自分も食べたくてうずうずしてたんだろうなぁと、気付いてしまう。
おおかたこの歳にまでなってケーキなんて、とか思っていたか、それともぼくに遠慮していたのかもしれない。どっちにしろ、素直じゃない兄さんが言い出せなかったのはそんな理由だろう。
「もう、兄さんも食べたいなら食べたいって言えばいいのに」
「う、うるせぇ! もう行くぞ! 大佐待たせるわけにもいかねーだろ!」
普段なら大佐のことなんて待たせとけ! って平気で言っちゃうくせに、こんなときだけ大佐を持ち出したってばればれ。でも、兄さんを怒らせてもいいことなんてなんにもないから言わない。
肩をいからせて、歩き出す兄さんの後ろにぼくはおとなしく付き従った。