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冬の梟

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「…………ごめん」
「何に、対してのっごめんです、か」
「赤葦泣いてんのに俺すげぇ嬉しいんだ。苦しそうなのに、ごめんな」
涙もその苦しさも全て木兎に向けられた物だと思うと嬉しさと愛おしさしか感じられない。
「泣いて…ません」
鼻をすすりながら意地を張る赤葦に木兎も笑いたいのか泣きたいのかよく解らなくなった。
「好きな人の恋話を聞かされる気持ちは解りましたか」
「うっ、身に染みて解りました…ゴメンナサイ」
「あの時…俺の好きな人は誰か話そうとしたのに木兎さん怒って痛いことしてくるし」
「本当にゴメンナサイ!!」
「何が哀しくて好きな人からセフレになれとか言われないといけないんですか」
「ゴ、ゴメンナサイ!!」
もう謝ること以外何も言えない。
でも木兎はそれでも確認したい事があり、何とか勇気を振り絞って赤葦にお伺いを立てていく。
「赤葦ぃ」
「なんですか」
「俺もセフレなんて本当はやだ。赤葦の一番になりたい…恋人に、なってくれる?」
怖がりながら聞いてくる木兎に赤葦は深々と溜め息を吐いていく。赤葦の溜め息に木兎は肩を跳ねさせる。やはり都合が良すぎただろうか?
「俺の一番はとっくに木兎さんですよ…」
呆れながらの口調はどちらかと言うと赤葦自身に向けられていた。
「じゃあ恋人になれる!?」
「まぁ…はい。不束者ですが」
「赤葦はフツツカモノじゃない!」
ところでフツツカモノってなに!?
と続ける木兎に赤葦は口許を弛ませて薄く微笑んでいく。笑った顔を久し振りに見た気がした木兎は無意識に赤葦に触れていた。
唇に触れるだけの温もりが掠めたことに赤葦の眼差しが少しだけ見開いた。
そんな赤葦と目が合った木兎は瞬間的に我へと返り冷や汗を垂らしていく。
「うわぁあっ俺また勝手に!?」
慌てる木兎に赤葦は小さく吹き出した。
「木兎さん落ち着いてください。もう恋人なのでしょう?怒ったりしませんよ」
「…嫌じゃない?」
「嫌だったらそもそも恋人になってません」
赤葦の穏やかな声音に木兎はまた恐る恐る近付き、ゆっくりと唇を合わせてゆく。少しも逃げる素振りを見せない赤葦にやっと実感が伴ったのか木兎は目許を潤ませていった。
「絶対大事にする……」
木兎の言葉に赤葦も唇の先に触れて柔らかく瞳を細めた。
「俺も大事にしますよ。木兎さんが俺を必要としなくなるまで傍にいます」
「じゃあずっと一緒だ!」
なんの疑いもなく言い切った木兎に赤葦は笑っていく。未来のことは誰にも解らない。けれど今この瞬間の時間だけは真実だと思えたのだ。
それから暫くの間、久し振りの赤葦を堪能していた木兎の耳に「そういえば」という言葉が聞こえた。疑問に思い腕の中を覗くと赤葦が部屋の一角を指差していく。
「先ほどお風呂がどうの、と言っていましたが部屋に温泉付いてますよ」
「え、マジで!?」
「はい。部屋食も付いてます」
「宿泊費聞くの怖いな…」
しかし不特定多数との人付き合いを余り好まない音駒の元セッターの性格を考えると納得もいく。だが部屋に温泉が付いているということは…
「……!赤葦と一緒に温泉!」
「温泉は孤爪と入る約束しているので木兎さんとは入れません」
あっさりと希望を潰されて木兎は思いが通じたばかりの恋人の肩を揺さぶっていく。
「あ、赤葦の浮気者〜っ」
「ここの宿代は孤爪持ちですよ。木兎さん払えますか?」
木兎の手持ちでは食事代を出せるかも怪しい。
決定権は孤爪にあると告げる赤葦に木兎の脳裏には勝利を確信している猫の笑みが浮かぶ。
「代わりに黒尾さん呼んでおくので寂しくないかと」
「むさい野郎と二人なんてヤダー!!」
「俺とだって野郎二人です。大丈夫。同じです」
「全っ然違う!」
「まぁとにかく。俺の荷物もまだ孤爪の所にありますし、温泉入ったらまた合流しましょう?ご飯と寝る時はご一緒しますから」
その言葉に木兎の動きが止まる。
「木兎さん?」
「一緒に、寝て、くれるの?」
「………………………………………………………キス以上はしませんよ」
「生殺しっ」
「少し反省期間を設けます。それが不服なら俺は孤爪と寝るので木兎さんは黒尾さんと…」
「絶対手を出さないので黒尾とのチェンジは無しでお願いします」
「了解しました」
「あ、あと赤葦に一つお願いが…」
「なんですか?」
「木葉達へのブロックを解除して…。赤葦からのブロックをどうにかしないとお前とも連絡取らねぇ!とか言われて俺もブロックされてて」
「そういえばそうですね。解除しておきます」
木葉達にも迷惑をかけてしまったようなのでお詫びがてら連絡を入れねば、と考えていた赤葦はこの話の流れに「ある事」を思い付いた。そしてそれを言葉にしていく。
「では俺からも、もう一つお願いがあるのですが」
嫌な予感に木兎が思わず逃げ腰になるが、ここで断る選択肢がある筈もなかった。
「な、なに?」
「いつかは未定なのですが、孤爪から誘われたらちょっと二人で愛の逃避行してもいいですか」
「ダメぇ!!」
「…何処にも行き場所がなかった俺を助けてくれた恩人は誰ですか?」
「うっ」
「怪我の手当てもしてくれて、こうやって木兎さんとの仲直りに力を貸してくれたのは?」
「ううっ」
「木兎さん家から出た日は寒かったナー」
「ううう………」
拒否をする権利など最初からなかった木兎は床に減り込んでいく。
「あ、この話は黒尾さんには内緒でお願いしますね」
にこやかに告げる恋人がすっかり元気になっていることに木兎は安心したが、同時に元セッターを二人相手にする恐ろしさも肝に命じたのだった。


そしてこの愛の逃避行は予想よりも早く訪れることになる。来夏の長期休みを利用して『元セッター二人による愛の逃避行、南国バージョン』が開催されることを木兎はまだ知らなかった。

作品名:冬の梟 作家名:さえ