天藍ノ都 ──天藍ノ風──
天藍ノ風
瞬く間に、琅琊閣が開発した衣は、金陵に広まった。
誉王と、妙音坊の宮羽が、その宣伝に一役かったのだ。
これはその時の小噺。
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以前、梅長蘇がめかしこんで、馬車で街中を流したが、長蘇の美しさだけが際立ち、藺晨が開発した布地の事は、さっぱり話題にもならなかった。
「藺晨の謀なんぞ、こんなものだ」、と長蘇に鼻で笑われ、臍を曲げた藺晨だった。
「では、長蘇ならば、どうするのだ!」と藺晨は噛み付いたが、そこは流石の梅長蘇。具体的な作戦をすっかり組み上げ、既に進んでいた。
「オイッッ!、お前!、何を勝手に!」と藺晨は息巻いた。
「どうせ売り出すつもりで、あの日、私に着せたのだろう?。
布地の商いは、『人』が手に取って、着たいと思うように、商戦はもっと緻密にせねば。」
「、、にしても!、勝手に進めるな!。一体、誰が苦労して開発した衣だと!!。」
「藺晨、どうせあれは、私に任せる気だったのだろ?。
それを勝手にどうのと、、、面倒臭い。」
長蘇はそう言って、そっぽを向いた。
「くー、、、。」
『面倒臭い』は、いつもならば、藺晨が使うところだったが、長蘇にお株を取られてしまった。
今回は藺晨には、言い返す言葉もない。
悔しがる藺晨に、長蘇はつい笑いが込み上げた。
新開発の布地の売り出しには、江左盟が、全面的な協力を惜しまなかった。
梅長蘇が、練り上げた作戦に、一つ一つの駒をはめ込んでいく。
琅琊閣と、江左盟の繋がりが、一切見えない様に。
新開発の布地の増産から、運搬、販路まで、一見、江左盟とは一見、無関係な者たちを、一つ一つ繋げ、都まで。
この布地の登場は、国中の人々を、あっと言わせるに足りうるものだった。
金陵の人々の欲を掻き立て、満たしてやる。
なるべく劇的に、だがあくまで、自然の流れを最重視して。
新開発の布地のお披露目は、肌寒い春のとある日の、紀王府が宴で。
『招春の宴』と名うち、紀王が春の季節の先取りをしよう、という趣旨の宴だった。
宴には、当然、宮羽が呼ばれたのだ。
その宴で、琅琊閣で拵えた新素材の美しい衣を、宮羽が纏い、琵琶を奏でる予定だ。
屋外の肌寒さを感ずる中、春らしい淡い黄色と緑の暈(ぼか)しの入った、紗を纏う宮羽。
厚着したり、毛皮の襟当てをしている客の中を、縫うように、紗を旎(たなび)かせ、宮羽は軽やかに、用意された舞台に上がる。
見るからに薄着の宮羽が、寒さなど、まるで感じない様子で、宴の人々の前に。
その様は宮羽の周りだけが、春になったが如くに見え、まるで天女が奏でた琵琶の音に、宴に招待された者達は、うっとりと放心したように、琵琶の音色に酔いしれた。
音にもまして、どこから微風が起こっているように、嫋(たお)やかに宮羽の黒髪と、美しい紗の裾が揺れた。
その、なんと美しい事か。
どこからか、馨(かぐわ)しい花の香りが流れ、宴の会場が、春の良い香りで満たされた。
その中心で、楽を奏でる宮羽は、仙界の天女そのものだった。
宴に招かれた人々は、溜息を漏らす。
宮羽の琵琶が終わっても、夢見心地の人々が、現(うつつ)に戻るのに、酷く刻を要した。
時折、楽器と衣を変え、宮羽は舞台に上がり、人々に酔わせた。
宮羽の楽と姿は、金陵の中、紀王府にだけ、本当に春が訪れたと、勘違いする程だった。
宴が終わり、紀王に挨拶をし、人々は帰路につく。
だが、中には帰ろうとしない人も。
宮羽は妙音坊に戻るために、紀王に挨拶をした。
紀王は、今日の宮羽の艶やかな姿と、奏でた音色に大絶賛し、次の宴の約束を取り付けた。
そして宮羽は、妙音坊の従者と、門に向かう。
その時、数名の女人が宮羽の後を追った。
宮羽の美しい衣の事を、聞く為だった。
宮羽は嫋やかに微笑んだ。
──壽仙坊(しゅうせんぼう)の『清蘭』──
宮羽は惜しげも無く、『清蘭』と名のついた布地の事を教えてやる。
「この衣は、薄着でいても、少しも寒くないのです。」
扱っている店の事、品物は、貴人だけが、特別に入手する様な限定品では無く、人々が望めば手に入れられる事、等、、。
ただ、行商人の様子で、店構えが無い。
行商人は、暫くは金陵に居ると言っていたので、必ず会える筈。
人々は美しい仙女の微笑みと、仙女の衣の虜となった。
仙女の衣の噂は、瞬く間に、金陵の都中に広まった。
貴人達は、仙女を見に、妙音坊に殺到した。
ところが中には、宮羽に荒ぶる貴人も、、。
「壽仙坊の行商人が、何処を探しても居ない」、のだと。
清蘭を求める都の婦人は、宮羽に助けを求めたのだ。
「私もたまたま、行商人から入手した物で、詳しくは分からないのです。」
宮羽は謝罪した。
『無い』となれば、何がなんでも手に入れたいのが、人の心というもの。
争うように貴人達は、壽仙坊を探し清蘭を探したが、どこにあるのか。噂だけが先行して、金陵の人々は騒然となった。
それから、ひと月も過ぎた頃。
布地は、頃合いを見て、少しずつ、金陵の江左盟の店に置いてゆく。
布地は常に品薄で、貴人達は先を争い、高値で布地を買っていった。
謎を持たせ、焦らしまくった。
江左盟が演出した、商いの手法は大成功だった。
それからまたひと月。
藺晨の作った特殊繊維は、『清蘭』と名付けられ、涼しく感じる夏物も、新たに売り出された。
そんな折、誉王が清蘭の衣で、宴を開くと言う話が飛び出した。
何と誉王は、金陵の貴人達に、清蘭を贈ると。
金陵の貴人は、騒めいた。
「ウチは誉王派だ」と、ほくそ笑み、安堵する者。
または、「誉王派でなければ、星蘭が手に入らぬ」と囁かれ。
皇太子派の貴人の奥方や娘は、「誉王派になる様に!!」、と、、。
「でなければ私は死ぬ!」とまで、夫に詰め寄る女人も大勢いたとか、、、。
夫人や娘にせっつかれて、誉王派になるべく、財宝を持って、誉王府の門戸を叩く者が、通りに列を成した。
誉王の笑いが止まらぬ一方、皇太子は歯軋りしきり。
皇太子派の者は、皇太子に「清蘭を何とか融通して欲しい」と泣き付く者もいたが、、、。
皇太子の懐刀、謝玉は失脚し、頼みの越貴妃も派閥の朝臣の分を、入手することが出来ず、皇太子は何の策も打てなかった。
皇太子は激怒し、不貞腐れ、皇太子府の奥に籠って、酒や歌舞に明け暮れ、享楽に耽った。
誉王府での「清蘭の宴」の日取りが決まり、貴人や朝臣の家々に、夏物の「清蘭」が贈られた。
ところが、これが、誉王派の者にだけ贈られたと思いきや、誉王は名だたる名士に「清蘭」を贈ったのだ。
つまりは誉王は、皇太子派の者にも贈ったのだ。
そして、誉王は皇太子にも。
皇太子妃と揃いの「清蘭」を贈ったのだ。
「おのれ!、誉王めぇ!。
この皇太子を愚弄するのか!!!!。」
皇太子は、贈られた「清蘭」を床に投げつけ、「清蘭」の上で、地団駄を鳴らした。
作品名:天藍ノ都 ──天藍ノ風── 作家名:古槍ノ標