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天藍ノ都  ──天藍ノ風──

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「そんな布は、燃やしてしまえ!。」
 皇太子の剣幕に、宦官達は、「清蘭」を拾って素早く退出した。

 皇太子は、「誉王から贈られた布は焼き捨てよ」と、自分の派閥の朝臣達に、密かに令を出していた。
 その令を受け、本当に焼く者、またはこっそりと保管する者、悲喜交々だった。
 謝玉が捕らえられている今、皇太子の求心力は次第に弱まり、有力者は離れつつあった。
 越貴妃への皇帝の寵愛だけが、皇太子の命綱だった。

 金陵に、「清蘭」の風雲が巻き起こったのだ。





 宮羽が清蘭を着た、紀王の宴の日から、二ヶ月半が過ぎた。

 そして迎えた、誉王府、宴の日。

 金陵は晴れ渡り、春は終わりに近づき、夏に向かっていくが、宴の当日は、初夏の前の爽やかな一日となった。


 誉王府は貴人で溢れかえり、家職が慌ただしく対応に追われている。


 珍しく靖王にも、誉王は、宴の招待状が届けた。
 そして珍しく、靖王は断りもせずに宴に出向き、誉王府の門前に立っていた。

「おお、これは靖王殿下!。」
 家職が気付いたが、拱手するだけで、中へ案内する訳でもなく。
 家職は、他の客の相手をし、誉王府の従者に客の案内をさせた。
 靖王は、皇族であるにも関わらず、この家職に軽んじられていた。
 それは誰の目にも、明白だった。


「靖王殿下!。」
 不意に、靖王の背後から、女子の声。
 溌剌とした声の持ち主は、霓凰だ。

 薄い青色の、女子の清蘭を着ていた。
 艶やか、と言うよりも、凛とした霓凰にぴったりの色と衣の意匠だった。。
 派手な装飾品など付けずに、鎧を着た時の様に、頭で髪を一つに纏め、銀の髪飾りと、鳳凰を模した刺繍の帯を巻いている。
 霓凰らしさが、溢れ出す着こなしだ。
 宴で何をする気なのか、女子の様に、ただ宴を楽しむつもりでは無い様子だ。

 霓凰は靖王に拱手をした。
 普通の女子は、拱手で挨拶などしない。
 雲南一帯を治める穆王府の、実質上は、雲南王ともいえるこの霓凰の挨拶は、老齢な将軍の様に、威風堂々としている。
 父王や兄を早くに亡くし、代わりに霓凰が領地と領民を守ってきた。こんな風格を身に付けるほどに、霓凰は苦労を重ねたのだ。

「珍しいわ、靖王殿下。こんな宴席には出ないものだとばかり。」
 霓凰は靖王に微笑む。
「ふぅ〜ん、、、殿下、中々だわねぇ。流石だわ。」
「ん?。」
 何が流石なのか、靖王には分からない、霓凰は目を細めて、意味深に笑う。
 そして、家職を一瞥して言った。
「ねぇ、誉王府の家職殿、私達に案内は無いの?。」
 無骨なだけの靖王とは違い、霓凰は従者の扱いに慣れている。
「大変、失礼を致しました。、、、オイ!。」
 家職は若い従者を呼び、二人を案内するように言いつける。

 従者を前に、二人並んで歩きながら、従者に聞かれぬように、こっそりと霓凰が言った。
「それにしてもまさか、誉王府に招かれるなんてね。
 蘇先生から言われたんじゃなきゃ、来なかったわ。」
「?!、霓凰郡主も、、蘇先生から言われて?、。」
「そうよ。この宴にも、蘇先生は、協力しているらしいわ。」
 そう答えた霓凰は、何か訳知り顔だ。


 やがて二人は、中庭に着いた。
 案内の従者は、お辞儀をすると去っていった。

 そこでは、誉王が招待客一人一人を出迎えている。
 、、、、、その長い列ときたら、、。

「これは、、相当、並ばなきゃ、、だわね。」
 列を見て、霓凰はうんざりしていた。

 暫くすると、ガヤガヤという一団が、後ろから近付いてきた。
「あら、皇太子よ。やだ、越貴妃まで!!。」
 皇太子の一団は、挨拶の行列に並ぶ靖王と霓凰を抜いて、列の横を悠々と歩き、誉王の前に。

「これは兄上、ようこそ。」
 皇太子が来たという事は、皇太子は誉王に折れたという事。
 誉王は満面の笑みで、皇太子を迎えた。
「兄上、清蘭が良くお似合いだ。
 そして越貴妃、なんと美しい。清蘭は越貴妃の為にあるというもの。」

 皇太子は、ツンとそっぽを向いて言った。
「景桓よ、何か勘違いしているか?。私達が着ている衣は、お前から贈られた物では無い。
 これは私が、特別に設(しつら)えた衣だ。
 やはり皇太子が着る衣たるもの、この位の品位が無くてはな。
 景桓の物では、私とは格が合わなかった。
 その位は分かっていると思ったが、残念だぞ。
 兄を敬わぬ証だ。
 、、、、だが、私は器の大きな人間だ。仕方がない、兄として、この件は不問としてやろう。」

「それはそれは、、感謝致します。
 それにしても兄上、良くお似合いだ、クククク、、。」
『誉王をやり込めつつ、思い通りに宴にも顔を出し』と、出し抜いた感に、皇太子は満足をしていた。
 珍しく、誉王の弁舌が喧嘩腰では無いのが、皇太子は少し気にかかったが。
( これ見よがしに、のこのこと私が、誉王府の宴に応じた事を、突っつくかと思っていたが、、。
 景桓め、こうも従順だと、気味が悪いぞ。
 何を考えている?。)

« ふふふ、兄上、悩んでいるな。
 今着ている衣も、私が手を回して、景宣に買わせた物だ。しかも割高にな。
 初めから贈った清蘭を、素直に使えば良いものを。
 今着ている物は、私が贈った物よりも、遥かに質が落ちる。
 それも分からぬとは、、クククク、、、やはり景宣は凡庸で徳も無し。»
 誉王は笑いを噛み締めるので精一杯だった。
« 後でそれとなく宦官共に振れさせて、分からせてやるか、クククク、、。»

 誉王の心から、嬉しさが溢れ出した。
 当然、皇太子はこれに気がつく。
「何が可笑しい?。
 景桓!、何か企んでいるな!。不敬だぞ!。
 私を陥れるのは、父上を陥れるも同然の、、、。」
「兄上!、私はそんな事を思っている訳では無いですよ。とんだ言いがかりです。」
「ふん、お前の考えなぞ、分かっているぞ。
 金陵中の名士を集めて、ただ人気取りをしたいだけなのだろう?。
 はっ、全く!、お前ときたら、人心を取り込むことしか頭にないのか?。」
「決して、そんなつもりはありません。
 良い衣が手に入ったので、皆にそれを公平に贈った迄。
 ご覧下さい、皆、喜んで着ておりましょう。」
「お前がそんな訳は無い。
 分かっているぞ、狡い奴め。」
「兄上、なんと言う事を。」

 この兄弟二人に、場がうんざりし出した。

「誉王妃、この二人、付き合いきれないわ。
 私を案内してちょうだい。」
 我慢しきれずに、越貴妃が、誉王の側に控えていた誉王妃に言った。
 皇太子と誉王がこうなると、長い上に、堂々巡りで、終わりが無い。日が暮れても続いている。

 誉王妃は越貴妃の前に出る。
 誉王妃は、越貴妃が出した手を支えて、王府の奥へと案内して行った。

 実は今回、皇后が欠席なのを把握している越貴妃は、宴の主役になるつもりで、清蘭と、盛り盛りの装飾品で、煌びやかに粧し込んでいた。

 一方、誉王妃はというと、さらりとした装いだが、最高級の清蘭で、そこに散りばめられた見事な刺繍が、誉王妃が動く度に優雅に揺らめいた。

 越貴妃の絢爛豪華さに比べれば、やはり、見劣りはしたが。