天藍ノ都 ──天藍ノ風──
私は、どこに景琰の笑いのツボがあるのか、分かるだけに、妙な所で笑い出す景琰に呆れるが、笑いを止めようと、呼吸困難になる景琰の必死な姿が珍妙で、、。
終いには、私まで可笑しくなってしまって、、。
二人で爆笑するのだ。
そばに居る霓凰からは、『何が可笑しいのか分からない』と、呆れられて、、、、。
そして霓凰が、取り残されたようになり、拗ねるのだ。
それで、やっと二人の笑いが止まった。──
「、、、はぁ、、、失礼、、、クク、、。
何だか、昔を思い出してしまった。」
「世間の、『殿下は気難し屋』という噂は、間違いですね。
靖王殿下は、良くお笑いになる。
この間も、私は笑われましたが。」
「あぁ、、そうだったな、ふふ。
まぁ、相手にもよるのだ。
こんな風に笑える相手は、母上と配下の連中、くらいなものだな。
配下の者は、互いに気心が知れていて、な。
危機を乗り越えた、仲間でもあるし。
だが、蘇先生の前で、こんなに笑ってしまうとは、、。私の気持ちが、少し緩んでしまうようだ。」
靖王は、口元を掌で覆い、まだ笑いを堪えていた。
、、、掌の隙間からは、嬉しそうな顔が伺えた。
「殿下は、子供の頃は、良く笑っておいでだったのでしょう?。」
「それはそうだ。普通の子供だったよ。
友と遊び、良く笑っていたのだ。
、、、懐かしい。
地位が低いので、苦労もあったが、その分、兄達よりは自由だった。
苦労はあったとはいえ、祁王からは庇護されていたし。
何より、心をひとつに出来る友がいた。」
「この前のお話の、ご友人ですね。
良い友をお持ちだったのですね。」
「ああ。
今は、訳があり離れているが、私の支えでもあるのだ。」
そう言って、梅嶺の方の空を見る、靖王の視線には、微笑みと力強さがあった。
──景琰はしっかりと生きている。
梅嶺の惨事を知って、尚、私の生存を信じているのだ。──
長蘇の心が熱くなった。
靖王の清蘭が、心地よい風に翻(ひるがえ)り。
「靖王殿下、清蘭が良くお似合いですよ。
威風堂々とした、その出で立ちは、さすが、この梁を守る皇子です。
この宴の中で、誰よりも輝いている。
靖王殿下を見た者の、心に残るでしょう。」
「ぇ、、、。」
心の底から、嬉しそうに微笑む長蘇を見て、靖王の胸が高鳴った。
その笑顔は、策士のものでは無く、長蘇の人間としての大きさと、深い情を感じられた。
じん、、と熱い何かが込み上げる。
懐かしさが、心を占めた。
古くから、よく知っている様な、この者の『何か』。
その『何か』は、直ぐにも掴めそうで、そっと両の手で大切に包むが、それは靖王の掌を、するりと抜けゆく。
━━本当に、この者は謎だ。
策士が本来の顔なのか、、、それともこの様な、優しげな面持ちが、本来の顔なのか、、、。
掴もうとすれば、いつも躱される。━━
いくらか頬を染める靖王を、更に煽るように長蘇は言う。
「以前、褒めていただいたから、というわけではありません。
本当に、良く着こなしていらっしゃる。
選んだ甲斐がありました。
帰り道に大通りを通れば、縁談の申し込みが引きもきらずに、、。」
「蘇先生、、さすがにそれは、、。
私を揶揄っているのか?。」
「ふふふふ、、、お許しを。」
━━正直、褒められ慣れていなくて、中々こそばゆいが、、、、。
この策士に褒められて、悪い気はしない。
こんな、軽口の叩き合い、、、、、
、、、、そうだかつて、、。━━
ようやく、その手に掴んだ、か細い『何か』。
「我が主の堂々たるこの姿。
私も誇らしいです。
正直なところ、私が先導して、都をくまなく歩き、お披露目したい気分です。
、、今は叶いますまいが。」
「私は、そういった事は、苦手だ。
皇太子と誉王に、任せておこう。
私には、軍務がある。」
「凱旋の日がありましたら、是非、私が差配させていただきますよ。」
「ははは、、戦が無いに越した事は無い。
そんな日は来ないことを祈ろう。」
──さすが、景琰。
皇太子や誉王とは、器が違う。
あの二人は、自分の売り込む為に、凱旋をするだろうが、景琰は民の暮らしを第一に考えている。
比べるまでも、無い事だがな。
景琰は祁王には及ぶまいが、祁王の持たぬものを持っている。
それは、虐げられ、苦労をしたからこそ、得たものなのだ。
景琰は良い為政者になる。
だがな、凱旋は必要なのだ。
それは民の為なのだ。
戦いから戻る夫や息子を眼に映し、人々は、太平の世にうつり変わった喜びを体感する。
民の為の、祝賀の日なのだ。
、、、、まあ、景琰はそういう所に、疎いからなぁ、、。
教え甲斐があるというか、、、私が教えてやらねば、、というか、、、、。
、、、、、仕方がないよなぁ、、ウンウン。
ンフフフフフフフフフフフフフフ、、、ニヤニヤ、、。──
「靖王殿下の器の大きさに、感服いたしました。
ですが、凱旋が必要な事も、あるのですよ。」
「まぁ、凱旋が必要だ、というのも理解できるが、、。」
──なぁんだ、、、、分かるんだ、、、。
、、、、、、、、、、、、、、、チッ。──
「私に、そんな事を仄めかすとは、、そなたが私の横に並んで、凱旋をしたいと?。」
靖王の顔が曇った。
──あはは、、、こちらの真意をうかがうとは。
昔みたいに、我武者羅に突っ込む景琰では、ないのだな。
十年前ならば、梅長蘇は、これ以上、話を聞いてもらえず、牢にぶち込まれていただろうな。
私を探れるだけの、心の余裕が出来たのだ。──
長蘇は、満面の微笑みを湛(たた)え、落ち着いた口調で言った。
「いえいえ、、私はしが無い江湖の者。江湖の者と繋がりがあったら、殿下の名声に傷がついてしまいます。
皇太子と誉王が失脚しても、私が表に出る事は決してありませんよ。」
「表に出る気は無いと?。」
「はい、出ません。」
ますます曇る、靖王の表情。
「、、、、、、私を支える目的は何なのだ?。」
──あははは、、、景琰が我慢できずに、直で聞いてきた。
やっぱり景琰だ。──
、、、必死に笑いを堪える長蘇。
さて、一方。
「蒙大統領!、ちょっとちょっと。」
「おお!、霓凰郡主!。」
腰ほどの茂みに隠れた霓凰が、近くを歩く蒙摯を呼び止め、手招きした。
「どうした、霓凰郡主?。私は小殊と、この先の東屋で、会う約束をしているんだが。」
「そう、、林殊哥哥は、この先の東屋にいるんだけど、、。」
すると程なく、ご婦人二人が、こちらに近づいてくる。
すかさず霓凰が、女人二人に近付いた。
「この先へ、行くつもりなの?。」
「霓凰郡主、そのつもりです。」
女人は霓凰に挨拶をして、そう答えた。
「行かない方が良いわ。
この先の道に、蛇がいたのよ。
毒蛇かも知れないわ。」
「きゃー、なんて怖い。
教えて下さった霓凰郡主に、感謝いたします。」
「早く戻りましょう、では失礼を。」
二人の女人は、蛇を怖がり、来た道を戻って行った。
作品名:天藍ノ都 ──天藍ノ風── 作家名:古槍ノ標