天藍ノ都 ──天藍ノ風──
また別の三人の客人が、こちらに向かっていたが、今の二人の女人が、何か声をかけると、向きを変え、早足で、女人と共に遠ざかっていった。
蒙摯が、霓凰の側に走り寄り、言った。
「なんと毒蛇が!!。
誰かが噛まれる前で、良かった。
よし、私が退治してやる。
霓凰郡主、蛇はどこにいる?。」
「、、あの、、、蒙大統領、、。
、、、蛇は嘘なの、、。」
「何?、、嘘?、、、。
霓凰郡主、どうして嘘なんか。」
「だって、、、ほら、見て、、、あの東屋を、、。
林殊哥哥と、靖王が、あんなに穏やかに話をしていて、、。」
「うむ?。」
東屋は遠く。
二人の人物がいて、誰かはよく見えないが、確かに、穏やかに語り合っている様子が分かる。
長蘇から、「ここに居る」と前もって教えられていなければ、誰かは分からないだろう。
霓凰は蒙摯に言った。
「靖王は、梅長蘇の正体が林殊哥哥だとは、知らないわ。
梅長蘇は策士よ。梁の将来の為に、梅長蘇の策は受け入れても、梅長蘇自身を、靖王は受け入れないはず。
でも、あんな風に、二人が話している様子を見ると、靖王は梅長蘇を、心から拒絶してはいないの。
靖王は、梅長蘇が林殊哥哥だと、いつか気がつくのではないのかしら。」
「うむ、、、なるほど。」
「、、、、でもね、蒙大統領、、、、。
私、靖王が気付けば良いのにと思う反面、梅長蘇の正体を、靖王が知ったら、林殊哥哥は苦しむのではないかと、、、心配でもあるの。」
「私や霓凰郡主でも、梅長蘇は小殊だと分かったのだ。
共に育った靖王と小殊ならば、気が付かぬ訳が無い。
本当は知っているのでは?。
それとも靖王は、それほどまで鈍いのか?。」
「林殊哥哥が心を徹して、正体が分からないように防御しているんだわ。
林殊哥哥は、ここ一番の時は、作戦をいつも完璧にこなしていたもの。
それでも靖王に、身の上が知れてしまう事を恐れて、靖王に身構えさせる為に、わざわざ靖王の嫌いな、策士を名乗ったんだわ。」
「そういえば、小殊は、不測の事態に備えて、二重三重に作戦を立てていたなぁ、、。
子供のくせに、なんて奴だと思ったものだ。
敵に回したら、恐ろしい奴だと思ったよ。
そこまでして、靖王に知られなくない理由が分からない。
いっそ打ち明けて、協力してもらった方が、話が早いと思うのだが。」
「そうよね。
確かに、回りくどい所があったわ、、。
でも、そのお陰で、最終的に恨みを買わずに、感謝された事も多いわ。
赤焔事案の再審は、天下を揺るがす事だもの。
それを成そうとするには、相当の障壁があるのだわ。私達には、とても考えが及ばない。
きっと、林殊哥哥にとって、靖王に身の上を明かさない事が、正しい事なんだわ。
いくら、身の上が知れる事を、完璧に防御しても、靖王だって馬鹿じゃないわ。きっと気がつく。
それでも林殊哥哥は、絶対に知られない様に、自分を抑えているんだわ。
林殊哥哥だって、どんなに自分の身の上を明かして、靖王と語らいたいか。
だから今、二人がこうして語らっているのが、とても尊く思えて、、、。
蒙大統領、決して私達の口から、梅長蘇の正体が分かる事がないよう、気をつけなくては。」
「うー、、、む、、、。
傍から見ていて、苛々する時があってな、、。
喉元まで、言葉が上がってくるのだが、、、。」
「そうね、、一番の友である、靖王に言えないって、とても苦しいわ。
でも、言ったらきっと、林殊哥哥は私達を許さない。」
「うっ、、、、、、それは、、、困る、、嫌だ。
、、、ああ、、分かった。
絶対に誰にも言わぬ。」
「ね、言ったら、口をきいてもらえなくなるわ。」
「小殊は根に持つからなぁ、、、。」
「うふふ、、。」
その時、飛流が宙をくるりと回り、道に降り立ち、まさに霓凰達の横をすり抜け、長蘇達の所へ向かおうとしていた。
「飛流!。」
「飛流!、どこへ行く?!。」
霓凰と蒙摯に、呼び止められて、飛流は、止まった。
「あっち。」
飛流は菓子の包みを持った手を、長蘇のいる東屋に向けた。
「こらこら、、行くな。
それよりも私と遊ぼう、な!。
何をする?、手合わせごっこか?。」
「おじさんと?、うー、、。」
飛流は少し考えたが、ついさっき、蒙摯と百近く手も手合わせし、霓凰とも50手以上、やり合った。
いいかげん、少し休みたかった。
「やだ。蘇哥哥の所に行く。」
直ぐにも、走り出しそうな飛流を、霓凰が呼び止める。
「まって、飛流。」
「う?、、。」
「ねぇ、飛流にも蘇哥哥と靖王が、話しているのが見えるでしょ?。
今二人は、大事な話をしてるのよ。
邪魔してはいけないわ。
それよりも、一緒にお菓子を食べましょう。
雲南の珍しいお菓子を、誉王府に届けて置いたの。
飛流にも食べて欲しいわ。
きっと、気に入るはずよ。
ね、雲南のとびきり甘いお菓子よ。食べたいでしょう?。
飛流は良い子だもの、分かるわね。」
「うー、、、。」
「さすがだ、霓凰!。」
飛流の心を良く知っている、と、蒙摯は感心している。
飛流はしばらく考え悩んだ。
ただ飛流は、『早く長蘇に会いたい!』。
手に持った包みを広げ、長蘇に見せれば、『良かったな』、と、そう言って、飛流の頭を撫でるだろう。
飛流は、長蘇に撫でてもらいたい!。
良い子でいるのは、長蘇の前だけでいい。
今は早く、長蘇の元へ行きたかった。
「分からない!。」
霓凰にそう強く言うと、一目散に、長蘇の東屋へと飛んで行った。
「あっ、、おい、コラ、飛流!。」
「飛流?!!、、珍しいお菓子は?!。」
「イラナーイ。」
飛流の心は沸き立ち、長蘇の眼差しが恋しくて堪らない。
なのに、東屋は案外に遠くて。
飛流には、蒙摯と霓凰と会う前から、誰が立っているのが分かっていた。
飛流を止められる者は、どこにもいない。
「蘇哥哥─────!。」
長蘇が笑って、飛流を見ている、のが。
遠くて、表情など見えなくても、笑っているに違いない。
「む────ッッ!。」
蒙摯の鼻息が、突然、荒くなる。
何かを怒って、興奮している。
「もう我慢ならん。
ショウシ、、、、イヤ、、、
蘇──先生────!。
飛流と手合わせして、飛流の名を更に上げておいたぞ!。
ショ、、じゃなくて蘇先生!、私を褒めてくれ!!!。」
そう言うと蒙摯は、東屋に向かって、飛んで行った。
「やだッッッッ!。
飛流!、蒙大統領!!!、ずるいッッ。
私だって褒めて欲しいわ!!。
蘇先生ー!!!、私だって、邪魔が入らないように、追っ払ったわ!!!。
私もいっぱい褒めてー!!。
蘇─先生──!!。」
霓凰もまた、東屋に向かって、駆けて行った。
すぅ───
、と、辺りに優しい風が吹く。
絹の如き、艶やかな髪を流し、
袂が孕む。
風は、瑞々しい、若葉の気を含んだ。
人々の心を爽快にさせる。
風は、
初夏の匂いがした。
作品名:天藍ノ都 ──天藍ノ風── 作家名:古槍ノ標