特別への一歩
どちらのものともつかない、獣のような荒い息遣いが部屋に満ちる。
…達してしまった。
奴の目の前で。奴の手で。
脚の間から膝が抜かれると気が抜けてしまい、へたり込みそうになるガウェインの後頭部にそっと相手の手がまわされて、優しく唇を重ねられた。
くちゅり、と音を立てて舌を絡められ、軽く吸われるとすぐに解放される。
余韻の残る口付けに吐息が漏れてしまう。
ぼんやりとした表情のまま、離れていく唇を目で追っていると不意にネツァワルピリが盛大な溜め息を吐いて、顔を俯けた。
「な、なんだ。どうした」
何か相手を幻滅させてしまうような態度をとってしまっただろうかとガウェインが内心焦りつつ訊ねると、なんとも悩ましげな面持ちでネツァワルピリは呟いた。
「……お主の呪いを、かくも疎ましく思うとはな」
「……、」
彼の言わんとしていることを理解し、顔を真っ赤にしながら拗ねるように言ってやる。
「……俺は…初めて呪いに感謝した」
「なんと!」
「くくっ…」
すぐさま打ちひしがれたような反応が返ってきて、思わず笑ってしまった。
そんなこちらに、ネツァワルピリはどこか満足そうに目を細めて口元を緩ませる。
「…ガウェイン殿、お主の力になれることがあれば、なんでも頼ってくれ。我はそれを幸甚に思う」
穏やかな声音で唐突に告げられ、ガウェインはぐっと言葉に詰まった。
…これだ。
見返りを求めない、一方的な施し。
あの街での買い出しのとき、奴はこれを人の温かみだと言った。
それに関しては、あの街では人情に頼ったそのやり取りが人を呼び、ひどく不確定ではあるが結果的に経済をまわしているのだろうと考えることで合点がいった。
人の温かみとは、無条件に自己満足を押し付けた先で、最終的には利益を回収しているのだろうと。
しかし、こいつの場合は、違う。
「…解せんな。そんなことをしなくても、戦闘の際にはこれまでどおり守ってやる。その代わり貴様は敵を薙ぎ倒せ」
「それは無論であるが、ガウェイン殿。我の愛を受け取ってほしいのだ」
「愛…!?」
「うむ。どんな些細なことでも、お主の安寧に繋がるならば惜しみはせぬ。所謂、無償の愛であるな」
恥ずかしげもなく、いっそ誇らしげに言ってのけるネツァワルピリ。
ガウェインは半ば混乱しつつも、胸にじんわりと染み渡る熱に心地よさを覚え、その答えを欲した。
「何故……そこまで…」
人の心など難解で、きっと彼がくれる言葉も理解してやれないとは思うけれど。
それでも「勝手にしろ」ではなく、自分の口から出たのは「何故」だった。
知りたいと、思ったのだ。
そんなガウェインに、ネツァワルピリは嬉しそうに破顔した。
「我が、ガウェイン殿に惚れたから、であるな。お主は我にとって特別なのだ」
「……、……」
至極簡単に、もっともらしく言うものだから何も言い返すことなどできなくて。
赤面どころか耳や首まで熱くて仕方ない。相手の顔を直視できず、そっぽを向きながらぼそぼそと問いを落とした。
「……おい。…こ、こういうとき、なんて言えばいい」
「む…そうであるな……。俺も、と」
「ッい、言うか阿呆!」
「はっはっは!」
しかし、そう噛みつきつつもガウェインは、己を包む鎧の戒めが心なしか弱くなっていることに気がついた。
まだまだ外れる気配こそないが、着実に前へと進むことができているらしい。…奴には絶対言わないが。
自分を見てくれている人がいる。特別だと言ってくれる人がいる。
月並みな感覚かもしれないが、それだけで強くなれたような気がして。
彼が寄越してくれた愛は、きっと自分にとっても特別なものになるのだろうと。
そんな予感を噛み締めて、ガウェインは表情を和らげた。
fin.