#14
眠る支度を終えた彼女は、立ち上がり、くるりと部屋を見渡す。床にしかれた布団は押入れにしまわれしばらく使われていなかったため、かつてより大分薄くなってしまったようだった。横着せずにこまめに干しておけばよかった、と後悔するけれど、そのころはそんな必要はないと考えていたのだ。ちくり、と心が痛む。
部屋の電気を消すと、月明かりが障子を抜けて淡くあたりに浮かんでいる。くたくたに疲れた体を布団へ押し込む。畳のいぐさが懐かしく香り、やわらかなそれはけれど固く彼女は無い眉を寄せる。もう一枚布団を重ねようか、とも考えたけれど、再び立ち上がる気力が彼女には残っていなかった。
ため息をつくかわりに、彼女の黒い影がひと房ほどあたりに拡散し、煙のように消えていった。少しだけ寒さを感じ、小さく身じろぎ寝返りをうつ。足りないものは確かに温もりであった。セルティは、今度こそため息をつく。
ひとりで眠りたい、と頼み込んだのは彼女の方であった。けれど、わかったと頷いた新羅に傷付いたのもまぎれもなく自分だ。嫌だと断られたって彼女はその手を振り払っただろうに、君がそう言うのなら、とひっそりと笑う彼からどうしても目を反らさずにはいられなかったのだ。寂しい、と思うなんて、身勝手にもほどがある。
こんな感情など知らなかったはずであるのに、いつからだろう、一晩でさえ離れるのが辛いほど溺れるようになってしまったのは。新羅は彼女から、永遠に続くはずだった悪い夢を奪うかわりに、人間でいることの苦しさを与えた。その苦しささえ、セルティは、彼ごと愛すと決めたのだ。あの夜、抱擁する彼のやわらかな衣服に包まれながら。
*
そして、セルティはひとりで再び夢をみる。いつかの悪夢ではない、それは、幼い恋人との古い記憶であった。やがて朝がきて、彼女は夢の内容をなにひとつ覚えていないのだけれど、あまい愛しさが残り香のように彼女の体へきちんと残っている。
朝は誰にだって等しく、新しい何かを与えてくれるのだ。枕元に置かれた携帯端末は、朝の光を受けつやつやと光っている。
ひとりごと/セルティ
(ひとりが寂しいセルティ)