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結局、男らしく先導することなど出来ず、ほとんど煉獄に手を引かれるまま屋台を巡った。
食べ物や遊戯に興じて山車を見てまわり、最後に神社に立ち寄って。その裏手の池にかかった太鼓橋の手すりに凭れかかり、このあと打ち上がるという花火を待ちながら猗窩座は嘆息した。


「どうした?疲れ…るはずは、ないか。君は鬼だったな」


煉獄は口にしてから発言の矛盾に苦笑しつつも、手すりに肘を乗せて頬杖をつき、こちらに気遣うような視線を向けてくる。

…ああ。
少し屈むことで袷の隙間から覗く鎖骨がなんとも色っぽい。


「…杏寿郎、楽しかったか?」

「うん?」

自身の胸の内を吐露するように猗窩座が問いを落とすと、煉獄はきょとんとして印象的な目を瞬かせ、微笑を称えて大きく頷いた。

「無論だ!こうして共に祭りに参加できたこともそうだが、君のいろんな表情を見ることができた」


煉獄の言葉に素直に喜ぶことができず、のろのろと視線を眼下の池に逃がす。

杏寿郎が楽しかったのならそれで俺も満足だ。とはいえ、なんとなく思い描いていたものとは違ったというか。


「他にも楽しかったことはたくさんあるな!」

「…本当か?」

「うむ。君が射的屋で力加減を誤って引き金諸共鉄砲を握り潰したり、水風船すくいで足を滑らせて顔からたらいに突っ込んだり、菓子のおまけをめぐって店主とじゃんけんをしても全く勝てずに十回も勝負を挑んで店主が根負けしたり、」

「いや、全部俺の失敗談…」


煉獄が挙げ列ねる内容を引き攣り笑いで受け流す。
が、その嬉しそうな表情に、これはこれで良かったのだと思うことができた。


「しかし驚かされることのほうが多かったな!君といると飽きる暇がない。突然心臓を抉り出そうとする挙動はどうにかならないのか?」

「ぐっ……あれは平常心を保つために必要な行為だ」


杏寿郎が可愛い顔をする度に、胸が引き絞られるように痛んで呼吸すらままならなくなってしまう。
だからそれを上廻る痛みで誤魔化そうとして、痛みの元凶である心臓を引き摺り出そうとするのだが、公衆の面前であることを思い出して踏みとどまる、という行為を繰り返していたのだ。

今だって尋常ではないほど心臓が喚いている。
着流しで髪を結い、うなじが露出した杏寿郎が頬杖をついて俺を見ているのだ。普段は禁欲的に隠された腕や足首、首まわりの肌色が現在進行形で俺の理性の悉くを踏み倒していた。


「…なあ、杏寿郎」

「うん?」

「この…内側から身体を食い破られそうな感覚も、萌えなのか?」

「……うん?」


真剣そのもので訊ねるが、煉獄は微笑を称えた口角をそのままに目元に力を入れて固まってしまう。
うまく伝わっていないのかと思い、猗窩座は言葉を変えて自らの症状を説明した。


「息苦しくて、身を滅ぼされそうな……、あと一歩で爆散する予感すら引き起こしているこれも、萌えなのか?」


…そうだとしたら萌えの守備範囲、万能すぎるだろう。

いや、しかしさすがにこれは萌えのひと言では包容しきれまい。その概念を遥かに超越していると思う。
いっそ煉獄病という新しい病ということにしてしまおうかなどと考えていると、固まっていた煉獄が口を開いた。


「近しい心理状態に陥ったことがないため憶測の域を出ないが…。おそらく何かしらの欲望が先んじて存在していて、その衝動を自制しようとしているのではないか?そうだな……自己抑制の弊害とでも言うべきだろうか」


こちらの疑問に真剣に答えを模索してくれていたことに感動すると同時に、その頼もしさと優しさと頭の良さに目が醒めたような感覚に襲われる。

…そうだ。杏寿郎は可愛いだけではないだろう。
もっと崇高で、偉大で、神聖な…
そしてそれに相対することで俺が感じているのは、畏怖。

つまり。


「お前は……神か」

「違うな!」

畏敬の念を込めた眼差しを恐る恐る向ける猗窩座に気持ちがいいほどきっぱりと言い放ち、煉獄はそういえば、と記憶を手繰る。

「同僚が口にしていた言葉をひとつ思い出した」

「…もしや萌え苦しんでいるという奴のことか?」

「そうだ。君のその複雑極まりない感情にも当てはまるかどうかは断言しかねるが、彼女は萌えが深刻化するとその対象を『尊い』ものとして崇め奉るらしい」

「尊い…」

「うむ」

「……そうか。尊い!お前は尊いのだ!」

「俺は尊くはないが、思考の展開の一助となるならその認識もやぶさかではないな!」


なるほど。
行き過ぎた萌えは尊みへと昇華され、自己抑制の弊害を引き起こすということか。

己の身に起きていたこととその理由を理解したことで、頭の中の靄が晴れていき漸く猗窩座の表情が明るくなる。
それを受けて煉獄もぱっと相好を崩し、おもむろに猗窩座の頭に手を伸ばしてくしゃりと短い頭髪を掻き混ぜた。


「うむ!やはり君は生き生きとした顔つきのほうがいい!」

「うぐっ…」


百万石の笑顔と屈託のない所作に、強制的に自己抑制が発動。
猗窩座の指先は本日何度目かの胸部への刺突行動に移っていた。
滴る血液は吸水性に優れている黒色の甚平に染み込んでいくが、その様に煉獄は思案げに腕を組む。


「…ふむ。何か抑えつけている欲があるのか?」


ある。
当然ある。

しかし素直にお前を犯したいんだなどと口にした日には、もうこんな逢瀬の場を用意してくれることもなくなるだろう。
幻滅し、侮蔑の目を向けられてしまうかもしれない。
…いや、杏寿郎に冷ややかな目で見られるのも悪くはないか。ああ違うだろう駄目だ駄目だ。それで喜んだら今度こそ終わりだ。

どうする…?
適当に嘘を吐くか?だが杏寿郎は嘘を見抜くのが得意だ。
ならば引かれることを承知で本当のことを…


思考が行き詰まりぐるぐるしてきたとき。
ヒュー…と空気を割く甲高い音が聞こえ、数秒後には鼓膜を面で叩くような破裂音とともに上空で強い光が瞬いた。


「きょ、杏寿郎!花火だ!はじまったぞ!」

「おお!見事だな!」


ここぞとばかりに話題を変えると、煉獄も返答に固執せずに感嘆の声をあげてくれる。
煉獄の切り替えの速さに助けられ、猗窩座はひとまず胸中で安堵した。

…俺は案外、杏寿郎の同僚とやらと馬が合うかもしれん。
今度機会があれば紹介してもらうというのもありか…


己の置かれた状態を自分なりに把握できたことで、余裕が生まれたように感じる。
間断なく打ち上がる大輪の花火。
流れ落ちてくる光の波に、心が洗われていくようだ。


更に新たな扉を開けたことで、ひとつ成長した気分になる猗窩座だった。


fin.
作品名: 作家名:緋鴉