レベル100の杞憂
グランサイファーの食堂にて、ガウェインが注文した昼食を載せたトレーを手に空いている席を視線で探すと、見慣れた鳶色の頭を見つけた。
いつも誰かしらと談笑している印象があるだけに、一人でいることは珍しい。
ちらりと周囲に目配せをして、彼のもとに足を向けようとしている者がいないことを確認する。
「おい、ここいいか」
席の正面にまわり込み声をかけると、ネツァワルピリが顔を上げた。
「ガウェイン殿!無論、大歓迎であるぞ」
一瞬驚いたような表情を浮かべたネツァワルピリだったが、すぐにぱっと笑って自分のトレーを手前にずらし、こちらのトレーを置く空間をさりげなく空けてくれる。
有り難く相席しつつ、そっとガウェインは相手の表情を盗み見る。
「……何かあったか」
「!」
フォークを手に持ち呟くように訊ねると、ネツァワルピリがぴくりと肩を揺らした。
…やはりか。
些細な反応に特に気づかないふりをして、くるくるとパスタを巻きとって口に運ぶ。
対するネツァワルピリは、食事の手を止めて逡巡する素振りを見せると、困ったように眉尻を下げてくしゃりと笑った。
「…何故、わかったのだ?」
「ふん…。貴様ほどわかりやすい奴もいないだろう」
とはいえ、別段確証があったわけではない。
ただなんとなく、いつもの声と違うなと感じただけだ。
他の団員なら、普段と様子が違ったところで首を突っ込むことはない。悩みや相談事ならそれぞれ言いやすい相手というものがいるだろうし、世話を焼く義理などないからだ。
しかし、こいつは誰かに胸の内を打ち明けるとか、そういったことをしない。心配をかけまいとしているのか、それが王の威厳とやらの為なのかは知らないが、とにかく他者に踏み込まないし、踏み込ませないのだ。
「別に、言いたくないことなら構わんがな。…俺で力になれることなら、胸を貸してやらんでもない」
ぼそぼそと言いつつパスタを頬張る。
言うか言わないかは、当然奴が決めることであって無理に聞き出そうとは思わない。
どの道、この男は何か困っていることがあったところで核心を晒してくれることなどないだろうと、漠然とわかる。鷹揚に受け流されるだけだ。
しかしガウェインの予想に反して、ネツァワルピリはテーブルに片肘を突いて上体を乗り出してきた。
「実はな…、」
「……、」
まさか教えてくれるとは思っていなかっただけに、口に入れようとしたパスタたちはバラバラと皿に落ちていってしまった。
内心どぎまぎしつつ、フォークを置いてガウェインも相手に倣ってテーブル上で前傾になる。
「……世にも恐ろしいものを見てしまったのだ」
「…恐ろしいもの?」
もってまわった言い方をするタイプではないはずだが、ネツァワルピリは真剣な面持ちで、言葉を選ぶようにして続けた。
「ガウェイン殿は、先日参入されたコスモス殿とナタク殿を知っておろうか」
「?……まあ、顔だけはわかる。星晶獣だろう?」
「うむ。その二人が喫茶室にジータに呼ばれたところに、ちょうど我も居合わせたのだ。我は騎空艇を案内するのだろうと思い、そのまま流れを見守っていたのだが…」
ネツァワルピリはそこで一度言葉を切り、さっと食堂内に視線を走らせ、その緊張感にガウェインも思わず固唾を飲んで息を潜める。
ネツァワルピリは周囲に一層の注意を払いながら、口をひらいた。
「…ジータは、何も説明せずに、彼等の口の中にマカロンを詰め込み始めたのだ…!」
「……、……、…は?」
つい間の抜けた一音を発して、ガウェインは顔を上げる。
ネツァワルピリは尚も恐怖に染まった顔のままだ。
「…貴様、俺をおちょくっているのか。そんなもの、ただの茶会だろう」
なんの説明もなしに、というのは些か不気味な感も否めないが、世にも恐ろしいものとは程遠い。
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